第84話:貴方の嘘を今夜、暴いてみせます

 

「……結局、これの意味するところは何なんでしょうね?」


 たった数枚の写真だけしか残されていない。

 幼少時代の猛には何かしらの秘密があるのか。


「単純な理由ではなさそうですが……」


 これこそが、ずっと母の隠し続けてきた秘密。

 それにどれほどの意味があるのか、撫子には想像がつかない。

 

――秘密にしなければいけないほどの何かがある?


 幼少時代の猛と言えば、とにかく周囲に友達がいた。

 女の子ばかりだったのは不愉快極まりないことだけども。


――あれはお母様の計らいだったはず。そこにも意味があるとすれば。


 お友達を増やしたかった、ただの母心ではないはず。

 いろいろと考えるも、答えは出ない。

 これぞ、という確証は何も得られないでいる。

 

「……」


 思案する横で、雅はなぜか笑っている。

 秘密の中身を知ってるがゆえになのか。


「姉さん。その含み笑いは何でしょう?」

「いえいえ。猛の事ばかり考えてるなぁって」

「はい?」

「違う視点から物事を見ることができたら、簡単に解決するものなのに」


 撫子には雅の言っている意味が分からなかった。


「違う視点?」

「ひとつの方向から見て分からなくても、違う方向から見れば分かることもある」

「私の見てる方向が間違えていると?」

「間違いとかじゃないの。単純なことを見逃すわよって言う忠告」

「まぁ、私はよく足元をすくわれるタイプだと言われますが」

「……それは撫子は相手を侮ることが多いからだと思うの」


 さほど興味がなくて、箱に戻してしまった『撫子』と『雅』のアルバム。

 そこにこそ、本当の真実が隠されていたというのに。

 撫子はそれに気づいていない。


「確認ですが、姉さんは私の味方ですよね?」

「改めて確認されなくても味方です」

「……ですが、ヒントばかりで答えを教えてくれません」

「そこは自分で解決しなきゃダメな問題だもの」

「甘いようで厳しい。姉さんらしいです」


 しかし、彼女の言葉から察することはできる。


――本当に家族関係が壊れるという話ではない?


 姉が無理やりにでも止めないことから最悪の事態は避けられそうだ。


――その秘密は、私たちの関係を変えるだけのものなのかな。


 隠されていたことがある。

 秘密の価値が、望んでいるものでなければ意味はない。

 結局、自分で何とかしなければ何も進めない。


「私は幸せになりたいんです。例え、お母様を倒してでも」

「倒すな、倒すな。ノックアウトはいけません」

「いいえ、お母様を倒して、私は兄さんとの愛を確実なものにします」

「……ラスボスは簡単に倒せないと思うわよ」

「どうでしょうか。私もずいぶんと高レベルになったつもりです」


 今の彼女には自信がある。

 猛という一番大事な男の子の愛情が向けられているからだ。

 愛は人を強くするもの。


「今の私は無敵ですよ」

「あはは。撫子はお母さんのことを過小評価しすぎ。あの人の愛は本当にすごいの」

「愛ですか?」

「私たちが思ってる以上よ。手強い相手だと思わなきゃ」

「誰であろうと、私は負けません。負ける気もしませんよ」


 中途半端な覚悟の愛ではない。


――大切な人を傷つけてでも、私は手にしたいもの。


 あと少しで、本物の幸せが手に入る。

 そのためならば、何だってする。


「どんな真似をしても、どんなことをしてでも、私は幸せになりたいんです」


 優しい猛は手を汚せない。

 だから、代わりに撫子が母親を攻めるしかない。

 撫子を見守る雅は「頑張れ、妹」と応援するのだった。

 

 

 

 

 雅の計らいで、その日の夜には優子が家にやってきた。

 リビングに入ると「雅は?」と誰もいないことに気づく。


「兄さんと共におでかけしています。人払いは済ませておきました」

「……人払い。何か、嫌な言い方ねぇ?」

「お忙しいところを呼び出してすみません。大事な話がしたいんです」

「別にいいわよ、撫子。私に用があるって聞いたのだけども何かしら?」


 ソファーに座りながら優子と向き合う。

 撫子の強い眼差し。

 それを向けられた優子は何かを感じ取ったようで、


「真面目なお話かな」

「はい。お母様、嘘をつくという行為をどう考えていますか?」

「嘘? 嘘はよくないわよね。騙すのも、騙されるのも、辛いことだもの」

「えぇ。嘘をつき、人を欺くことはいけないことです。秘密を抱え、隠し事をされるのも嫌いなんです。だから、お母様と戦うことになるんです」

「えっと……言ってる意味が良く分からないわ?」


 唖然とする優子に撫子は先制攻撃を始めた。

 

「嘘の悪いところはつけばつくほどに、嘘を重ねていくものです。嘘がばれないように、と重ねた嘘がさらに負のスパイラルを形成する。だから、嘘は嫌いなんです」


 まず、撫子は彼女の“嘘”から追及することにした。

 テーブルの上に置かれたバッグに視線を向ける。


「……可愛らしいアクセサリーですね。ペリドット、8月の誕生日石ですか」


 バッグには緑色の綺麗な石が装飾された“クローバー”のアクセサリーがついている。


「そういえば、それは去年の誕生日プレゼントにもらったのだとお兄様が言っていました。えぇ、私があげたものだと……。お母様、お兄様に嘘をつきましたね?」


 その瞬間、撫子の言葉に優子の顔色が変わる。


「撫子。貴方、いったい……?」


 最初に撫子が違和感を抱いたのは猛から聞いた去年の夏の話だ。

 彼が淡雪のアドバイスを受けて母にプレゼントを買った。

 その時に優子は、とある“嘘”をついていた。


『これは……撫子がくれたのよ。そう、誕生日プレゼントにってくれたものなの』

『撫子が? そうなんだ?』


 話を聞いた時から感じていたもの。

 違和感。


――あの時から私はお母様がある嘘をついていると知っていたの。


 なぜならば、去年の夏、撫子が優子の誕生日にプレゼントしたのは……。


「お母様。私があげた誕生プレゼント、“ゆるキャラのお風呂セット”は使ってもらえているでしょうか? 可愛いゆるキャラグッズを集めたものです」

「――ッ!?」

「そうです。あいにくと、私はこんなにも素敵で相手を想うプレゼントを差し上げた覚えがないんですよ」


 誕生石のペリドットの装飾が可愛らしい、クローバーのアクセサリー。

 彼女はそっと、そのハートの形に触れた。


「――こんな『貴方に幸福を』と願いを込めたクローバーの飾りなんて」

「そ、それは……」


 明らかな動揺が彼女の瞳に浮かんでいる。

 

――きっと私はお母様を傷つけることになる、すごくひどい真似もする。


 それでも、もう撫子は躊躇も遠慮もしない。


――お兄様への愛だけが私を突き動かすもの。


 痛みを伴うことになっても、前へ進むと決めたのだから。


「これをどなたからもらったのか、なぜそれを隠すような嘘をついたのか。ぜひとも教えてもらいたいものです、お母様」

「……それは」

「言い訳の用意はしないで結構。嘘をさらに重ねるのは見苦しいでしょう?」


 有無を言わさない、追い込み方。

 全ての準備は整い、覚悟も決めた。

 嘘を暴き、真実を知るために。


「――お母様。貴方の嘘を今夜、暴いてみせます」


 言い放つ彼女には強い意志がある。

 撫子たちの直接対決、長い夜が始まった――。

 

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