第81話:俺は優しくなんてない
撫子の夢の実現まで、あと少し。
願い続けてきた猛との恋人生活。
恋人関係になれて、幸せが訪れると思っていた。
けれども、現実はそう簡単にはいかない。
――私達には障害がいくつもある。
それは周囲への関係であったり。
何かと邪魔をしてくる母親であったり。
それらすべてを乗り越えなくては本当の幸せは手に入らない。
「ねぇ、兄さん。私の事を愛してくれていますか?」
「好きだよ。世界の誰よりも、撫子を愛している」
「……兄さんが素直に自分の想いを認めてくれるのは良い事です」
少し照れくさくなるほどに、昔の彼のように愛をささやいてくれる。
ずっと前から望んでいた、夢にまで見たこの関係。
「今日は涼しくていい夜だ」
「綺麗な星空ですね。夏の星空は好きなんです」
家の庭の縁側に座りながら、ふたりで星を眺めていた。
「そういえば、付き合い始めたことが姉ちゃんに即バレしてる件について」
「私がバラしました」
「なんで!?」
「姉さんだけは私たちの理解者ですから。味方に引き込んでおいて間違いないでしょう。それに秘密にしておく必要もありません」
「反対とかしてた?」
「祝福されました。むしろ、煽ってた方だから、と笑ってましたよ」
煽られていた本人として、猛が苦笑いをする。
「何か心当たりでも?」
「まぁね。援護射撃はしてもらってた」
「さすが姉さんです。グッジョブ」
雅は応援こそしてくれるものの、自分たちが動かなくては何も解決しない。
これから先の事を考えても、悩みは尽きない。
空にきらめく星々、時間だけが静かに過ぎ去っていく。
「正直に言えば、兄さんが私の想いを受け入れてくれるのは奇跡だったと思います」
「え?」
「貴方はとても優しい人ですから。周囲や世間の目を気にして、私や家族を傷つけたくなくて、守るために自分の想いを諦めてしまうんじゃないかって……」
ずっと猛と結ばれることを望んでいても。
――最後の最後には“兄妹”だからと想いを諦めてしまうかもしれない。
そんな嫌な想像もあった。
「そうだな。その想いがなかったわけじゃない」
「ですよね。兄さんがずっとご自分の想いを我慢してきてたのは知っています」
「でも、素直になろうと思った」
「どうしてです?」
「姉ちゃんが自分の想いに素直になれって言われて、心が楽になれた自分がいたんだ。悩んでも答えはひとつだけしかなかった」
雅はふたりの姉として見守り、ずっと味方でいてくれる。
どんな時でも支えてくれる、頼りになる存在だ。
「素直になるまで時間がかかったよ」
「はい」
「俺が素直になれば、母さんも困るだろう。世間だって黙ってもいない。よく撫子は俺を優しいって言うけどさ。違うんだよ」
「兄さん?」
「誰も傷つけたくないから、我慢してきた? 違う、違うんだ」
小さな声で彼は震える手を私に重ねる。
「撫子……俺は優しくなんてない。ただの勇気のない、ヘタレな男さ」
広がる夜空を見上げて、彼は本音を口にした。
「俺自身が傷つきたくなかった」
「自己保身のためだった、と?」
「そうだ、自分が傷つくのが怖かったんだよ。撫子を好きだと認めて、他人から非難されるのが怖かった。嫌われるのが怖かった」
初めて、彼が見せたもの。
撫子の知らない心の内側、彼の本心――。
「妹を愛している、と世間から白い目で見られ、蔑まれ。それに負い目を感じて生きていく勇気が俺にはなかったんだ」
現実世界は漫画やドラマの世界のように。
兄妹が結ばれることは難しい。
「世界を敵に回す、その勇気がずっとなくて。傷つきたくなかっただけだ」
「そんなことはありません」
「いや、これが俺なんだ。自分が傷つきたくないから、嘘をつき続けた。撫子は妹だ、妹には恋をしてはいけないと、自分の思いから目を背けていた」
「もういいです、兄さん。自分を責めないでも、いいんです」
胸が苦しくなるほどに、彼の想いは重い。
それは真面目な彼がどれだけ苦しんできたのかが伝わってくる本音だったから。
「自分勝手で、弱くて、そんな自分が嫌で仕方なかった」
「誰だってそうでしょう」
「いいや、そんな俺が撫子を幸せになんてできないと思い続けてきた。だから、想いを否定し続けてきたんだ」
「……兄さんは弱くなんてありません」
「強くはないよ。俺は、撫子みたいに強くない」
「私は強い――と兄さんに思われてるようですが、私だって強くはありません」
ただ、世界を猛に関係するものと、そうでないものに“割り切った”だけ。
「兄さんの関係のない世界はどうでもいい、と思えば気が楽になれました。私は割り切り、分別しただけにすぎません」
そのせいで、世界から嫌われて、罰や誹り(そしり)を受けても、気にしない。
――私には兄さんさえいればそれでいい。
だけど、人間は誰しも、そんな風に割り切れる人ばかりではないから。
「兄さんは本当に真面目で、優しい人です。責める必要はありません」
苦悩と本音を聞いて、撫子もっと猛を守りたいと感じた。
――この誰よりも優しい人を、私は守ってあげたい。
そのためにも、これからも彼との気持ちを大切にしなければいけない。
「撫子が好きだ。この気持ちに素直になれた時、俺は覚悟を決めたんだよ。例え、世界のすべてを敵に回しても、この愛だけは手放したくない」
「……私も同じ気持ちですよ」
「今の俺じゃキミを幸せだけにはできないかもしれない。辛い思いもさせるかもしれない。だけど、これだけは、これだけは忘れないでくれ」
そっと彼は撫子の耳元に甘く囁く。
「俺は撫子を愛している。幸せな時間をキミに与えてあげたいんだ」
心に響く兄さんの想い。
「はい。十分に愛情を注いでもらい、満足していますよ。そんな貴方だからこそ、私は好きになったんです」
猛のために今の撫子にできること。
それは、目の前の一番の障壁である、母の優子を説得することだ。
そのために、必要な“あるもの”を探すことにした――。
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