第24話:将来、猛クンの恋人になる子は大変ね


 少し広めのお風呂につかりながら淡雪はのんびりとくつろぐ。

 温かなお湯の温もりに満足しつつ、淡雪は視界の隅で俯く彼へ視線を向けた。


「……そんなに隅っこで縮こまらないでよ、猛クン」

「少しでも何かを期待してしまった自分を恥じているので、おかまいなく」

「ふふっ。何を期待させてしまったのかしら?」


 誰も裸で一緒にお風呂とは言っていないワケで。

 一応、持ってきていた水着を着用してふたりでお湯につかっていた。

 

「期待しちゃってました? 猛クンも男の子ということね」

「やめれ。いろんな意味で自分に恥じてるからトドメをささないで」

「うーん。さすがに猛クンに素肌をさらすのは勇気がいるわ。残念……」


 淡雪は微笑を浮かべながら彼にそう呟いた。

 実のところ、彼女自身にもそこまでも余裕はなく、


――ぎ、ギリギリで水着案を思いつけてよかったわ。


 さすがに素肌を男の子前にさらすのは恥ずかしくて死ぬ。

 

「こんな風にのんびりとお風呂につかるのも楽しいわね」


 湯けむりに隠れながらも、互いに顔を赤らめて恥ずかしがってる。

 淡雪は異性と一緒にお風呂に入る経験がなかったので、少し緊張はしている。

 水着越しとはいえ、少なくない肌をさらしているためだ。


「先ほどからちらちらと視線を感じるの」

「変な意味じゃないですヨ」

「くすっ。……そういうことにしておくわ」


 気づいていないようで、異性の視線を女の子はちゃんと感じているもの。

 男の子って単純で面白い。


「でも、不思議だわ。妹さんとの混浴に慣れてる猛クンが動揺してるなんて」

「……異性と兄妹とは違うと思うんだ。俺、別に混浴なんてしませんが」

「私もドキドキくらいはしてる。発案者として言うのもアレなのだけど。ちょっと選択肢を間違えてしまったかもしれないわ」


 さすがに混浴は淡雪にはレベルが高かったのかもしれない。

 今さら恥ずかしくなってきた自分がいる。


「気づいてくれただけよかったよ。はぁ、こうなったら、楽しみますけどね」


 猛は開き直ったのか、足をのばしてくつろぎはじめた。


「お風呂も大きくていい。ヒノキの良い香りがする」

「えぇ。落ち着くわよね」


 ヒノキ風呂なので、木々の良い香りに包まれている。

 この別荘自慢のお風呂なので満喫しないともったいない。


「淡雪さんは結衣ちゃんと一緒にお風呂に入ったりする?」

「妹と?」

「そういうこともあるのかな、と」

「たまに乱入されることはあるわ。あの子、そう言うのを気にしないもの」

「……結衣ちゃんって天真爛漫で可愛いよな。ああいう子、妹に欲しい」

「妹大好き属性なお兄さんにはぴったりかもね?」

「そっちの意味じゃなくて!?」

「はぁ、猛クンは生粋のシスコンなの?」


 彼は「違うから」と否定しつつも、


「甘えられるのが好きなだけです。女の子から甘えられたい、守ってあげたい、可愛がりたい。俺にはそういう所があるのは否定しない」

「結衣も猛クンみたいなお兄ちゃんがいれば、きっと甘えまくるわよ。あの子は筋金入りの甘えん坊だもの。他人に甘えて自分にも甘えてる」

「お姉さんは厳しいね」


 だけど、結衣の純粋無垢な所は嫌いではない。


「結衣はホント裏表のない子供だもの。そこが可愛いと思わなくもない」

「素直に妹が可愛いと認めればいいのに」

「猛クンのように、妹がいればそれでいいと思えないので」

「……ひどい誤解があるようだ」


 お風呂のお湯をそっと手ですくいながら、


「お兄ちゃん、か。私もそう言う存在に憧れていたのかもね」


 思わずそんな独り言を呟いてしまう。

 

