第5話:旅に出ます、探さないでください



 大和朝陽の現在の日常。

 日々、怠惰で自堕落に過ごす。

 お昼頃に起き、適当にピアノを弾いて、気分のままに本を読んで楽しんだり。

 なんて、気分の向くまま、自由に過ごし始めて1週間。


『――この愚昧がぁ! アンタは春休み中じゃないでしょうが!』


 大学の春休みを満喫している乙姫と同じように過ごしていたら怒られました。

 

――やりたいことを見つけるのって大変なんだもん。


 両親はしばらく、朝陽を自由にしておくようで何も言わない。

 朝陽は朝陽なりに色々と考えながらも、何も見つけられずにいた。

 立ち止まってしまうこと。

 それはとても苦しくて、自分が思っていたよりも辛いもの。

 そんな4月に入ったばかりのある日。

 今日は朝から乙姫の機嫌がよかった。


「これも欲しいでしょ。あと必要なのは……」


 乙姫は旅行用のバッグに荷物を準備している。

 リビングのソファーに寝転ぶ朝陽は横目に姉を見た。


「お姉ちゃん、何か楽しそうだね?」

「ふふっ。彼氏が温泉旅行に連れて行ってくれるんだって。週末はお泊り旅行よ」

「ナンデスト! いいなぁ、彼氏さんのいる日常って」


 恋人とお泊り旅行。

 

――こんな気の強い姉とよく彼氏さんは付き合えているなぁ。


 乙姫は自慢そうに朝陽に優越感たっぷりに言った。


「いいでしょう? 彼氏とラブラブ旅行に行ってくるわ」

「はいはい。お姉ちゃんなんて、彼氏さんに浮気されたらいいのに」

「もしも、彼氏が浮気したら、局所麻酔で意識を保たせたまま動けない状態にして、●●●や×××的なことをしてやるわよ?」

「か、彼氏さんがとんでもないめに。この姉、怖すぎ!?」


 身動きできない状態で色々としちゃう発言はマズい。

 浮気なんてしたら、彼氏は乙姫の本気を思い知りそう。


「私の彼氏は大丈夫よ。平気で罵ってくれるキミが好きなんだって告白されたくらいだし。私達ってある意味、相性がいいと思うのよねぇ」

「それは彼氏さんがアレな趣味なんですか!?」


 とにもかくにも、ラブラブなのには変わりなく。

 そんな恋人持ちの乙姫が素直に羨ましく思えた。


「……ジー」


 朝陽は乙姫の顔をジッと見つめてみる。

 ふわふわとした茶髪の似合う可愛らしい外見。

 

――騙されるな、可愛い外見とかけ離れて、中身は恐ろしい人です。


 でも、一つだけ年上なのに、こうも朝陽と生き方が違うのはどうしてなのか。


「何よ、人の顔をジロジロと見て?」

「お姉ちゃんと私って一つの年齢差なのに、大きすぎる人生の差があるよね」

「何を今さら。私は一流大学に通い、素敵な彼氏がいるのよ。かたや、妹はいまやニートかフリーターか、よく分からない残念女子。比べて欲しくもないわ」

「……ぐぬぬ」


 悔しいけれど今の朝陽には何も言い返すことができない。

 生きてる人生の質が違いすぎる。

 

「私とお姉ちゃんの人生の差、この差ってなんだろうね?」

「持って生まれた宿命か運命の差なんじゃないの?」

「そ、そんなすごい差があったの? 私達、姉妹って平等ではないの?」

「文句があるのなら親か神様にでも言えばいいわ」

「運命か宿命かは分からないけど、神様はひどすぎない」


 せめて、朝陽にも素敵な出会いくらいください。


「姉妹の運命くらいは平等でいてほしかったな」

「アンタにはこれまでの人生で努力や頑張りが足りなかっただけでしょ。勉強は嫌い、やりたいことしかしないで、人生を楽に生き続けてきた報いよ」

「わ、私だって頑張ってきたし!」

「努力が全く足りてないの。私だって今の大学に入るまでどれだけ頑張ったと思うわけ? それなのに、アンタは塾にすら通わない自堕落な毎日を送ってたでしょ」


 確かに、その辺りを言われたら朝陽は何も言えない。

 

――勉強嫌いなのは事実だもん。


 朝陽はソファーの上でごろごろと転がりながら、


「私にもこれだっていう才能があったらなぁ。頭も全然よくないし」

「ホント、胸だけ大きい以外は取り柄らしい取り柄もなく」

「人をおっぱい以外に魅力ないって言わないで。泣くよ」

「そうねぇ。これからの人生をどう生きていくのかも分からないような、悲観した人生を過ごさなきゃいけないんだものね」

「それは言い過ぎ! わ、私にだってまだ輝く人生が残ってるはず。多分」


 何一つ輝きのない人生を送りたくない。


「残ってたらいいわねぇ?」

「くっ。その余裕めいた顔はひどい」


 朝陽が拗ねていると姉は真顔で言うのだ。

 

