第123話:一体、貴方達は何をやってるの!

 

 撫子に淡雪とイチャついていたことがバレてしまった。

 隠れてこそっとしていたことがバレた時ほど怖いことはない。

 猛は冷静さを装って、コホンッと一間を置いてから、


「他人の写真を載せる時は相手に断りを入れるのが常識だ。これじゃ隠し撮りじゃないか、うん、いけないな。こういう行為は許せません」

「私が許せないのは実の双子の兄妹が『あーん』と甘い雰囲気で食べさせあってるこの光景なのですが。その件についての言い訳は?」

「訴状が届いていないのでコメントできません」


 ありきたりな逃げ口上を言うと、撫子に襲われる。


「そんな言葉で逃げられるとでも?」


 ドンッと突き飛ばされて軽く押し倒されてしまうのだった。


「ダメですよ、兄さん。逃がしませんよ。説明を求めます」

「な、撫子さん。お兄ちゃんを押し倒すのはやめて」


 立場が逆なら大犯罪になる光景だ。


「恋人同士です。女性も劣情に任せて彼氏を押し倒す事も多々あります」

「せめて、ソファーにしてください。床は痛いや」

「それは失礼。ですが、兄さんはすぐに逃げてしまう悪い癖があるのでこのままです。さぁて、どうしてくれましょうかねぇ?」


 なすがまま、されるがままにどうしようもできない猛だった。

 意地悪く撫子がカメラを片手に近づく。


「せっかくなので、このままキスシーンに突入です。そして、写真撮影と行こうじゃありませんか」

「携帯片手に言わないで」

「私もですね、SNSを始めたので投稿してみるのもアリかもしれません」

「やめて!? 私生活を暴露するのは良くないと思うの」

「知りませんっ。不愉快な気持ちなんです。私の怒りを受け入れてください」


 そのまま、撫子は猛に唇を近づけて、あっさりと妹に唇を奪われてしまう。

 カシャっというシャッター音と共に。


「あっ、この子、本気で撮っちゃった!?」

「んー、角度が少し悪いですね。もう少し自然な形で。ちゅっ」


 出来に不満だったのか、彼女が自撮りスタイルでもう一度再チャレンジ。

 何度も唇が触れ合い、甘い時間が流れる。


――やられたい放題です。


 猛はと言えば、撫子にキスされ続けて、好き放題にされていた。

 恋人にキスされるのを拒めるほどにひどい奴でもないのでね。


「これでいいでしょう。可愛く撮れていると思います」


 キスシーンの写真を満足気に眺める撫子だった。


「お願いします、その写真を世間に公表するのだけはやめてください」


 キスされまくっていた猛は冷静さを取り戻して、撫子にお願いする。

 行為に酔いしれている場合ではなかった。

 彼女はその写真を使って、何をするつもりなのか。


「世間では、いわゆる恋人時代のいかがわしい写真を別れた後に公表する、リベンジポルノという危ない行為もあるようですね」

「……拡散した情報は消しきれない。情報化社会って怖いね」

「こんな世の中です。いざという時の切り札を用意しておくべきでしょうか」

「そう言うことを言わないで!?」


 撫子に教えてはいけない機能だったのではないか。

 こういう弱みを握られるとますます逆らえない。

 彼女は慣れない手つきながらも、携帯を操作しながら、


「ふふふ、兄さん。この写真をお母様宛てのメールに添付しました」

「そっちかよ!? 俺を精神的に潰しに来た!?」

「これを送信されたくなければ、何が起きていたのかの説明を求めます」


 勝者、撫子。

 敗者、猛。

 すっかりと主導権を奪われてしまい、猛は降参のポーズを取った。


「学校帰りに淡雪を誘って、ミルフィーユを食べてきました。すみません」

「淡雪先輩とですか。ふぅ、あの人も油断できませんね。ある程度の和解はしたとはいえ、やはり彼女は私の目下の敵のようです。変わりありませんね」


 せっかく仲良くなったと言うのに。

 兄の猛としてはこのまま平穏無事にいてもらいたい。


「兄さんはあの人に甘すぎです。シスコンさんです」

「返す言葉もございません」

「夏を前に浮かれてばかり。浮気だけは許しませんよ」

「浮気だけはしておりません」


 彼女は猛に可憐な笑顔を見せて言うのだ。


「分かっているでしょうが、兄さんが裏切ったらリベンジポルノなんて甘っちょろい潰し方じゃなく、本気で社会的に潰しますからね?」

「恐ろしい事を笑顔で言うこの子が一番怖い!?」

「もう私以外とお話できないようにしてしまうかもしれません」

「社会的に潰されるのは嫌だ。そもそも、浮気はしないし」


 そんなやり取りをしてると、「あっ」と撫子が呟く。

 ポチっとな。


「……あ、あの、撫子さん。今、何のボタンを押しました?」

「さ、さぁ? 私、まだ携帯の操作に完全に慣れたわけではないのです。あのですね、兄さん。この画面が出た場合、どうなるんでしょうか?」


 気まずそうに撫子が猛に見せた画面は、

 

『メールが送信されました』


――いろんな意味で、終わった!


 さっと血が引くような感覚。

 思わず顔が青ざめる。


「うぎゃー!?」

「……えっと」

「あ、あわわ、何してくれちゃってるの!?」

「あ、あらら。本気で送るつもりはなかったのに」

「だから冗談でもやめてって言ってたのに」

「言いましたっけ? ちなみに、こういう時の取り消しは?」

「できるわけがない!」


 慌てふためく猛に、すぐさま母の優子から電話がかかってくる。

 珍しく娘から送られてきたメール。

 知らずに開けてショックを受けたのであろう。

 背中に冷や汗をかきながら電話に出ると、


『た、猛!? この写真はどういう事かしら?』

「違うんです。それはですね」

『一体、貴方達は何をやってるの!』


 優子の怒りを電話越しに受けて、猛は謝罪と弁明に追われるのだった。

 反省の色もない撫子はと言えば、


「んー、どうせ送るならこっちの淡雪先輩との写真も」

「送らないで!?」

「兄妹仲良く、あーんしあってる写真ですよ? お母様も喜ぶことでしょう」

「すみません。もう余計な真似はしないでください!」


 悲痛な猛の叫び声だけが響く。

 

――撫子さん、ひどいっす。

 

 その後、数十分間、母から叱責される猛であった。

 

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