第9話:私はもう貴方の顔を見たくないの



「この辺は見覚えがある」


 迷子からは脱出できて、ようやく見覚えのある場所へとやってくる。

 何度か村人に道を尋ねて、ようやくたどり着いた

 目の前に見えてきたのは小さな神社。

 朝陽の友達が住んでいる神社であり、その近くに大和家の別荘地があった。

 小川が流れる橋を渡ろうとしていた時のことだった。


「あれ?」


 河川敷を眺める小柄な少女。

 寂しそうな横顔を見せて、彼女はひとりたたずんでいた。

 その横顔には見覚えがある。

 

「もしかして、沙羅ちゃん?」


 それは朝陽の大好きな友達の姿。

 葉山沙羅(はやま さら)。

 親友であり、この村で一番仲良くしてくれた女の子だ。


――沙羅ちゃん。見た目は美人さんになったけど、すぐにわかる。


 緋色もそうだが、面影と言うのは残っている。


「……沙羅ちゃん!」


 思わず彼女に駆け寄ると、驚いた表情を浮かべる。


「え?」


 ツインテールに結ばれた長い髪。

 人目を惹く綺麗な容姿。

 ただ、昔とは違うのは……。


「なるほど。あの緋色が不機嫌だったのはこの子のせいか」

「え?」

「……久しぶりね、朝陽」


 冷たく低い声、覇気のない“瞳”だった。

 その顔に昔のような笑顔もなければ、歓迎してくれる様子もない。

 

――沙羅ちゃんの笑顔が好きだった。


 なのに。

 笑顔は影を潜めて、見る影もない。


「さ、沙羅ちゃん。あ、あのね」

「朝陽。どうしてこんなところに来たの?」

「どうして?」

「何もない田舎町に来ることなんてもうないと思っていたわ」


 淡々とした言葉。

 緋色がそうであったように。

 彼女もまた朝陽に対して明確な拒絶を見せる。

 

――私よりも二歳上だから彼女も20歳か。


 大人の女性になってしまったら、子供の頃の思い出なんてなくなってしまう。

 緋色から言われたあの言葉。


『思い出なんてただの記憶の残骸だ。そんなもの捨ててしまえ』


 彼女たちが過ごした時間。

 夏休みの間だけとはいえ、楽しい経験をした思い出の数々。

 

――簡単に消えてしまってもいいような、何の価値もないものだったの?


 違う。

 そんなはずはなかった。


「私は皆に会いに来たんだよ?」


 この村で、彼らと出会い、仲良くなって。

 たくさん遊んでもらった。

 たくさん可愛がってもらった。

 

――私の大事な出がある場所。思い出を作ってくれた人たちに会いに来たの。


 しかし、現実は残酷なものだ。

 それを“大切な思い出”として心に残すのは朝陽ひとりだけだった。


「……会いになんて来ないでほしかった」


 そう言われて朝陽はビクッと身体を震わせる。

 悲しみと冷たさを合わせた想いが伝わる。


「――?」


 反論したくても、それができなかったのは彼女の足元をみたからだ。

 昔はなかったもの。

 沙羅は杖をついていた。

 