「私や政宗兄さんは両親の優良遺伝子を受け継いだと思うのよ」

「うん。すごいよね」


 どちらも昔から優秀で、自慢の兄と姉だ。


「私達兄妹ってみんな1歳違いでしょ」

「そうだね。お母さん、頑張った」

「その弊害。最後に生まれたアンタにはティーパックの出涸らしのようなもので、まともな才能を受け継ぐ事もできなかったんじゃないのかしら」

「で、出涸らし!? 暴言連発過ぎでしょ! わ、私だって怒るよ」


 朝陽にまともな才能がないのはそう言う理由だったら本気で泣く。


「お母さんもせめて、あと二歳くらい朝陽の誕生を遅らせてあげれば」

「もう言わないでー。本気で落ち込むから」

「もっと落ち込みなさい。そして、これまでの自分の無意味な人生を悔いなさい」


 優秀な姉と兄に憧れていた。

 朝陽はと言えば、特別、勉強やスポーツができる方でもない。

 ピアノを小さな頃から弾いていたから、音感はある。

 けれども特別に秀でてる方でもない。

 

「どうして、こんなに私ってダメなんだろう?」

「今さらじゃん」

「……はぁ、出涸らしかぁ。味も香りも薄くなったティーパックのように、私の才能ってそんなものしかないのかもしれないね」

「あら。本気でへこんでる?」

「さすがに、そこまで言われたら私だって凹みますよ!? うぇーん」


 朝陽は部屋に逃げ帰るように引きこもるのだった。

 失意の妹を平気でイジメてくる乙姫は嫌いです。





 ただいま、部屋のお掃除中。

 高校を卒業したと言う事もあり、いるものといらないものを整理する。

 使わなくなった教科書やノートは段ボール箱に詰めて物置に移動した方がいい。

 

「これはいらないなぁ。ノートとかは全部捨てちゃえ。こっちはまだ使うかも?」


 姉の精神攻撃され、人生を振り返ると言う意味で掃除を始めたのが一時間前。

 何度か飽きて、自室においてあるピアノを弾いて気分転換したりして。

 ようやく部屋の掃除にメドがつき始めた頃だった。


「ん? なんだろ、この箱は?」


 自室の押し入れの奥から朝陽はごそごそと箱を取り出してくる。

 中身が重かったせいで、思わず尻もちをついた。

 

「ふにゃんっ!?」


 段ボール箱の底が抜けてしまい、バラバラと箱の中身が拡散してしまう。


「お、お尻、打った……いたた。あーあ、やっちゃった」


 痛むお尻を押さえながら、朝陽は中身を片付けようとする。


「これって?」


 中身は子供の頃に大切にしていたぬいぐるみやアクセサリーだった。


「懐かしいなぁ。集めていたぬいぐるみのシリーズだ。あっ」


 そして、朝陽はあるものを見つけてしまう。

 それは手作りのブレスレットだった。

 シンプルながらも可愛らしい、当時の朝陽のお気に入りのものだった。


「沙羅(さら)ちゃんからもらったものだよね」


 かつての朝陽の親友からのプレゼント。

 

『これは、私達が友達の証。朝陽、私達は親友だよ』


 そう言ってくれた、思い出の品物。

 小学生時代の夏休み、朝陽が過ごした田舎町でできた大切な友人達。

 もう何年も会っていない。

 遠く離れた場所で、彼らは今は何をしているのか。


「……ホントに懐かしいな。また会いたいなぁ」


 朝陽の中に沸いてきたのは、旧友との再会したいと言う気持ちだった。


「会いに行こうかな。時間だけは無駄にあるんだもん」


 こうやって、何もすることのない日々を過ごすよりはマシに思えた。

 朝陽は部屋を飛び出して、旅行準備をしている乙姫に宣言する。


「お姉ちゃん。突然だけど私も旅行してくる! 行きたい場所ができたの」

「旅行? あー、いいんじゃないの。一人旅で人生を見つめ直してきなさい」

「……あれ、止めないの?」

「別に。アンタがやりたいって思ったのなら、そうしたらいいわ」


 投げやりではなく、真面目な顔をして言うので「う、うん」と少し戸惑う。

 てっきり、反対されるものだと思っていた。

 

「旅に出ます、探さないでください」

「探さないわよ。私に出来の悪い妹なんていませんでした」

「わ、私の存在をなかったことにするのはやめて!?」

「自分で言っておいて」

「可愛い妹がお姉ちゃんにはいるよ! 私の事を忘れないでください」


 乙姫は「半分は冗談」と微妙な否定をしながら、


「朝陽も自分の人生を、自分で決めなきゃいけないんだからさ。アンタの人生、どう生きていくか。ちゃんと考えるのよ?」


 ふと、乙姫が朝陽の頭をそっと撫でる。

 

「お姉ちゃん?」

「朝陽。旅行でもなんでもして、何か見つけてきなさいよ」

「何かって?」

「やりたいことでも、何でもいいから。立ち止まったままのアンタが次の一歩を進めるような何かを見つけてきなさい。今より少しは楽になれるはずよ」


 何だかんだ言いながらも家族はちゃんと朝陽のことを思ってくれている。


「お姉ちゃん……ありがと」


 普段と違い、優しげな姉の表情に朝陽は頷いて答えたんだ。

 

――何かを見つけられたらいいなぁ。


 こうして、朝陽は懐かしい思い出をたどる旅に出た――。

 

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