――誰かを頼りたい、誰かに甘えたい、ふとした時に感じるわ。


 彼女の内なる願望が猛という存在に向けられているのかもしれない。


――甘えさせてくれる相手がいる。それは悪くない。


 淡雪はお湯につかりながら、彼の横顔をそっと見つめ続けていた。





 お風呂上り、猛が淡雪の髪をタオルで拭いてくれている。

 そっと髪を撫でられると気持ちがいい。

 確かによく手馴れていると思う。


「こんな風にいつも妹さんの面倒を見てるんだ?」

「まぁ、よくやってることだし」

「一緒にお風呂に入って、こんなに優しくされてたらブラコンにもなるわね?」

「……ノーコメントで」

「ちゃんとしたコメントを求めます。黒髪フェチって噂はホントですか?」

「フェチじゃないから。キミの髪色も素敵だと思います」


 正直、彼の妹である撫子に羨ましさすら感じる。

 淡雪もこんな風に大切にされて、甘やかせてくれる兄がいたらと思う。


――その場合は、とんでもなくブラコンになってたでしょうね。


 甘えることに際限がなく、結衣のようになっていたかもしれない。


「将来、猛クンの恋人になる子は大変ね」

「え?」

「だって、そんなにも大事にしている妹さんが恋敵になってしまうもの」

「恋敵って……」

「よほどの覚悟がなければ貴方を振り向かせることなんてできないわ」


 最大の障害と呼んでもいい。


「猛クン自身も妹さん以上の相手が見つかるかも分からないもの」

「ひどくない?」

「本当の事でしょう? 違う? 違うというなら否定してごらんなさい」


 淡雪は自分がもしもその立場になったら、と考えると苦笑いをしてしまう。

 この胸に秘めた気持ち。


――本気で好きって気持ちを伝えたら止まらなくなるんだろうなぁ。


 きっと、恋をしている自分を制御できない。

 容易に想像できしてしまう。


「あら、それとも相思相愛の妹さんと結ばれるからその心配は不要?」

「……淡雪さんが俺を言葉でいじめる」

「意地悪? それを意地悪と言うのは自分の想いを認めてるということ?」

「違います」


 彼が淡雪の髪を拭き終えてタオルを離す。


「きゃっ」

「はい、おしまい。淡雪さんの髪ってすごく触り心地がいいね」

「私、口説かれてる?」

「褒めてるだけだよ」

「ただの天然女ったらしだったわ」

「……ひどいや。お母さん譲りの髪色、染めているわけじゃないから触り心地もいいんだなって。うちの母も似たような髪をしてるから」


 淡雪の茶髪を彼は撫でて微笑んだ。

 

――貴方のお母さんが素敵な髪なのは私も同じ気持ちだよ。


 だって、淡雪の大好きな人だから。

 自分の母のことを褒めらえるのはいい。


――私の母が貴方の家族だなんて思いもしてないんだろうね。


 そのことを話すつもりはないけども。


「……ところで、寝室の話よ。私は一緒の部屋で寝てもいいのに」

「お願いします。部屋だけは離してください」

「即答されると私、傷つくわ。もっと私を楽しませてよ」


 切なる願いに淡雪は唇を尖らせて拗ねてみせた。


「すみませんね、真面目なもので」

「……ふふっ」

「そこで笑わないで!?」


 彼と一緒の部屋で寝るなんて冗談だけど。

 緊張して淡雪も眠れないだろう。


「淡雪さんには俺が襲っちゃう心配がないわけ?」

「その心配はしてないって言わなかった?」

「俺がヘタレって意味で?」

「ううん。だって、私に手を出しちゃったら、責任取ってくれるでしょ?」


 淡雪の笑みに彼は「何もしないデスヨ」と顔を引きつらせていた。

 一夜の過ちがあっても面白そうだと彼女は笑うのだった――。

 

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