第97話:間違いは正さなくてはいけない

 

 そもそも、猛たちが派手に人目につく場所でイチャついていた理由。

 目的はクラスで騒動を起こし、今回の犯人を引っ張りだすこと。

 

『この愛が罪だと言うのなら、それは美しすぎる撫子の妖艶さこそが罪だ!』


 などと、人前で暴言を吐いてたのも、すべて。

 わざわざ、この場に直接、犯人をおびき寄せることが目的だった。

 

――そのせいで、何か大切なものを失った気がするな、うん。


 泣きたくなるほどの後悔と心の傷を負った猛であった。

 犠牲にしたものがとてつもなく大きい。

 ただ、犠牲にしたもののおかげで、“彼女”はようやく彼らの前に姿を見せた。

 

「貴方達は間違えている。兄妹で恋愛なんてしてはいけないんですよ」


 クラスメイトの一人、椎名眞子。


「間違いは正さなくてはいけません。違いますか?」


 通称、ピュア子と呼ばれた女の子が発した言葉は、


「……ようやく私達の前に姿を見せましたね、椎名眞子さん」

 

 猛達を脅迫し、今回の騒動を引き起こした犯人と全く同じ台詞だった。

 事前に撫子から名前を聞かされたとはいえ、猛も信じがたい。

 眞子はそういうことをする子じゃないからだ。

 素直で人当たりもいい、純粋さが猛も気に入っていた。

 

「今回の件で私達はある人から脅迫を受けていました。ひどい内容なので言葉にはしませんが、その人も貴方と同じことを言っていたんですよ」


 撫子の言葉にびくっとして眞子は一歩後ろに下がる。

 問い詰めようとしたはずが、逆に問い詰められていた。


「兄妹が恋愛をするのは間違いであり、間違いは正さなくてはいけない」

「……そ、それは」

「間違いを正す。ずいぶん上から目線で、気に入りませんが。それは貴方自身が真面目な性格だからでしょう。曲がったことが嫌いな貴方らしさでもあります」

 

 撫子が椎名さんの真正面に立ち、そう言い放つ。


「椎名先輩。貴方が私達を脅迫した相手ですね?」

「な、何を言ってるのか分かりません。私、知らないわ」


 撫子から視線をそらして戸惑う彼女。

 すぐさま、クラスメイト達が擁護する。


「そうだよ。脅迫が何なのか知らないけど、この子はそんなことしない」

「ピュア子はそんなことする子じゃない」

「この子はね、ホントに良い子なんだから」

「大体、貴方達が恋愛してることに問題があるんでしょ」


 次々と擁護発言、彼女は皆に守られている。

 猛もこの立場でなければきっとそうしたに違いない。

 この信頼感こそ、誰もが簡単に噂を信じたんだろう。


「……椎名先輩。この噂を聞いたのはいつですか?」

「クラスメイトから聞いただけ。友達からだったかな」

「それは嘘ですね。貴方は自ら、この騒動を引き起こしたんです。悪意のある噂を流布させ、誹謗中傷の非難で窮地に追い込んだ張本人です」


 撫子は淡々と彼女に言葉を告げる。


「悪意のある噂、その始まりはこういう文章から始まったそうですよ。『私のクラスに兄妹なのにキスしてる子がいるんだ』。その話題を最初に振ったのは貴方です」

「し、知らない……そんなの知らないもの」

「いいえ。私の親友が調べてくれました。特定するのは大変でしたけどね」


 恋乙女が頑張って調べてくれた。

 噂の発信源は椎名眞子。

 そこから調べていけば、いろいろと疑問点も見つかってきた。


「私は何も知らないって言ってるじゃない。勝手に犯人にしないで」

「何も知らないというのは嘘です。嘘を積み重ねても、みじめなだけですよ」

 

