第6話:早く大人にならないかなぁ




 旅に出ます。

 そんな事を家族に話すと、あっけなく家を追い出されるように許可された。


『一人旅なんて経験になるだろうし、いいと思うわぁ』

『そうだねぇ。朝陽、ぜひ行ってきなさい』


 両親にもう少し反対とかされると思ってたのに。


「……わ、私を家から追い出したかっただけとかじゃないよね?」


 少しだけ家族の愛に疑惑を抱いてしまう。

 だらけきった生活をしていて、呆れられてしまったのか。

 餞別代りに例の別荘地の鍵をもらった。

 とりあえず、一週間くらいの予定で旅行に行く予定だった。


「乗り換えばかりでホントにあってるのか自信がなくなってきたよ」


 何度目かの電車の乗り換え。

 二両編成の小さな電車に揺られて、田舎の方へと向かっていく。

 目的地である村は過疎化の進む田舎町。

 子供の頃ですら、田舎らしい田舎のイメージだった。

 山奥の集落で、温泉があるので適度な観光客が訪れるよう場所。


「六年ぶりかぁ」


 都会とは違う田舎の自然を満喫したり。

 仲の良い友達ができたりして。

 綺麗な川で遊んだりした記憶を思い出す。


「お兄ちゃんとお姉ちゃんはここでの思い出はあんまりないって言ってたっけ」


 ふたりとも幼い頃から良い所の大学を目指してたので自然に興味なし。

 子供時代、夏休みを遊んで過ごしていたのは兄妹では朝陽だけだった。


「姉妹の差は運命の差と言うか、努力の次元が私は違うのね」


 現役の一流大学生の姉と夢も希望もないダメ妹。

 比べるまでもなく、人生の差は明白だ。

 何事も積み重ねてきたものが全てだと思い知りながら、

 

「……ま、まだ私の人生が悲観しかないとは決まってないし」


 考えて悲しくなるのでやめた。


「難しい事を考えるのはやめる。そう言うのは今回は別にいいんだし」


 電車内でしょんぼりとしながら、窓の景色を眺めていると、


「ふわぁ。眠くなってきた」


 行けども行けども山の風景に飽きてきて。


「どうせ、まだ一時間くらいかかるし。寝ちゃおうか」


 朝陽は小さく欠伸をしてから、眠気に負けて寝てしまったのだった。





 夏のたびに家族で別荘地に行きはじめたのは朝陽が生まれて間もない頃らしい。

 子供達に自然と触れさせようと父親が考えて、こういう機会を作っていた。

 とはいえ、実際に父は医者なので、そう何日も一緒に過ごす事はできず。

 実際には母親と兄妹3人で二週間ほど、田舎生活を楽しんでいた。

 当時、朝陽にはあの村に友達が数人できていた。

 

「お嬢、また来たのか」

「ひーくん!」


 朝陽よりも二歳上のお友達。

 リーダー格の男の子の名前は緋色(ひいろ)。

 口は悪いけども、面倒見がよくてカッコいい男の子。

 朝陽は彼にお嬢と呼ばれていた。

 

「朝陽。少し背が大きくなった?」


 可愛らしい小柄な女の子は沙羅(さら)。

 明朗活発という言葉がよく似合う、元気な女の子。


「沙羅ちゃん、会いたかったよ」

「私もだよ。おいで、朝陽」


 沙羅と言う女の子は朝陽にとって親友と呼べる唯一の子だった。

 彼らには妹のように可愛がってもらい、たくさんの思い出をもらった。

 自然と触れ合うこと。

 友達という大切な存在の意味。

 都会にないものを彼らはくれた。

 ある日、朝陽が蝶々を追いかけて転んでしまい、怪我をした事があった。

 

「う、うぅ。ぐすっ」


 痛みで泣いていると、緋色が彼女を見つけてくれて慰めてくれた。

 隣で沙羅も心配そうに見ている。

 

