第121話:私たち、一線は越えてません


 その日の夜、猛と撫子は一緒に寝ていた。

 ただし、先日の件もあり、何もなく普通に寝るだけだ。

 同じ布団にくるまって、猛の傍に撫子が傍にいるシチュは心を動かされる。

 

――昔、子供時代には何ともなかったことなのに。


 ただ、何もしないのはしないで撫子には不満気味のようだ。


「恋人なのに何もしてもらえないのはどうしてでしょう?」

「両親が家にいる時に撫子に手を出す勇気はさすがにないよ」

「えー」

「もしもバレたら、俺が家から追い出されるでしょ」

「兄さんには家族を敵に回しても私を愛する勇気を持ってもらいたいものです」

「……それができたら、もっと早く撫子と恋人になれてたと思うんだ」


――言い訳ばかりのヘタレですみません。


 心の中で謝罪しつつ。


――この前は姉ちゃんに邪魔されたし。中々うまくはいきません。


 猛だって可愛い恋人がそばにいて何もできないのは不満ではある。

 そこは理性と相談して頑張っている。

 

「ホント、兄さんらしいです」


 彼女は彼に呆れつつも納得はしているようだ。

 こうしているだけでも、お互いの温もりは感じあえるのでドキドキする。

隣に視線を向けると、今にも眠そうな顔をしていた。

 撫子は朝が弱いが、寝入りも早い。


「そういや、撫子は昔から入眠が早かったなぁ」

「安心できるんでしょうね。兄さんの隣ならすぐに眠ってしまいます」

「可愛い撫子の寝顔を見つめてあげよう」

「どうぞ、ご自由に。兄さん。眠るまで手を握ってください」


 ぎゅっと猛の手を掴む彼女は「そういえば」と口にする。

 

「お母様の子供、性別はどちらなんでしょうね」

「聞いてないな。撫子はおじさんから話を聞いたんだっけ」

「さすがに直接は教えてもらえなかったので。どちらにしても、家族が増えるのは良い事ですよ。お母様の望みでしたでしょうし」


 撫子は少し嬉しそうに、


「それに、私は一番年下でしたからね。弟か妹、自分よりも下の家族ができるのはずっと憧れでした」

「年齢は離れていても、撫子もお姉ちゃんになるんだからな」

「はい。可愛がってあげたいですね」


 それは撫子にとっては特別なことだろう。

 ずっと彼女は妹という家族の中では年下だったのだから。


「そう言う意味で兄さんはずるいですね。私以外にも2人も妹がいますし」

「……お兄ちゃんですから」

「貴方は、他人の痛みも喜びも受け止めてくれる優しい人です。そう言う心を許せて、頼りにできる人だから思いっきり甘えられるんです」


 撫子と兄妹として過ごしてきた日々。

 猛は彼女にとっての良いお兄ちゃんでいられただろうか。

 

「もっとも、貴方は受け止めすぎる所もありますが。行き過ぎはいけません。兄さんも我慢せずに、時には自分の意思を貫くことも大切です」

「例えば?」

「お母様が兄さんに婚約者を決めようと企んでいる様子です」


 喧嘩の最中に飛び出した言葉。

 売り言葉に買い言葉、勢いで出た言葉ならまだいいのだが。


「お母様のことです。油断大敵、あの人は時々無茶を突き通す人です」

「転校とかはリアルにさせられそうで怖い」

「ここは兄さんも全力で阻止するため、お母様を一緒に倒しましょう」

「……婚約者の件は全力で阻止はするけど、共同で倒しはしません」


――母を倒そうなんて言っちゃダメです。


 やんわりと落ち着かせるために、彼女の頬を人差し指でつっついた。


「お母様は兄さんの事を本当に子供として愛しているようです。あの人は兄さんの幸せしか考えていません」

「そうなのか?」

「兄妹の恋愛を反対するのも、世間でいわれのない非難を浴びせられるかもしれないと言う事も考えての事のようです」

「母さんらしいね」


 以前から子供想いの親の愛情は感じている。


「ですが! その程度の修羅場は、とっくに経験済みですし、兄さんの学園内での評価は地の底です。今さらですよね、ふふふ」

「わ、笑わないでほしいなぁ。それ、俺としてはすごく悲しい事実なんですが」

「そうですか? 些細な問題です」


 大事な事なのに、軽く流されてしまう。


「お母様には私達が愛し合う事で、どれだけの幸せを得ているのかを理解してもらいたいものです。私には兄さんしかいません」


 彼女は微笑を浮かべながら、猛に囁くのだ。


「そして、兄さんにも私しかいません。お互いに必要としあい、一番幸せになれる相手だと言う事をお母様に認めさせる。それが今の私の目標ですから」


 撫子の宣言は嬉しくもあり、愛しくもある。

 想いに応えてあげたいのは彼の願いでもある。


「……すぅ」


 やがて、寝息を立てる寝顔を見つめながら、

 