 問い詰められた眞子の表情が曇り、顔をひきつらせ始めた。

 はぐらかそうとするので精いっぱいだ。


「人間と言うのは誰しも知りえた情報は他人にしゃべりたくて仕方のない生き物です。噂は噂を呼び、悪意は渦となって襲い掛かる、ひどい話ですね」

「……そんなの私には関係ないよ」

「いいえ。貴方はわざとこの事件を起こしたんですよ」

「どうして、私がそんな真似を?」

「私と兄さんの関係を壊すために」


 ふとしたことで、眞子は撫子と猛の関係を知ってしまった。

 どうしようもない憤りと悲しみ。

 その果てに少女がとった行動は……。


「椎名先輩。兄さんに脅迫電話をかけましたね?」


 あの電話を受けた時の声、猛には今なら分かる気がする。

 声を変えていても一瞬だけ素の声が聞こえた。


――そうだ、あれは椎名さんだった。


 猛にとっても、馴染みのある存在。

 道理で聞き覚えがあるはずだ。


「そんなものはかけてない」

「この時間、学校にある公衆電話が使用されていたそうです」

「それが私だとでも?」

「はい。その時、そこにいたのは貴方だそうですよ」

「どうして、私だって言えるの?」

「本当だよ。偶然にも担任の先生がキミを目撃していたんだ、椎名さん」

 

 彼の言葉に、ハッとする眞子。

 学内に1台しかない職員室前の公衆電話。

 あの時間に使用していたのは椎名眞子だった。

 偶然にもその時刻、彼女に声をかけていた教師がいた。

 目撃証言を得られたことで、眞子の犯行が確信に変わった。

 

――これを調べてくれたのは淡雪さんだ。


 脅迫電話を受けたあと、彼女は必死になって協力してくれた。

 椎名眞子が怪しいと睨むと、その裏付けをしてくれた。

 あらゆる人に聞き込みをしてくれた、淡雪の協力にも猛は助けられていた。


「椎名さん。あの時間、誰に電話をかけていたのか説明できる?」


 やんわりとした口調で猛に問われた。

 眞子は満足に言葉を返すこともできず。

 ただ、表情を曇らせて、視線を俯かせるだけだ。


「悪意ある噂を流布し、脅迫さえしてきた貴方がまだ言い逃れしますか?」

「言い逃れも何も……私は知らないってば」

「言いたいことがあるならば、堂々と私達の前で言えばいいじゃないですか」 

「だから、私は何も知らない。人違いじゃない? ねぇ?」

 

 彼女は周囲に助けを求めるように声をかけるが、


「ホントにピュア子なの?」


 それは失望。

 人の信頼を裏切った少女に向けられた視線はとても冷たいものだった。


「こんな大きな騒動を悪意を持って起こしたの?」

「え? 本当に、眞子がしたの?」


 悪意や言葉は自分に返ってくるもの。

 信頼という二文字を失った椎名眞子は味方を失う。


「ち、ちがっ……私じゃ、私じゃない」


 時すでに遅し。

 周囲が動揺して、眞子への信頼を失わさせていく。


「……そういえば、あの噂を聞いたのってL●NEだよね」

「そうだ、私、ピュア子から聞いた気がする」

「うん。話の流れで『兄妹の恋愛なんて気持ち悪いよね』って話になって」

「思えば、あれからこんな噂になったんだっけ」


 普段、真面目な少女がゆえに。

 裏切って、思いもよらぬ行動をとっていたというのは驚きもあった。


「……どうやら、ピュア子の愛称は返上のようですね?」


 悪意には悪意を持って対応する。

 ここぞとばかりに、撫子は彼女を追い込んでいく。


「まだ言い逃れをしますか? 無駄だと思いますが、どうでしょう?」


 追い詰められた彼女は、小さく嘆息してついに白状する。


「そうだよ、私だよ」

「認めるんですね、椎名先輩」

「はぁ。ただし、こんなに大きな出来事になるとは思いもしなかった」


 騒動が大きくなりすぎたのは眞子の誤算でもあった。


「ど、どうして、ピュア子?」

「なんで、大和君たちの噂なんか?」

「冗談でしょ。だって眞子は大和君のことが好きだったじゃない」


 信じられないと言った顔の友人たち。

 信頼を裏切ってまでこんな行為をした。

 椎名眞子の本当の想いとは……。


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