第124話:私と結婚するかもしれないよ

 

 夏の天気は変わりやすい。

 晴れていると思っても、急に雨が降り出してきたりする。


「いきなりでひどい雨だったな。大丈夫か、撫子?」

「は、はい。へくちゅっ」


 口元を押さえてくしゃみをする。

 雨のせいで、冷えてしまったのだろう。


「ほら、タオルで身体を拭いて。お風呂の準備をしているから入ってくれ」

「はぁい」


 夕食の買いものに出ていた撫子が濡れて帰ってきた。

 すっかりとびしょ濡れで肌に吸いついた衣服。

 

――雨水に濡れて下着が透けてしまって、目のやり場に困るな。


 どこか艶っぽい撫子に見惚れてしまうのを我慢する。


「電話で呼んでくれたら傘を持って迎えに行ったのに」

「家の近くまで来て、急に天気が崩れてしまったんです」

「この時期の天気って突然変わるからなぁ」

「雨宿りする場所もなかったので走ってきました。たった少しの距離とはいえ、ずぶ濡れですよ。自分の判断の甘さにがっかりです」

「風邪をひかないようにね。結衣ちゃんも夏風邪を引いたらしいから」

「この時期の体調管理は難しいですからね。あっ、冷凍モノがあるので冷蔵庫の方に入れてもらえますか? 後はお任せしても?」

「いいよ。早くお風呂に入っておいで」


 スーパーのレジ袋を受け取る。

 すると、彼女は悪戯っぽい表情をしながら、胸元に手を置いて、


「こうして濡れた衣服を着ていると男性はチラリズム効果で興奮されるとか?」

「色っぽいのは認めるけども、それよりも撫子の身体の方が心配だ」

「欲望よりも身体の心配とは、優しいですね。ですが、時には狼さんのように襲ってくれても構いませんよ? 私、可愛い赤ずきんですから」

「あんまり俺を誘惑しないで。ホントにオオカミになりそうだ」

 

 今でも十分にドキッとさせられている。


「オオカミの兄さんを挑発するのも楽しいですが、寒いのも事実なので、今日はこの辺で。お風呂、また後で一緒に入りなおしましょう」


 撫子はひとしきり猛をからかうと、風呂の方へと入っていった。


「恋人が美人過ぎるのも問題だな。理性との戦いも大変だ」


 自嘲的に言いながらも、実際に何もできない自分に、


――男として何もできない俺はヘタレですか、そうですか。


 そう投げかけて凹む。

 お風呂タイムの撫子の代わりに買ってきた野菜や冷凍食品を冷蔵庫にしまう。


「あれ?」


 ふと、猛の携帯電話がなったので出てみると、


「どうしたんだ、恋乙女ちゃん?」


 幼馴染からの電話だった。

 こんな風に彼女から連絡なんて久しぶりだ。

 

『――あのさぁ、たっくん。何をやらかしたの?』


 開口一番、それである。


「あの、俺は何もしてないんだけど?」

『ホントに?』

「ホントです」


 何をやらかしたと責められるだけの事を毎回しているわけではない。

 まるで猛が毎度何か問題を起こしているような言い方はやめてもらいたい。


『あー、ごめん、ごめん。主語が抜けてたね』

「えっと、何かあったのか?」


 また何やらSNSの方で変な動きでもあったのだろうか。


――先日の疑惑のような類は非常にまずいのでやめてもらいたい。


 淡雪との関係が兄妹だと公表してから、注目度が別の意味で増しているのだ。

 

――疑惑と憶測、噂が飛び交い、いろんな意味で大変です。


 どこか淡雪はそれを楽しんでいる節があるけども。

 でも、彼女の口から出たのは猛の想像もしていない言葉だった。


『あのねぇ、たっくん。驚かないで聞いて』

「……こ、心の準備をしました。どうぞ?」

『このままだと、私と結婚するかもしれないよ』

「けっこん……けっこん……け、結婚ッ!?」


 思わず、持っていた携帯電話を落としかけて、


「は? 結婚って、どういうこと?」

『私も思わず同じ感じで呆然としたよ。たっくん。落ち着いて』

「あ、あぁ。事情を説明してくれ」


 いきなり恋乙女との結婚話が出てくるなんて。

 意味が分からな過ぎて、びっくりだ。


『さっき、うちのお母さんとたっくんのお母さんが電話で話をしていたんだよね。そうしたら、たっくんの嫁を探していると言う話になったらしい』

「れ、例の件かっ! 母さんめ、マジでやりおった!?」


 そう、それは優子が捨て台詞のように叫んでたアレ。


『私は二人の事を認めないから。猛には素敵な女の子を私が見つけてくるんだもの。お見合いでも何でもさせて、健全な恋愛をしてもらいたいの』


 冗談だと思っていたら、本気で猛を見合いさせる気らしい。

 

――しかもよりにもよって、恋乙女ちゃんとか。


 手短に済ませるのにもほどがある。


「撫子にバレたらいろんな意味で修羅場になるわ」

『まぁ、うちのお母さんがその場のノリで私を勧めたみたいなんだけど。なぜか、おばさんの方が乗り気で、もしかしたらもしかするかも?』

「いやいや、冗談でしょ」

『さすがに、私もそう思うよ。私はたっくんと撫子ちゃんの関係を応援している立場だし。ここで裏切るつもりはないんだけどさぁ』


 恋乙女はやんわりとした口調で断ったことを報告する。


「撫子との友情を大事に思ってくれてありがとう。これからも仲良くしてあげてください。それよりも、なんで母さんはそんな真似を?」

『さぁ? たっくん達のラブっぷりが参ったのかな?』

「はぁ。気が重い。また何を企んでいるのやら」

『私でなくても、おばさんが本気でお見合い相手を探しているのは事実だよ』

「……家庭の問題に巻き込んでしまい申し訳ない」


 なんとしてでも、優子の暴走を止めなくてはいけない。

 猛と撫子の関係を何としても認めてもらいたいものだ。

 恋乙女はどこか心配そうに、


『そんな話が出るほどに、もしや二人の関係っておばさんと揉めてたりする?』

「悲しいけど、親子って分かり合えないものなのかもしれないな」

『あー、ふたりとも言いたいことを言いまくってバトルするタイプだものねぇ。間に挟まれてるたっくんが可哀想だ。頑張って』

「ありがとう。頑張ります」


 猛の心がズキズキと痛む日々を理解してくれてる恋乙女だった。

 優しい幼馴染は気遣いやの良い子だった。


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