第11話:そんなこと言わないでよ
社務所でお茶を飲みながら朝陽は本題を切り出す。
「それよりも、あの二人の事だよ。緋色と沙羅ちゃん」
変わってしまった。
あの二人の事がとても気になる。
弥子は紅茶をすすると、ため息がちに、
「緋色君ねぇ。あの捻くれ男は元から性格が悪いからなぁ」
「昔から意地悪だった」
「だよねぇ。女の子の気持ちを理解できな奴です」
「でも、あんなにひどくはなかったもん」
緋色が変わった理由。
朝陽は衝撃の事実を知る事になる。
「まぁ、それなりの事情はあるの」
「教えてくれる?」
「あのさ、二年前、私達が高校3年生の時にお父さんが亡くなったのよ」
「え? お父さんが?」
「心筋梗塞だったかな。突然の事で緋色君もショックだったでしょうね。いきなりお父さんを亡くしてしまうんだもの」
それは朝陽の想像していなかったお話。
若くして父を亡くした緋色は人生の選択肢を突きつけられた。
「彼の実家って、喫茶店をしていたでしょ」
「うん。そう聞いてた」
「高校卒業後、緋色君がお店を継いで経営しているの」
「えー!? そうなの? あの緋色が?」
朝陽が知る緋色はあのお店を継ぐのを嫌がっていた。
この田舎町から出ていきたい、と口癖のように言っていたはず。
それなのに、父の死は彼に選択肢を与えなかった。
「お母さんもいるから、田舎に残してひとり都会に出て行っちゃうわけにもいかない。渋々と言った感じでもあるんだけど」
「そっかぁ。だけど、お店を経営するなんて大変そう」
「本人もコーヒーを淹れるはすごく上手だから向いてるとは思うの」
向き不向きだけじゃない、本人のやる気の問題もある。
田舎町の喫茶店。
それは彼の人生の目標ではなかった。
「もう都会にはいけないでしょ。だから、拗ねてるの」
「拗ねる?」
「アサちゃんは都会に住んでいるじゃない。緋色は昔からそれが羨ましかったんだと思うの。何かとアサちゃんの話をしたりしてたし」
「都会への憧れかぁ」
「何もない田舎町で生まれ育って、面白味もないと、くすぶったままなんだ」
不用意な発言をした。
――私は確実に地雷を踏みました。ちゅどーん。
彼に都会に行きたがっていた過去を思い出させてしまったのかもしれない。
朝陽はあの失言を思い返す。
『約束したでしょ。大人になったら都会を案内してあげるって』
緋色が不機嫌になったのは自分のせいだった。
「事情も知らずに緋色を怒らせたのはそれが理由だったんだ」
「緋色君の事は放っておいてもいいよ。ただくすぶって拗ねてるだけ」
「私は余計なことを言っちゃったかも」
「気にしない、気にしない。ホント、彼の問題は単純だから。思い通りにいかない人生に不満がたまってた。そこにアサちゃん登場で爆発しただけだもん」
ただの八つ当たりだよ、と弥子は励ます。
「問題は沙羅の方だけどねぇ」
葉山沙羅。
朝陽の大事な親友は、杖を片手に片足を引きずる素振りを見せていた。
「……何があったの?」
「沙羅は交通事故にあったの。高校2年の今の季節ぐらいだったわ。幸いにも命に別状はなかったのだけど、足に大きな怪我してね」
「その後遺症が残ってるってこと?」
「うん。最初は車椅子生活だった。今じゃ自分の足で立って歩けるまでにリハビリで回復はしたんだ。だけど、あの子は……」
悲痛な面持ちで弥子は言うんだ。
それは友人としても辛く、厳しい現実だから。
「――あの子はもう、二度と走ることができない」
「――ッ」
朝陽は唇をキュッとかみしめる。
――私、二度目の地雷を踏んでます。爆発が連鎖してます。
陸上部に入って頑張っていた彼女を襲った悲劇。
それは彼女の大好きな事を奪い取ってしまった。
「走れない、か」
「旅館の方も妹ちゃんが継ぐみたいだし、沙羅も辛い所よね」
「沙羅ちゃん……」
「あの子はアサちゃんの事を大事に想ってたから余計に今の自分を見られたくなかったのかもしれない。冷たくされたのも、そのせいよ」
みじめな自分をさらしたくない。
沙羅のプライドを傷つけたのは朝陽だ。
――怒られて当然です。
本当に自分は愚かものだ。
――連絡手段はあったはずなのに。お手紙のやり取りだけでもしていれば。
何も知らないでいた。
それでのんきに、会いたい気持ちだけできてしまった。
――緋色はお父さんを亡くして、沙羅ちゃんは事故に遭い、弥子ちゃんは結婚か。
たった六年、それでも今の自分たちにはとても長い時間だ。
連絡も取らず、何も知らず。
朝陽はどんな面をして会いに来たというのか。
「……ごめんなさい」
「なんで、アサちゃんが謝るの?」
「だって、私は何も知らなかったもん。ここにきたの間違いだったのかな」
昔の友達に会いたいというだけの単純な想いでここにきた。
自分の浅はかに苛立つし、悲しくもなる。
だけど。
「そんなこと言わないでよ」
朝陽の頬に手を触れて弥子は微笑んだ。
「アサちゃんは私達の妹なんだよ。夏休みに都会から来てくれる可愛い妹」
「私もみんなが大好きなんだ。だから、ここに来るのが楽しみだった」
「うん。都会から来てくるお嬢様は刺激的な事が何もない私達にはすごくいい経験だったの。大切なお友達には違いないんだよ」
とても優しい笑顔をする弥子。
「だから、またあえて嬉しい。来てくれてありがとう」
「私もありがと……ふぇーん、弥子ちゃーん」
「きゃっ。あはは……子供みたいだなぁ、アサちゃん。可愛い」
抱きつきながら朝陽は感じる。
弥子には朝陽が知る昔の面影はある。
だけど、これからお母さんになる女性の顔をしてる。
「……六年も経ってるんだもん。皆、変わってるよね」
緋色も、沙羅も、弥子でさえも。
何も変わらないものだと信じて。
朝陽は何も考えずにここに来てしまった。
変わらないのは、朝陽一人だけだったのだと痛烈に思い知るのだった――。
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