第2話:あんまりこの人を甘やかさないでください



 ようやく家に上がらせてもらい、朝陽はこれまでの経緯を簡単に説明する。


「つまり、大学受験に失敗し、姉に怒られて家出をしてきた、と?」

「そうだけど。一言で説明されると私が子供みたいじゃないかぁ」

「みたいではなく、子供でしょうが! バカじゃないですか」

「素直に励まして慰めてください。受験失敗して落ち込んでるのに」


 雅が夕食を作ってくれている間、撫子が再び話を聞いて攻撃してくる。

 

――傷心しているのは事実なのに、皆が厳しすぎて泣きそうです。


 この結末が自業自得なのは分かってる。


「あんまりバカとか言われると傷つくよ、ぐすっ」

「よしよし、朝陽ちゃん。大変だったね」


 ただ、ひとり、猛だけは優しく彼女の頭を撫でてくれる。

 彼の優しさが失意の朝陽の心にしみる。


「猛君……優しい」


 思わず、うっとり。

 この優しい年下の従弟が大好きだ。


「猛君は優しいから好き。私をお嫁さんにしてください」

「調子に乗って私の兄さんを口説くはいい度胸ですね? 戦争しますか?」

「ご、ごめんなさい。軽い冗談です。マジで怒らないで」

「私の兄さんに手を出す真似をしたら、まだ春先の寒い庭の外に放置しますよ?」


 思わず、身をすくませる怖さに朝陽は素で謝罪した。


「すみません。外はまだ寒いから嫌です」

「ふんっ。兄さんは誰にでも優しいので、勘違いしないように」


 彼女は親戚間でも有名なブラコンだった。

 お兄ちゃん大好き過ぎて、周囲を敵に回すくらいに。

 迂闊な発言で朝陽は追い出されそうになる。


「兄さん。あんまりこの人を甘やかさないでください」

「と言っても、さすがに乙姫さんも撫子も厳しすぎない?」

「……厳しいくらいでちょうどいいんです。何も考えなしのこのおバカさんには甘えなんて必要はありません。むしろ、もう放っておくくらいでいいのでは?」


 朝陽の扱いがひどすぎるので撫子は嫌いだ。


「家出したところで何も変わることもないんですから。人生において無駄な時間を過ごしているだけと気づいたらどうです?」

「落ち着けって、撫子。朝陽ちゃんだって、これから考えるんだから」

「遅いんですよ。必死さも足りていない。やる気もない」


 言葉が何度もグサッと突き刺さる。


「人生を楽して生きようとして、失敗して、どうしようもないんです。呆れて言葉もないですね」

「ナデの性格は私のお姉ちゃんと実の姉妹だと思うレベルなの」


 こんな実妹がいたら朝陽はきっと精神的苦痛で倒れてる。

 グチグチと文句を言う撫子に、


「そもそも、私の方が年上なんだから。もっと敬意を持ってほしいのっ」

「……?」

「そんな不思議そうな顔をしないで!?」


 撫子は三歳くらいの年の差があるのに、昔からこうだった。

 幼い頃から朝陽を全然、年上扱いする気配がない。

 

「せめて、私に何かひとつくらい勝ってから言ってほしいものです」

「そうだねぇ。身長はギリギリで負けてるし、成績もダメだろうし」

「ほら、人生において私の方が優位。貴方は負け組。はい、すべてにおいて力関係ははっきりとしていますね。これでも、何か言えますか?」

「……勝ってるのは胸のサイズくらいかなぁ」


 ぼそっと呟いた一言に撫子の顔が凍り付く。

 朝陽は身長のワリには胸はある方で、バストサイズは90センチだ。

 

「さり気にお姉ちゃんにも勝ってるけど、あんまり自慢にはならないかなぁ」

「……くっ。これで勝ったと思わないでください」

「何も言ってないけど?」


 悔しそうに唇をかみしめる従妹。

 朝陽は自分の胸に手を当てて強調させる仕草をしながら、


「お姉ちゃんが言ってました。人間、持ってないモノには憧れるものだって」

「は、はぁ。私をバカにしてくれますね。いい度胸じゃないですか」


 残念ながら撫子はまだまだお子様体型。

 これからの成長期に期待だ。


「脂肪の塊なんて大きいだけじゃ意味がないんです。形のよさこそが勝負の……」

「でも、サイズだけなら私の勝ちだよね?」

「……何でもかんでも勝ち負けにこだわるのは良くないと思うんです」


 あっさりと手のひら返し。

 こういう負けず嫌いな所は撫子もまだ子供だと思う。


「ふたりとも、それまで。言い争いはやめなさい。夕飯ができたわよ」


 お料理をしていた雅が、温かいお鍋を作ってくれていた。


「ありがと、雅ちゃん。いい匂い。今日はお鍋?」

「春とはいえ肌寒いからね。いいお肉もあったし、寄せ鍋にしてみたの」

「……脂肪の塊が多い人はお肉は遠慮したらどうですか」


 まだその件を引きずる撫子が意地悪く言う。


「私、お肉よりもお野菜の方が好きだよ。白ネギと白菜が好き!」

「朝陽ちゃんは野菜好きなんだ? いいじゃん、野菜」

「お鍋だと野菜も美味しいよねぇ。ナデは何が好き?」

「……私も野菜が好きですよ。お肉も食べますけどね。はぁ」


 撫子から微妙に冷めた目つきをされてしまう。

 ここは何とかして仲直りしなくては。


「ほらぁ、ナデ。お肉も食べなよぉ。美味しそうだよ?」

「言われなくても食べますよ」

「たくさん食べたらきっと大きくなれる」

「……身長って意味ですよね。違う意味なら潰しますよ。ちっ」


 彼女は朝陽に対して、あからさまに不機嫌な表情で、ぷいっと不貞腐れた。


――舌打ちされた!? この子、裏の顔が怖すぎるよ。


 名前通りに清楚な少女とはいかない。


「兄さん。私、人生で今一番ショックを受けているので慰めてください」

「ナデの自業自得だと思うの」

「自分の中で格下に思っていた相手に一つでも負けたと言う事実が悲しすぎます」

「格下って。そういう事を言う撫子は嫌いだな」

「い、いえ、兄さん。違うんです。私は別に悪口を言ったわけでは……。このバカな、もとい、楽観的な従姉に対して不満があっただけですね」


 猛に嫌われたくないのか、撫子の態度が少しだけ柔らかくなった。


――なんだ、最初から彼を味方にしていれば、ナデに攻撃されなかったんだ。


 突破口が見つけられたらこちらのものだ。


「聞いてよ、猛君。ナデってね」

「なんだい?」

「に、兄さん。こんな人の話よりも、お鍋です。お豆腐とかいりますか」


 さすがに分が悪いと思ったのか撫子の方が引いた。

 そのあとは和やかな雰囲気で従姉妹達と一緒に温かなお鍋を食べた。

 おかげで、ちょっと落ち込んだ気分が和らいだ朝陽だった。

 

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