第4話:私の将来、どうなっちゃうの



 翌朝、乙姫がやってきて強制的に家に連れて帰らされてしまった。

 どうやら、昨日のうちに撫子が通報していたらしい。

 

――ぐすっ、裏切り者のナデは嫌いだぁ。


 そして、朝陽は実家のリビングのソファーに座らされていた。

 目の前には乙姫が仁王立ちしている。


「さて、逃亡犯の確保も無事に終わったところで」

「な、何で、私は拘束されてるの? 監禁されるの? 事件なの?」


 身体にグルグルとロープで縛られてしまい、朝陽は身動きできないでいた。

 さすがに姉妹でもこれはやっちゃいけない部類の行為だと抗議する。


「……逃げないように?」

「こんな真似されなくても逃げないよ!?」

「アンタ、逃げ癖あるもん。昨日だって、ちょっと責めたら逃げたし。挙句の果てに撫子の家にまで迷惑をかけて……。撫子が大いに迷惑してたって言ってたわよ」

「あの子は別の意味で私に敵意を持ちすぎてるの!」


――陰湿なタイプだよ、撫子。


 胸のサイズ程度で朝陽にこれだけ敵意を抱くなんてひどい。

 そんなみじめな妹の姿を呆れる男性。


「さすがにこれはやりすぎって僕も思うぞ」

「お兄ちゃん? 帰ってたんだ」

「妹が大学受験に失敗して、どうしようもないと相談されて帰ってきたんだよ」

「うわぁーん。助けて、お兄ちゃん!」

「あまりにも可哀想だ。乙姫、紐を外してやってもいいか?」


 傍若無人な乙姫に物を言えるのは我が家で政宗くらいしかない。

 この二人は兄妹間で信頼関係がちゃんとある。

 

「いいけど。逃げた時、兄さんが責任をもって捕獲してくれるのならばね」

「……あー、それは面倒だ。朝陽、面倒だからそのままでいてくれ」

「政宗お兄ちゃん!?」


 朝陽の二歳年上の兄、大和政宗(やまと まさむね)。

 乙姫同様に一流大学の医学部に通っている、医学生だ。

 見た目がすごくしっかりしているワリに、面倒なことが大嫌いなのである。

 昔から責任とか面倒とか、他人に押し付けまくる悪癖がある。


「僕は面倒な女とすぐに責任とれっていう女はすごく苦手なんだよ」

「……お兄ちゃん、ダメな人っぽい」

「うるさいよ。お前にだけは言われたくないけどな」


 政宗は薄情でもなければ、優しさがないわけじゃない。

 ただ、他人から迷惑かけられるとすごく嫌がる人ではある。


「とにかく、ロープは外して。地味に胸にくいこんで痛いの。変なプレイじゃん」

「ちょっと胸が大きいからって。なんかムカつくから放置してやるわ」

「えー!? 理不尽すぎるよ」

「暴れるな、朝陽。これ以上、面倒事を増やすなよ」

「他人事みたいに言わないでよ、お兄ちゃん。こっちは色々と大変なのっ」


 必死の抵抗の末、かろうじてロープだけは外して人並みの扱いをしてもらえた。

 次に逃げたらどうなるか分からないので怖くて逃げられない。

 ソファーの上に正座をさせられて、朝陽は乙姫達に向き合う。


「さて、というわけで、『第七回:大和朝陽の将来をどうするか』の家族会議を始めます。前回までに最終案が出たのでこれが最後の会議ね」

「昨日の今日で家族会議が既に六回も!?」

「ちなみに一回の会議時間は5分です」

「大体、テレビのCM中くらいにしてたな。そういえばって」

「本人不在で話が進み過ぎ! しかも、内容が薄いっ!」

「だって、『ホントどうしようもない』、と一言でまとめたら終わっちゃうもの」


 そして、何とも悲しすぎるまとめである。


――ぐ、ぐぬぬ。私の人生をCMタイムの話題にしないでください。


 朝陽のいない間にもう六回も家族会議が行われていた。

 そして、今回が最終回だった。

 

