第1話:貴方、今年で何歳でしたっけ?
勢いよく家を飛び出したのはいいものの、行くあてもなく。
とりあえず、親戚の家を訪ねていた。
ここは大和家の本家だ。
本来、大和家は長男である朝陽の父親が継ぐ形になっていた。
しかし、病院経営で成功した彼は次男に家を任せて独立していた。
「相変わらず、大きなお屋敷だなぁ」
今でも親戚が集まる時にはこの大和家の本家にくる。
今現在、屋敷に住んでいるのは彼女の従姉妹の家族である。
「ナデ達、いるかなぁ」
朝陽がインターホーンを鳴らすと、可憐な少女が出迎えてくれる。
「はい、どなたですか?」
「やっほ、ナデ。お久しぶり」
「……」
朝陽の顔を見るなり無言で扉を閉めようとする少女。
慌てて扉を叩いて、閉められるのを阻止する。
「な、ナデ!? 私だよ、朝陽だよ?」
「どなたでしょう。知らない人はお帰りください」
「従妹の大和朝陽ですっ。ひどいや、ナデ」
「……何で貴方がここにいるんですか」
あからさまに嫌そうな顔をする朝陽の従妹、大和撫子。
黒髪和風な美人。
とても可愛らしい名前とは裏腹に、他人にはとことん厳しい性格。
昔から相性がよくないためか、朝陽とはあまり仲良くしてくれていない。
「い、いやだなぁ。たまに従姉が遊びに来てもいいじゃない」
「へぇ。遊びにですか」
「そ、そうだよ? 近くまで来たからさぁ、うん」
「はぁ。ちなみに、メールで『妹が家出したので見つけたら帰すように』と乙姫さんから通達が来ているんですが?」
「情報早っ!?」
あっさりと先回りされていた。
乙姫からすれば、朝陽が頼るのはここしかないとみていたんだろう。
深いため息をつく撫子は呆れ切った表情で、
「貴方、今年で何歳でしたっけ?」
「え、えっと、女の子に年齢を聞くのは失礼なんだよ」
「18歳でしたよね? 嫌でも大人になる年齢ですよね?」
「……はい、そうです。でも心はまだ少女です」
年下の子から真顔で言われると悲しすぎる。
「まったく。中学生みたいな家出なんて幼稚な事をする歳ではないでしょう」
「幼稚じゃないもんっ」
「はぁ。実年齢を伴わない精神年齢でしたね。お子様なお姉さん」
冷静な口調で散々な言われよう。
手厳しいにもほどがある。
「子供っぽい性格なのは私だって気にしてるのに!」
膨れっ面をしても、撫子は冷たく突き放す言い方をして、
「ここは貴方の来るところではありません。さっさと家に帰りなさい」
「えー」
彼女を相手にするのも面倒とばかりに、無下に扱われるありさまだ。
「ナデぇ。お願いだから一晩泊めてぇ。何も用意していないの。お金もないの」
迂闊だったのは出かける間際に姉から手渡されたお財布だった。
――くっ。せめて確認するべきだった。
そう、すっかりと中身を抜かれて小銭しか入っていなかった。
ここに来るまでの電車代で消えてしまう程度。
もはや、帰るだけのお金もない。
――お姉ちゃんめ。私が本気で家出しないように封じられてた。
朝陽名義のクレジットカード、現金の没収。
成すすべもなく、取れる手はここしかないなのも必然だった。
「短絡的で計画性のない、考えなし。つまりはバカと言う事です」
「お姉ちゃんみたいにバカバカ言わないでよ」
「……私、貴方が嫌いなんです。親や世間に甘やかされて、人生を楽に生き続けようとする生き方。大和家の恥。無様すぎて見るに堪えられないんです」
撫子の容赦なさすぎる言葉に朝陽の心は折れそうだ。
「ぶ、無様とか、うちのお姉ちゃんより厳しい」
「当然でしょう。乙姫さんの嘆きたくなる気持ちはすごく理解できます。ただ、家族補正で言葉に遠慮はあるのでしょうが想いは同じはずです」
「ぐすっ。ナデはもういいから、猛君か雅ちゃんを出してよ」
大和猛、大和雅は撫子の兄と姉だ。
ふたりはこの厳しい従妹と違い、すごく優しいので大好きだ。
「残念ですが、貴方の味方はいませんよ」
「え? 嘘でしょ」
「ふたりとも買い物に出かけています。残念でしたね、お帰りください」
最後の希望は失われた。
――ど、どうすればいいの。うわぁーん。
絶望的な気持ちに落とされていた、そんな時だった。
玄関先でやり取りしていると、後ろから足音が聞こえてくる。
「あれぇ、朝陽じゃない? どうしたの?」
「雅ちゃん! あっ。猛君も一緒だ、おかえりなさい」
両手に荷物を抱えた男女。
噂をすれば、ちょうどいいタイミングで、ふたりが家に帰ってきてくれた。
――よかったぁ、本当によかった。
自分の持ってる運に感謝する。
――私の運勢、まだ終わってない。
そして、ここがチャンスとばかりに、
「雅ちゃん、会いたかったよー」
「う、うん? 久しぶり。お正月以来かな」
意気消沈している朝陽に抱きつかれて少し雅は困惑する。
「姉さん、おかえりなさい。早かったですね」
「そう? 私の車ならすぐに行って帰ってこれるよ」
「いろんな意味で危なかったけどな」
「兄さん、お疲れ様です。でも、このタイミングは……」
ふたりの登場は撫子にとっても予想外だったらしい。
「なんで、朝陽ちゃんが我が家に?」
「……どうしてなんでしょうね?」
撫子は兄と姉を前にすると、先ほどの威勢の良い姿を隠す。
――この子も、猛君の前だと猫かぶりするからなぁ。
乙女心に付け入るスキを見つける。
「二人にお願いがあるの。今日は家に泊めてください」
「「どういうこと?」」
この機を逃すな、とばかりに朝陽はお願いするのだった。
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