第113話:最後の一線を越えちゃいましょう

 

 さすがに婚姻届けはまずい。

 猛がまだ18歳ではないこともそうだが、覚悟も何もかもが足りてない。

 冗談ではなく本当にこんなものを用意して方にびっくりだ。


「ふふふっ。既に私の名前は書いてますから」

「そう言う問題ではなくて」

「あぁ、ちゃんと証人欄にはお父様の名前を書いてもらっています」

「父さん、何やってくれてるの!? あ、ホントに記入してやがる」


 まさか父親が彼らの結婚を認めてくれてると言うのか。

 

――あの人、撫子に超甘いからなぁ……い、いやいや、おかしいぞ?


 冷静に考えたら普通ではなかった。


「ど、どうして父さんが署名を?」

「その昔、お父様にクリスマスのプレゼントが何が良いかと聞かれて『兄妹でも結婚できるように法律を変えてください』とお願いした事があります」


 愛娘に頼まれたって無理だ。

 父もそんなことで日本社会を敵に回せない。


「その時は残念ながら『それは無理だから』と断られてしまいました。ならば、ということで『サインだけでもください』とお願いしたら、渋々ながら書いてくれました」


 それがこの結婚届である。


――父さん。それは娘に甘いレベルを超えてますよ。


 撫子の行動力に驚き、父の甘さに嘆き悲しむ。


「……ちなみにそれは何歳くらいの出来事ですか?」

「小学校6年生くらいだったと思います」

「なんて小学生だ!」


 撫子はにこやかに「何でも準備はしておくべきですね」と言い放つ。

 猛達が実の兄妹ではないと当然、分かっている。

 それでもサインをしてしまった彼の本気度が猛は知りたい。


「それでは、兄さん。ここにサインをしてくださいね」


 猛に婚姻届けとボールペンを突きつけて来る。

 これは一度書いてしまうと後に引けなくなる悪魔の契約書だ。


「そ、それは、あの……」

「どうしたんですか、兄さん?早く書いてくださいよ」

「ちょっと、トイレに」

「あぁ、逃げたら私は絶対に許しませんよ? 兄さんを後悔させる程に社会的に追い詰めるので。その覚悟がおありなら、ご自由にどうぞ」

「……いえ、何でもないです」


 やばい、逃げ場がなさ過ぎて泣きそうだ。

 逃げる気力さえ失わされる。

 すでに猛の学校社会での地位はあってないようなものだけど、これ以上の悪化は想像すらしたくないものだった。

 そして、何よりも撫子という子はやる時は本気でやる子だ。

 

「どうしました?」

「……撫子さん、許してください。これだけはマジ無理っす」

「私に許してほしいのなら本気の誠意を見せてください」

「誠意というレベルを超えてます。こ、これ以外でお願いします」

 

 すぐさま頭を下げて彼女に謝罪した。

 

――こんなの書いたら、人生積んじゃうから!


 それ以外ならば、何でもしよう。


「……これ以外ですか?」

「はひ」

 

 部屋の片隅に追い込まれた猛はなすすべなく、お手上げ降参のポーズをする。

 さすが撫子さん、参りました。


「兄さんがどうしてもと言うのなら他でもいいですよ?」

「ホント? あ、あぁ、デートとかならいつでも付き合うからさ」

「ふふっ。そんな事で私が誤魔化されるとでも?」

「は、はひ?」

「デートなんて、いつでもできます」


 撫子はぎゅっと猛に抱き付いて、耳元に甘く囁く。


「私を押し倒してください」

「は?」

「どうして婚姻届けにサインをしたくないなら、私に手を出しちゃってください。可愛い子供を作りましょう」

「そっちの方が大問題だ!?」


 どうして撫子は考え方が極端な子なんだろう。

 一見すれば控えめで大人しそうに見えて、かなりの積極性もある。

 そう、一度火がつくと手が止められない。

 彼を押し倒そうとその身体を密着してくる。


「では、私が兄さんに手を出すと言う事で」

「なんでだっ!?」

「ふふふっ。兄さんは女の子の方から好き放題されたいタイプですか?」

「あ、あの、撫子、服に手をかけないで!? ホントにまずい!」


 撫子に迫られて困惑するしかない。

 確かに恋人になったし、実の兄妹ではなかった。

 乗り越えるべき壁は全部超えちゃって、猛達には障害と呼べるものはほとんどない。

 ここで撫子を押し倒しても問題なんてなくて、母の優子に怒られるだけだ。


「兄さん。大和猛と言う名の通り、猛々しさを見せる時ですよ」

「……っ……」

「今、心が揺れ動いちゃいましたね?」

「そ、そんなことナイデスヨ」


 可愛い恋人から誘われて断る真似もできるはずもなく。

 

「兄さん」

「な、撫子」


 顔を間近に見合わせる距離。

 甘い彼女の香りが猛に最後のリミッターを外させようとする。


「私は兄さんのものになりたい。心も身体も望むのならすべてをささげます。だから、兄さんも私のものになってください」

「……俺だって撫子のことが好きだよ」

「両想いですからね。ただ、兄さんは浮気性のあるひどい人です。寂しがりやな私に意地悪してしまうんです。だから、こうやって確実に私のものにします」


 やがて、自然に唇を重ね合う。

 薄桃色の誘う唇がいつもよりも艶っぽく感じられる。


「んっ……」


 猛を押し倒す妹は意地悪な小悪魔の表情をしていた。


「ホントに嫌なら抵抗しますよね?無抵抗と言う事は私の愛を受け止めてくれると?」

「俺だって撫子は可愛い恋人だし、関係を一歩進展させることに興味がないワケじゃない。ただ、こんな風に流されてしまうのは……」

「兄さんらしくていいじゃないですか。私はそう言うちょろい所が好きですよ」

「流されやすくて、ちょろいって言わないで」


 男としての何かが傷つくやい。

 そんな矜持は既に失われている気がするや。


「さぁ、兄さん。最後の一線を越えちゃいましょう」


 ドキドキと心臓が高鳴る中で。

 彼らの恋は加速するのか――。

 

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