「……なぁ、撫子。俺だって君が好きだ。守ってみせるよ」


 例え、母さんが猛たちの仲を認めてくれず、阻止しようとしても。

 それに負けるつもりはないし、いつかは説得してみせる。


「おやすみ、撫子」


 心地よさそうに眠る彼女と共に、猛も瞳をつむった。

 今夜はいい夢を見られる気がした。





 事件は翌朝に起きたのである。


「い、いやぁ!?」


 突然、猛は母の叫び声で目が覚めた。


「な、何事?」


 ベッドから顔を出すと、優子が驚愕の表情をさせていた。


「た、猛!? あ、貴方……何をしてるの?」

「はい? 朝からなんだよ、母さん?」


 朝、猛を起こしに来たのであろうか。

 時計を見れば、8時過ぎ。

 休日とはいえ、いつもよりも少し遅いくらいだ。

 朝ご飯の支度ができたから呼びに来たと言う所だろう。


「なんだよ、母さん。そんなに驚いた声で……?」

「……猛。もう一度聞くわ。何をしていたの?」

 

 低い声色で猛を睨みつけて来る母親。

 何をそこまで怒ってるのやら。

 その疑惑の視線の先にいたのは……。


「――嫌ですね、お母様」


 艶っぽく、布団で体を隠す仕草をする撫子。


「家族とはいえ、こういう場に踏み入るのはどうかと思いますよ」


 いつの間に起きたのか、猛を抱きしめる。

 しかし。

 なぜか、その身体には衣服を身に着けていなかった。


「……は?」


 猛も想像外の展開に唖然とする。

 白い肌があらわになり、軽くお尻のほうまで露出させてる。


「い、いや、撫子さん!? 昨日は普通にパジャマを着てましたよね!?」

「何を言ってるんですか。昨夜はあんなにも燃えるような夜を過ごしたというのに」

「えー!?」


――そんな事実はありませんでした!


 なるほど、確かにこれだと優子が叫ぶのは分かる。

 朝、子供たちの部屋を訪れたらなぜか素っ裸の娘が息子に抱きついている。

 これはもう事後と言うしか他にない。


「……猛。撫子。ふたりとも、何をしてたのかしら? 冗談よね?」


優子は顔を青ざめさせて、猛達に問う。

 

――や、やべぇ、超怒ってるし。


 それよりも、いつのまに撫子は服を脱ぎ捨てたのだろう。

 床に散乱する下着やパジャマ。

 これもすべて、撫子のたくらみだと思われた。


「何を、とは無粋ですね。言わせるんですか? それはお母様とお父様が夜な夜な、ふたりっきりでしていた事と同じことです」

「はぐっ!?」

「もしかすれば、私達の間にも新しい家族ができてしまうかもしれませんね」

 

 頬を赤く染めながら、挑発的に撫子は言った。

 

「何をさらっと言ってくれてるの!?」

「あ、貴方達、まさかそこまでの関係に……」

「はい。現実を認めてください。これが私と兄さんの今の関係です」

「う、嘘よ、そんなの嘘よ~!」


 優子の絶叫が家に響く中で、撫子はしてやったりの顔をする。

 関係を認めさせるために既成事実を突きつける。


「いやいや、既成事実も何もないんですが」


 すぐさま優子は猛を布団から引きずり下ろすと、


「とにかく、撫子は服を着なさい。猛は向こうに行って」


 強引に廊下に放り出されると、


「撫子! 冗談にも程度があるでしょ!」

「冗談? ふふっ。恋人同士の甘い夜が冗談で済むと?」

「あ、あの猛が女の子に手を出せるわけがないじゃない」

「それはどうでしょう。理性との争いに負けたのは一度や二度ではありません」

「……へ? い、いや、冗談よね? 二人とも何もないわよね?」

「同じ部屋で一夜を過ごした男女。何もないと言われて信じます?」

 

 わざとらしく「私たち、一線は越えてません」と発言をして見せる。

 その挑発が余計に優子を苛立たせて、焦らせた。


「……嘘よ。嘘だって言ってよ。いやぁ!?」

「ふふふ」

「もう嫌だ。この子たち、絶対に引き離してやるわ!」


 撫子の策略にまんまとハマって困惑する。


「……へくちゅっ。とりあえず、服を着替えたい」


 部屋から聞こえてくる言い争いを廊下で寂しく猛は聞くしかなくて。

 より一層に激しさを増す母と娘の攻防戦。

 どちらも仲良くできそうになく、嘆くしかなかった――。

 

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