「大丈夫、朝陽? 血が出てるじゃない」

「お嬢は鈍臭いからな。すぐに転ぶし」

「ひ、ひーくんは意地悪だよ」

「同感。緋色は人の気持ちが理解できない冷血な奴なの」

「……冗談だよ。ほら、とりあえず帰ろうぜ」


 彼はハンカチを傷口にまくと、ひょいっと朝陽を背負って、歩き始める。

 簡単に抱き上げられてしまい、さすがの朝陽も顔を赤らめた。


「あ、歩けないほど痛くないよ?」

「また転ばれても面倒なんだから大人しくしておけ」

「それがいいよ。朝陽、家に帰ったら怪我の手当てをしなきゃ」

「はーい」


 怪我をした足の痛みより、緋色に背負われてる方が気になってしまう。

 思えば人生で異性を意識したのは彼だけだったかもしれない。

 緋色は文句を言いながらも朝陽の事を心配してくれていた。

 彼女を背負いながら山道を歩き始めていく。

 鳥のさえずり、川のせせらぎ。

 木漏れ日の下を三人でゆっくりと進んでいく。


「お嬢は都会で暮らしてるんだろ。都会ってやっぱり良い所か?」

「別にそこまで良いって思わないけどなぁ」

「こんな田舎町よりはマシだろうさ」

「そんなことないよ? 私、ここが好きだもん」


 自然がいっぱいあって、穏やかな時間が過ぎていく。

 子供ながらに、楽しいと思える特別な場所だった。


「お嬢は年に一回しか来ないからそう思うんだ」

「緋色はここが嫌いなの?」

「俺は大人になったら村から出ていく予定なんだ。都会で暮らしたい」


 緋色は都会への憧れがあるようだ。

 彼らくらいの年齢になると外へ出ていきたいと思うのは仕方ない。


「また出た。緋色はすぐに都会に行きたいってばかり言うし」

「沙羅はどうなんだよ? こんな田舎町に残りたいのか」

「私は実家が旅館だもん。ここでずっと暮らしていくつもりだよ」

「そりゃ、素直なことだな。俺には無理だ」


 温泉旅館の跡継ぎ娘。

 それが沙羅の将来の目標だった。


「あれぇ? でも、ひーくんのおうちは喫茶店でしょ?」

「家業を継ぐ気はないね」

「なんでー?」

「こんな田舎町の喫茶店なんて潰れるのが目に見えてるし」

「おじさんが悲しむんじゃない?」

「そうそう。ああみえて、継いでもらいたがってるでしょ」

「将来性がなさすぎるんだよ。こんな場所で一生を終えたくないっての」


 沙羅も、緋色もそれぞれ、なりたい夢があって。

 緋色はここではないどこかへ行きたいと願う。

 沙羅は正反対にこの場所に残りたいと思う。

 ふたりの考え方も、幼い朝陽にはまだ理解できなかった。


「お嬢は何か将来なりたいものってないのか?」

「素敵な男の子のお嫁さん!」

「……お嬢には無理じゃね?」

「なんで!?」

「そんなことないわよ。心配しなくても可愛い朝陽なら、お嫁さんにもなれる。緋色みたいなのにはもったいないからあげないわ」


 沙羅は朝陽の事を子ども扱いしない。

 年下である彼女にも対等に接してくれるから好きだった。


「えへへ。沙羅ちゃんも可愛いからいいお嫁さんになれるよ」

「ありがと」

「は? 沙羅が? ありえねぇよ。い、いたっ。お、お前、人の足を踏むな」

「……ごめんねぇ? 足が滑ったわ」

「背中にお嬢を背負ってるんだから危ない事をするなって」


 気が強い沙羅に困惑する緋色だった。


「ねぇ、ひーくん」

「なんだよ」

「いつか都会に出てきたら、今度は私が街を案内してあげるね?」

「その時がきたら頼もうかな」

「えへへっ。早く大人にならないかなぁ」


 何年先か分からないけれど、いつかそう言う日がきたら。

 大人になると言う言葉に、憧れていた。


「お嬢が大人の女になることの方が想像できねぇけどな」

「いつか素敵な女の子になっても、ひーくんのお嫁さんになってあげないっ」

「だから、なってもらわなくていいっての」

「むぅ……」

「お嬢は成長しても変わらないだろうな」


 緋色はそう言って微笑する。

 悔しがる朝陽は「そんなことないもん」と拗ねた。


――ひー君の意地悪。でも、私は……。


 幼い心に芽生えた小さな思い。

 せめてもの抵抗に彼の背中をぎゅっと抱きしめたのだった。





 ……。

 

「んんっ。あれ?」


 気が付けば、終点近くまで電車は来ていた。


「寝ちゃってたんだ。んー」


 朝陽は伸びをしながら窓の外へと目をやると山奥に集落が見え始めてきた。

 看板に『温泉』と書かれた文字が目に入るようになる。

 電車が駅のホームへと入っていく。

 ようやく目的地に到着した。


「大好きな友達がいる場所にやってきたんだ」


 爽やかな澄んだ空気で自然豊かな山奥の村。

 数年ぶりの来訪。


「この光景、覚えてる。懐かしいなぁ」

 

 色んな意味で、人生に影響を与えることになる。

 大和朝陽の旅が始まった――。

 

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