「あのー、家族会議って言うくせに、今日はパパもママもいないんだけど」

「お母さんは友達と温泉旅行に、お父さんは友達とゴルフに出かけてるわ」

「娘の将来がかかってる家族会議なのに、優先すべきはそっちなの!?」


 家族からの扱いがひどくて涙が出る。


「安心して。すべて、私たちに任せると彼らは言った」

「なぬ?」

「つまり、この家族会議でアンタの将来を決めてあげるわ」

「そうだ、お前には感謝してもらたいくらいなものさ」

「本気ですの?」

「僕は責任は取らないけど、決める事くらいはしてやる」

「私の将来、どうなっちゃうの」


 このままだと朝陽の将来を姉と兄に勝手に決められてしまう。

 適当に決められるのだけは嫌だ。


「アンタはさっきから文句ばかりでうるさいわよ。しばらく、お口にチャックしてなさい。しなきゃ、ハンカチを口にくわえさせるわ。お父さんの奴だけど!」

「……」

「黙った。僕も親父のハンカチは口にくわえたくもないが」


 政宗が他人事だと思って苦笑いする。

 理不尽に脅されて騒ぐのはやめることにする。


「えー、それじゃ、朝陽の将来について。皆が提案して、いくつか上がった案をまとめた結果、アンタの将来は……」

「ま、待って。私の将来は私が決めたいの!」


 思わず口から出た言葉に室内が静まり返る。

 乙姫は鼻で笑いながらも、「朝陽がねぇ」と話を聞いてくれる。


「まさか朝陽の口からそんな生意気な言葉が出るなんて。言っておくけど、大学受験の再トライは許されないわよ? たった一年でやり直せるとは思えないし」

「大学生になることは諦めました」

「なら、どうしたいの」

「私、前からやってみたいことがあって」


 昨夜、雅と話をして自分でも考えたんだ。

 今、自分がやりたい事って何なのか。


「確かに、お前の意見も大切だ。一体、何をしたいんだ?」


 政宗も朝陽の目を見て言う。

 話すチャンスは今しかない。


「……あのね、私はピアニストになりたい」

「は?」

「こうみえて、私の趣味はピアノだと言う事をお忘れ? ふふふ、小さな頃からピアノを習い続けて、ずっと発表会でも活躍してんたんだよ」


 そう、朝陽はピアノの腕前はちょっと自慢できる程度なのだ。

 小さな頃から習っており、いくつもの発表会に出てきた実績がある。


「ピアニストって、ホントに世の中を舐めすぎだわ。アンタ程度の腕前なんて世の中に何万人いると思ってるの? バカじゃないの。ていうか、バカだね、おバカ妹!」

「ふぇーん、お姉ちゃん。バカ扱いはもうやめて」

「そもそも、ピアニストに本気でなりたいなら一日十時間くらい練習するものでしょ。アンタ、毎日、何時間くらい弾いてるのよ」

「長くても二時間くらい?」

「その時点でやる気なしか!」

「そんなことを言われても、集中力が持たないんだもん」


 ピアノを弾くのは好きだが、他にもやりたいこともある。

 一つの事に集中できないのが朝陽である。

 

「アンタの場合は何でも中途半端で、真剣度が足りてないわ」

「そ、そんなことはないよ」

「まぁまぁ、乙姫。この子がそこまで言うのなら自信があるはずだろう。そう言えば、先日、高校最後の発表会があったと聞いてる。朝陽、何位だったんだ?」


 政宗が優しくフォローをしてくれる。

 こういう時の彼は朝陽の味方として頼りになると信じたい。


「あのね、26人中、25位でした。てへっ」


 かろうじて最下位にはなりませんでした。

 その瞬間、兄の顔色が急に厳しいものに変わり、


「――お前、才能ないからやめちゃえよ! 金と時間の無駄だ、バカ妹!」


 兄もキレたら姉並に恐ろしい人だった。

 一度怒らせると、乙姫よりも厳しい。


「ひどっ!? ぼ、暴言過ぎでしょ、お兄ちゃん……ぐすっ。本気で泣きそう」


 政宗からも罵詈雑言をぶつけられて凹まされる。


「だ、だって、全国大会だったんだもん」

「言い訳するな、負け犬め」

「ぐ、ぐすんっ。全国の壁は高く険しかったんだもの」

「その壁を越えてもピアニストになれる人間は数少ないと思い知れっ!」

「ガーンっ。う、うぇーん」

「……あらぁ、久々に政宗兄さんがキレた。ふふっ。良い感じに場が和んだわね」

「全然、和んでないし。悪化してるのに気付いて」


 この人たちは、本当に朝陽の将来を考えてくれてるのか。

 怯える朝陽よそに、乙姫は「もう結論だそうかしら」と提案を告げる。


「アンタの妄想ばかりの夢なんて捨てて、私達の考えた最終案を聞きなさい」

「なぁに?」

「……海外追放しちゃおうか。もとい、海外留学? これでいいんじゃないの? ユー、もう国外に出ていきなよ?」

「か、海外追放って何なの!? 私、どうなっちゃうの!?」


 突拍子のない提案に声を荒げてしまった。

 想像もしてない事で、頭がついていかないのは朝陽がバカだからじゃない。


「朝陽はフランス語だけ、なぜか日常会話レベルくらい余裕でできるのよね?」

「いつかピアノで海外留学する機会があるかもって、昔から頑張って覚えたの」

「どうして、この子は無駄なことばかり覚えてしまうのかしらね」

「はっ。ピンポイントで無駄に勉強しやがって。その前にピアノ自体の腕前をあげろ。どう考えてもそっちの方が大事じゃねぇかよ。ホント、頭悪いな、バカ妹」

「も、もうやめて、お兄ちゃん。私は打たれ弱いんだから」


 これ以上は朝陽のHPがもたないので、兄には怒りを鎮めてもらう。

 確かに日本に住んでいるとフランス語なんて使い道ないし、無意味スキル。

 

――ピアニストの夢も中学生くらいには現実的に諦めてたけどさぁ。


 改めてそれを責められると悲しくなる。


「……だけど、国外追放ってことはもしかして、私にピアノで海外留学のチャンスをくれるってこと?」

「そんなわけないでしょ。アンタの留学先はフランスじゃないから」

「え? だ、だったら、私はどこに何をしに?」

「……そうねぇ。南極辺りでペンギンの言葉でも分かるようになって来たらいいんじゃない? もしくは中国の山奥でパンダの言葉を理解できるようになるか」

「それは無理!?」

「だったら、宇宙に行って宇宙人と会話してこいよ。お前ならできるだろ?」

「あ、貴方たち、本当は私の将来なんて、少しも考えてくれてないでしょ!」


 結局、自分の将来は自分で決めるしかない。

 それが当然の事だって言うのを姉と兄に思い知らされた。


「……もういいですよ。私は自分で自分の道を探します」

「だってさ、兄さん。この子、家を出ていくって」

「言ってませんよ!? 自立はまだまだ先ですもの」

「さっさとしなさいよ」


 できないことはしない。

 無理をせず、自分の道を探す時間はあるのだから――。

 

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