第10話:ものすごく心が痛いデス



「弥子ちゃんのおかげで失いかけていた自信を取り戻せました。ありがとう」


 涙目で彼女の手を握りしめると、相手は戸惑いながら、


「え、えっと。そんなに気にすること?」

「だって、ホントに凹んでいたんだもん」


 友達だと思い込んでいたのが自分だけっていうのは寂しすぎる。

 緋色と沙羅に冷たくされて、朝陽はすごく傷ついていたのだ。


「これで弥子ちゃんにまで嫌われてたら、この橋から川に飛び込んでたの」

「浅い川とはいえ、まだ春先で寒いからやめた方がいいよ」

「それくらい、人生で一番辛い経験をしたのです」


 朝陽が事情を話すと彼女は「なるほどなぁ」と納得した様子。

 橋の欄干にもたれつつ、弥子は言い辛そうに、


「あの二人はしょうがないよ。この六年で変わっちゃったんだから」

「変わった?」

「……こんな所でお話もなんだし、うちにこない?」


 朝陽が誘われたのは神社だった。

 花島神社は弥子の実家でもある。

 屋敷の近くにあり、朝陽達の遊び場でもあった。

 案内された社務所と呼ばれる場所。


「ほらほら、座って。今、お茶でも淹れてくるからね」

「ありがと」


 社務所はのんびりとお茶を飲むのには十分な広さだ。

 ただ、昼間だと言うのに誰の姿もない。


「ここって、弥子ちゃんだけ?」

「んー。まぁ、小さな神社だからねぇ。私もお手伝い程度はするけど、この時期だとあんまり忙しくもないし」


 神社の跡継ぎ娘。

 昔からそう言っていたのを思い出していた。


「お待たせ。レモンティーでいい?」

「いいよ。あれ?」


 レモンティーのカップを受け取った朝陽は気づいた。

 弥子の体型。

 どこかふくよかなのは気のせいではない。

 

――会った時は色々とあって気づかなかったんだけど、ちょっとお腹が大きい。


 太ったというよりも、その意味は容易に想像できた。


「あのね、弥子ちゃん? もしかして、妊娠してる?」

「そうだよ? あー、アサちゃんには言ってなかったっけ」


 彼女は嬉しそうに笑いながら、お腹に手を当てながら、

 

「私ね、二年くらい前に結婚したの」

「えー!? ホントに?」


 その手の指には結婚指輪がはめられていた。

 高校卒業後、すぐに弥子は結婚したらしい。


「ただいま、妊娠7ヶ月だよ」


 朝陽は「そうだったんだ」と驚きを隠せない。

 と、同時にこれまで連絡をとらなかったことを深く後悔する。

 友人が結婚した事実すらも知らずに会いに来た。


――ダメな私は友達付き合いもなっちゃいません。


 緋色たちに見捨てられるはずである。

 反省しつつ、朝陽は弥子に尋ねる。


「お腹、触ってもいい?」

「いいよ」


 彼女のお腹に触らせてもらう。

 

――この中に新しい命が宿っている。


 すごく不思議な感じがした。


「旦那さんはどんな人なの?」

「私の結婚相手って、この神社の宮司をしてくれる人って言う事で、お父さんが探してくれていたの。お見合いだったんだけど、私も相手をすぐに気に入ってさぁ」

「そうだったんだ。いい人なの?」

「優しい人だよ。あと、料理上手。休みの日は料理とかしてくれるの」


 弥子は携帯電話を操作して、写真を見せてくれる。

 仲よさそうに写る少し年上の男性。

 彼に抱き付く弥子も幸せそうだ。


「田舎の神社の宮司になってくれる人って時点で期待してなかったんだけどね」

「相性の良い人だったんだ?」

「うん。これも縁なのかな。今じゃすごくラブラブです」

「おめでとう、弥子ちゃん。いいなぁ」


 男の人と縁がない朝陽には羨ましい事だった。

 

――結婚なんて私にできるのかな。


 高校時代に男の子と話したのが、たった3回の朝陽には想像すらできません。

 

「アサちゃんだって可愛いし、彼氏の一人くらい普通にいるでしょ?」

「いないってば。全然、さっぱり」

「そうなんだ? 都会の男の子って見る目ないねぇ」

「ホントだよ。結婚なんて夢の中でしかありえないくらい」


 彼氏なんてできるのかどうかすら不明。

 

――あの乙姫お姉ちゃんにでさえ彼氏ができたと言う世の中なのに。


 恋愛と縁のない人生。

 寂しすぎて泣きそうだ。


「アサちゃんなら、いい人がすぐに見つかるよ」


 慰めてくれる彼女に「そういえば」と尋ねられる。


「アサちゃん、高校を卒業したくらいだよね?」

「うん。この前、卒業したばかりだよ。大学受験もようやく終わって……」


 そう、ようやく終わり、春は散った。

 希望を失った春の季節。


――終わりましたよ。いろんな意味で。人生、終了です。


 大学受験も全滅しました、と言おうとしたら、


「と言う事は、もうすぐ大学生?」

「え? あ、あの?」

「そっかぁ。それで春休みで来てくれたんだね」

「い、いや、あのですね」

「ふふっ。あの小さかったアサちゃんも大学生かぁ。ふふっ」


 そんなキラキラとした可愛らしい顔で見つめないでもらいたい。

 

――ものすごく心が痛いデス。


 残念ながら大学生にはなれませんでした。

 

――ただ、家に引きこもってるのが暇だっただけデス。


 と、素直に言えることもできず。


「そ、そうなんだよ。春休み中で旅行にきたんだ」

「久しぶりに会いにきてくれてよかったぁ」

「私もだよ、えへへ」


 朝陽は適当に誤魔化すように苦笑いをすることしかできなかった。

 

――ごめんなさい。だって、ダメ自分の現状を語りたくなかっただもん。


 女の子だって、時に見栄を張りたいときくらいあります。

 自分の現状があまりにも悲しすぎて、生きてるのが辛い朝陽だった。

 

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