「怪我をしてるの?」


 誰よりも走るのが大好きで、中学では陸上部に入っていたと言っていた。

 こんな姿になっているとは思いもしなかった。

 杖をついた彼女は質問には何も答えずに失笑気味に、


「……無様な姿でしょ。こんな姿を朝陽に見られたくなかったのに」

「沙羅ちゃん」

「朝陽は可愛らしく成長してるわね。私と違って素敵な女の子になったわ」


 自虐的な発言をするのは、その足のせいなのか。

 唇をかみしめて、そっと彼女は突き放す。


「――朝陽、私はもう貴方の顔を見たくないの」


 ひどく胸に突き刺さる一言。

 誰よりも拒絶されたくない相手からの拒絶に言葉が出ない。


「朝陽の事を嫌いになりたくはないから」

「嫌いに?」

「私を惨めな気持ちにさせないで。お願いよ」


 それは朝陽を妹のように可愛がってくれていた沙羅の顔ではなかった。

 ゆっくりと杖を突きながら歩いて行く。


「さよなら、朝陽」


 追いかける事も出来ずに呆然としていた。

 この旅行の目的は大好きな人たちに会いに来たことだ。

 誰もが歓迎してもらえると信じていた。

 それなのに、現実は全然違って。


「誰も私に会いたくなかった?」


朝陽が六年も会いに来なかったから。

 会えなかった時間が距離を作ってしまったのかもしれない。


「……しょぼーん」


 落ち込んだ私はうなだれてへこたれる。

 橋の欄干にもたれるようにして、


「わ、私……昔の友達にまで見捨てられてた。ぐすっ」


 嫌と言うほど現実を思い知らされた。


――私の人生って所詮はこんなものですか。


 友達だと思っていたのは独りよがりの勘違い。

 

――私には友達と呼べる人間なんて一人もいない寂しい人生でした。

 

 人生、バッドエンド確定。


「もう帰ろうかな」


 完全にやる気もなくなり、気落ちしまくる。

 大和朝陽、人生初のひとり旅があっけなく終わろうとしていた。


「もうダメです。友達からも忘れられていくダメダメな人生です」


 乙姫の言う通り、朝陽の人生は悲観的なものでしかないのかもしれない。

 ちょっぴり涙を瞳に浮かべながら、うなだれていると、


「――アサちゃん!」


 遠くから朝陽を呼ぶ声に振り返る。


「え?」

「アサちゃんでしょ? ホントに来てたんだ」


 神社の方からこちらに向かってきたのは、


「弥子ちゃん?」


 林原弥子(はやしばら みこ)は実家が神社の女の子だ。

 お屋敷の近所にある神社。

 よく神社の境内でかくれんぼをしたりして、遊んでくれた。

 彼女もまたあの頃の友人のひとりである。

 

――ただ、二度あることは三度あると言うし。


 心に負った傷は深く。

 朝陽は無意味に警戒してしまうのだった。


「弥子ちゃん。あ、あの、私ね」


 今度、誰かに拒絶されたら多分、この橋から小川に飛び降りるかもしれない。

 

――すぐ足がつく深さのために痛い目を見る事もないけど。


 むしろ、冷たい想いをするだけだった。

 不安で押しつぶされそうな朝陽を不思議そうに弥子は見つめる。


「どうしたの? アサちゃんでしょ?」

「そうだよ。大和朝陽だよ」

「やっぱりそうだ。何年ぶりかなぁ。よく来てくれたね」


 彼女は朝陽をぎゅっと抱きしめてくれる。

 その温もりが安心感を与えてくれる。


「会いたかったよ、アサちゃん。大きくなったね……主に胸元が。びっくりだよ。都会っ子は胸が大きくなるものなのかな。元気にしてた?」


 これまでの冷遇と違い、歓迎ムードだ。

 弥子が朝陽に優しい瞳を向けてくれる。

 

「歓迎してくれるの?」

「当然じゃない。だって、アサちゃんだよ。歓迎しないわけがないじゃん」


 二度の痛い目を見たせいか、その言葉がとても嬉しい。

 

「さっき、緋色と見慣れない可愛い子が一緒に歩いてたって聞いてね。もしかしてって思ってたの。やっぱり、アサちゃんだったんだ」

「弥子ちゃんは私の事、友達だと思ってくれてる?」

「当たり前じゃない。こんな風にまたあえて嬉しいよ? あれ、アサちゃん?」


 朝陽は思わず彼女にすがり付きながら、


「ふぇーん。ありがとう、弥子ちゃん」

「え? あ、あれ? アサちゃん、どうしちゃったの?」

「ぐすっ。いろいろとありすぎて、自信なくしそうだったの」


 泣きそうになりながらも歓迎してくれた事を喜ぶのだった。

 ちゃんと友達だと思ってくれている子がいる。

 

――あの日々は私ひとりだけの思い出じゃなかった。


 それが何よりも嬉しいものだと実感したのだった。

 

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