第112話:兄さんには失望しました

 

 お墓参りから数日後。


「……兄さん、お話があります」


 夜になり、撫子が猛の部屋とやってきた。

 先ほど、一緒にお風呂に入っていたためにまだほんのりと髪が濡れている。

 黒髪美人って髪が濡れてると艶っぽくて素敵だ。


「さっそくですが、私に隠していることはありませんよね?」

「隠し事? 何もないけど?」

「貴方もよくご存じでしょうが、私は嘘をつかれるのが大嫌いです。隠し事をしても貴方のためにはなりませんよ」


 じりじりと猛に迫り、彼女はふくれっ面をして見せた。


「何だろう?」


 素で身に覚えがないのに撫子が怒ってるような感じがする。

 

――ここ最近、彼女を怒らせるような真似をしてただろうか?


 いろんなことがありすぎて、どれかと言われても分からない。

 不機嫌な様子を隠さない彼女に猛は問う。


「心当たりはないな。先日、須藤家の話なら、しただろう?」

「えぇ。バカ正直な兄さんの対応にあきれ果てたものです」

「……いろいろと言い方がひどいや」


 もう少し言葉を選んでもらいたい。


「それに関係しています。ここ最近、貴方が私と言う恋人がいるのにも関わらず、別の女性といちゃいちゃラブラブしているという噂を耳にしました」


――ギクッ。

 

 猛はすぐさま、ある疑惑についての追求だと察した。

 

――そういや、撫子にバレたらヤバいのがありました。


 にっこりと微笑みながら猛の胸元を軽く掴んで、


「兄さんはずいぶんと浮気性なのですねぇ。長年の想いが叶った相手ではなく、実の妹相手に欲情をするなんて」

「し、してないって。誤解だ」

「……教室内ではキス寸前まで顔を見合わせたり、愛を語らったりとやりたい放題じゃないですか? 須藤先輩と深い仲であることを否定できますか?」


 確かに淡雪とは最近、仲が良いのは事実だ。

 リミッターが外れたかのように、二人はとても仲がいい。


――最近、やけに淡雪が甘えまくってきてるんです。


 兄妹だと分かってからの彼女がやけに甘えたがりになったのも影響している。

 彼自身も普段から大人びて甘え慣れしていない淡雪を甘やかせるのが楽しくて止められないでいた。

 それが噂となり、撫子の耳に届くのも時間の問題だったのだ。


「致命的なのは、お昼寝事件ですね」

「な、何のことかな?」

「一部報道によると添い寝して欲しいと言われて兄さんが『してあげるよ』と言ったと言う情報もあります」

「……ソンナコトハ、イッテナイヨ」


 思わず片言になる。


――全部、バレてたよ。


 完全にやらかしたと顔を青ざめさせた。

 甘やかせるがあまり、そのような真似をしたのも事実。


――だって、淡雪が可愛いんだもん。


 それとこれとは別。

 知られてはいけないことを知られた。


――やべぇ。撫子さん、怒ってますよね? お怒りですよね?


 焦りと不安が同時に猛に襲い掛かり、背中に流れる冷や汗が止まらない。

 ふぅ、とため息がちに撫子は、


「兄さんってホント、浮気っぽい人ですよね。優しいけども、愛情面ではだらしがないと言うか。一途と言う気持ちはどこへやら」

「ぐはっ」

「よりにもよって浮気相手に須藤先輩を選ぶ辺り、さすがシスコン。妹とキスすることが普通だと思ってるのでしょうか?」

「……返す言葉が見つからないや」


 そんな彼に「がっかりしました」と、頬に爪を立てて触れてくる。


「兄さんには失望しました。私、とても悲しいですよ?」

「やめてぇ」


 ここで迂闊な行動をすれば猛の頬は傷だらけだ。

 大人しくしているしかない。

 その瞳には怒りだけはなく悲しみも見え隠れする。


「兄さんの裏切りに怒ってますけどね。私はそんな心の隙を与えた自分にも怒っています。恋人になれた事に安心しすぎていました」

「撫子、俺は……むぐっ」


 その指が猛の口をふさぐ。


「兄さんにとっての今の優先度は恋人になった義妹よりも、親友だと思っていた双子の妹の仲を深め合うことのようです。それはそれで必要なんでしょう」


 関係についてある程度の理解はしてもらえているようだ。


「しかし、それと浮気とは関係ありませんよね?」

「あのね、撫子。俺は恋愛的な意味で淡雪を見てはいないから」

「それは信じられる発言でしょうか」

「信じてください」

「兄さんって流されやすくて、ちょろい人ですから心配です。須藤先輩は未だに兄さんに恋心を抱いているようですし」

「……俺が本気で好きなのは撫子だけだよ」


 何とか機嫌を直してもらおうと必死だ。

 何でもするので疑惑を抱くのはやめてもらいたい。


「ホントに許してもらいたいのなら、誠意と本気を見せてください」

「どうすればいい?」

「少し待っていてくださいね」


 彼女は部屋から出ていく。


「さて、どうしようか」


 今のうちに部屋から逃げるか、助けを求めるかを迷った。

 

「姉ちゃんに助けを求めても、あの人は基本的に撫子の応援しているし」


 そもそも、ここで姉に助けを求めるのは男としてどうなのだろうか。 

 カッコ悪すぎて、情けなくなる。

 あれこれと思案しているうちに時間切れ。

 撫子が戻り、自室から何かをもって来る。


「お待たせしました」

「あのー、その手に持っている紙は何ですか、撫子さん?」


 彼の記憶にある限り、それはかなりの効力を持つ公的機関に提出する用紙だ。

 そう、いわゆる婚約届という紙切れである。


「私と兄さんの婚姻届けです。これにサインをしてください」

「いろんな意味で驚きだ!?」

「ごくごく自然な展開ですよ? さぁ、あとはサインだけ。どうぞ?」


 逃げ場など与えてくれない。

 人生のチェックメイトまであと少し――!?

 

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