第25話:貴方は誰なの――?


 淡雪は比較的、入眠は早い方だ。

 なのにもかかわらず、その夜は寝心地がなぜか悪い夜だった。

 ようやく眠りにつけたと思いきや不思議な夢を見ていた。

 それは昔の記憶のようなもの。

 小さな子供だった淡雪は家政婦たちを困らせていた。


「お嬢様、あまりうろうろとしないでください。危ないですよ」

「やーだ」

「あ、淡雪お嬢様。転んでしまいますから、走り回らないでくださいっ」


 自由に歩けるようになり、いろんな場所を歩いて回るのが好きだった。

 須藤家の広い屋敷は隠れんぼをして遊ぶのも最適。

 よくお世話係の彼女達を困らせていた。


「お嬢様? またどこかに?」

「淡雪お嬢様ー」


 今日もまた彼女達の目をかいくぐり、淡雪はひとり中庭の方へと歩く。

 眩しいほどに明るい太陽の日差し。

 中庭に咲く花たちが目に入る。

 靴も履かず、靴下を泥だらけにしながら花を眺める。

 ふと、目の前に見えてきたのは小さな離れ。

 ここにきた事は一度もなかった。


「なぁに?」


 この場所へ近づいたらいつも引き離されていた気がする。

 興味本位で淡雪は離れの屋敷にあがる。

 静かな離れの雰囲気。

 明かりもつかず、薄暗い場所と言うのが最初の印象だった。


「……こわい」


 恐怖心。

 それは幼心に刻まれた恐怖と言う感情。

 ここから先には進みたくない。

 そんな嫌な気持ちを抱きながらも好奇心には勝てず。

 彼女はは一歩一歩、恐る恐る前と進む。

 部屋の前にたどり着く。

 淡雪は足を止めると、そっと中を覗こうとする。

 なぜか不思議な気持ちになった。


――開けてはいけない。


 物心もつかない子供の心に警鐘を鳴らす不安感。

 

「……だれかいるの?」


 声をかけても返事はなく、だけど誰かがいるような気がして。


「あけるよ?」


 淡雪はその部屋の扉を開けようと手をかけた時、


「―‐お、お嬢様っ!」


 家政婦の叫び声。

 いつのまにか、淡雪を探してた彼女達に見つけられてしまった。

 すぐさま駆け寄ると扉から強引に引き離されてしまう。


「淡雪お嬢様。こんなところに……」


 そのまま、抱きかかえられて、淡雪は離れから母屋の方へと戻された。


「あの中に誰かいるの?」

「誰もいませんよ。ほら、早く部屋に戻りましょう」

「もうっ、泥だらけじゃないですか。靴も履かずに中庭を歩いてきたんですか」

「……ごめんなさい」


 叱りつけるような厳しい口調の彼女たちに謝罪する。


「ここにはきてはいけませんよ? 分かりましたか?」


 我が侭な子供に言い聞かせるのは大変だ。

 だって、そう言われてしまうと、


「……うん」


 返事をしても、子供はまたここにきてしまうものだから。

 してはいけないと言われたらしたくなる。

 しばらくして、淡雪は懲りずに、その離れにまたやってきてしまった。

 今度は誰もいないのを確認してから淡雪は離れの屋敷にあがる。


「誰かいるの?」


 返事はなくて、でも、そこに誰かがいるような気がして。

 淡雪はそっとふすまを開けてみることにした。


「……え?」

 

 そこにいたのは綺麗な瞳をした男の子――。

 淡雪の方を不思議そうな顔をしてから、そっと笑うんだ。


「――っ!?」


 男の子――?


 ハッとした淡雪は彼に声をかけようとして――。

 

 

 

 

 ……。


「貴方は誰なの――?」


 声をあげて、夢から目を覚ます。


――須藤家にどうして、男の子が!?


 瞳を開けて、あたりを見渡した。

 そこは薄暗い豆電球に照らされた部屋。


「……?」


 どうやら夢を見ていたらしい、と自覚するまで数秒かかった。

 淡雪は小さくため息をつく。


「何かしら。変な夢を見て……?」


 夢の記憶はすぐに消えてなくなってしまう。

 

「あれ。確か小さな頃の光景だったような。もう覚えてないわ」


 寝心地と夢見の悪さ。

 覚えてなくても、決していい夢を見ていたわけではなさそうだ。

 淡雪は布団から身体を起こしてキッチンに向かう。

 コップに水を注ぎこみ、喉を潤しながら気分を落ち着かせる。


「まだ1時過ぎ。寝てから数時間しか経っていないのね」


 変な夢を見てしまったせいで、心がざわめくように気分がよくない。

 空になったコップを片付けて部屋に戻ろうとすると、


「……あら?」


 ふと、淡雪の身体にひんやりとした風を感じる。

 気づけば、テラスの扉が開いてカーテンを夏の夜風が揺らしていた。

 

「寝る前に戸締りはしておいたはず」


 淡雪が近づくと、そこには静かに夜風を感じている猛の姿があった。


「猛クン?」

「え? 淡雪さん? どうして」

「それはこちらの台詞。貴方も眠れないのかしら?」

「少し気分が高揚してるせいかな。そういう夜ってあるよね」

 

 眠りたくて眠れない、そういう夜は確かにある。

 淡雪も同意して頷いてから淡雪は彼に囁いた。


「――ねぇ、猛クン。せっかくだから、少し外に出てみない?」

 

 沈んだ気分を何とかしたくて。

 淡雪はそんな誘いを彼にしてみたのだった。

 

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