第120話:お母様の事は私にお任せください
「聞いてくださいよ、兄さん。お母様って、本当に頭の固いお人です」
「真面目なだけでしょ」
「生真面目すぎるんですよ。今時、兄妹の恋愛なんて珍しくないものです。私と兄さんは義理の兄妹なのに、どうしてあそこまで頑固なのか」
自室に戻ると、撫子がすぐさま部屋に押しかけて来た。
先ほどまで母と口論になったせいか、気持ちが高ぶっているようだ。
そんな彼女をたしなめるように、
「撫子、あんまり母さんをイジメないように」
「私も彼女の子供ですよ。そんな事しません。意地悪されているのは私の方です」
「……だといいんだけどね」
よほど不満があるのか、猛に膝枕を求めて甘えて来る。
「兄さん。頭を撫でてください」
言われるがままに彼女の頭を膝にのせながら、
「んー。兄さんの膝枕は心地よいものです」
「そりゃどうも」
「淡雪先輩にもずいぶんと甘いようで。妹にはだだ甘な兄さん?」
「……いろいろと誤解があるようだ。その誤解は解いておきたい」
淡雪の事で何かを言われるのはこちらも困る。
「彼女に甘いのは仕方ないということで許してくれないかな」
「いやです」
「……嫌ですか」
「そっちも問題ですが、まずはお母様ですね」
「何で、そんなに対決モード?」
「別に? 認めてもらえるものならば、私も認めてもらいたいだけです」
髪を撫でるとくすぐったそうだ。
少しは機嫌を直してくれたようでホッとする。
「認めてもらいたい、か」
「兄さんとの交際は順調です。現在は障害もほぼなくりました。ですが、私は周囲にも認めてもらいたいと思うんです」
「撫子」
それは彼女にしては成長とも言える変化だった。
愛のためならば世界を敵に回す。
誰かに理解を求めたり、周囲に味方を作ろうとはしてこなかった。
きょとんとした表情の猛に対して、
「あんまり驚いた顔をしないでください」
「だって、あの撫子が……」
「どういう意味です?」
「気に入らないモノは全て敵。全てひねり潰す。と言う考えをしてきた撫子が理解を求めようとするなんてびっくりだぜ」
「ぐすっ。私はそう言う認識を兄さんにされていたんですね。悲しいです」
泣き真似をして拗ねる撫子が猛の太ももをつねってくる。
「とっても悲しいです」
「あ、あの……」
「……兄さんの意地悪」
――いや、あの、地味に痛いです。
静かなる不機嫌に彼は謝るしかない。
「ご、ごめん。言葉が悪かった。謝ります。痛いです」
「ふんっ、私にも変化くらいありますよ。夢が現実になったんです。現実を見つめて、周囲と合わせようとする気持ちが芽生えてもおかしくはありません」
「俺個人としてはもっと穏便にしてもらえたらいいな」
「私だって穏便のつもりですよ。なのに、あの頭の堅い三十後半は……」
「ちょっ!? 言葉がひどくないっすか」
「失礼。妙齢の女性は」
「妙齢の方がもっとひどいから。母さんを悪く言うのは禁止で」
優子との言い争いも相当にひどかったようで。
撫子もぐったりと疲れ切っている。
「冗談はともかく」
「冗談に聞こえないけどなぁ」
「いろいろと言い争って思います。私、もっと弱みを握っておくべきでした」
「思うべき方向性が違うと思うんだ」
「大事なことですよ。今までの私は甘すぎなくらいです」
そんな優子は家族と共に楽しくリビングで談笑中だ。
新しい子供という明るい話題は大和家の幸福度を上げてくれている。
撫子も家族が増えるのは賛成で、決して悪く思ってるわけではない。
「どうして、母と娘は仲良くできないんでしょうか」
「どちらも譲れないものがあるんだろう」
「いえ、これはもう性別なものです。父と息子、母と娘、同姓の関係ってとっても繊細で難しく、反射的に仲たがいをする生き物なんだと思います」
そう結論づけて「戦い続ける」と宣言する。
仲良くして欲しいだけの猛にしてみれば大人しくしてほしいのだが。
中々このふたりはうまくいってくれない。
「兄さんはお父様に交際の許可をもらったとか?」
「ちゃんと話してきましたよ。あっさりと認めてくれた」
「それだけ、兄さんの事を信頼していたと言う事ですね」
「父さんから認められたのはホッとしたよ」
ただ、母を説得するのは猛にもできそうにない。
「お母様の事は私にお任せください」
「……あんまりイジメないでね?」
「そこに信頼をしてください」
信頼ができず、猛は苦笑いしかできなかった。
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