第82話:真実にたどり着いた感想はどう?

 

 休日の朝から撫子はあるものを探し続けていた。

 ちょうど猛は誰かと用事があるらしくて、出かけていたから都合もよかった。

 ただし、その用事が淡雪とのデートだとは知る由もない。


「ふぅ。残念ながらここではないようです」

 

 倉庫代わりにしている部屋にもなかった。

 

「だとしたら、どこに? どこかに必ずあるはず」


 撫子が探しているのは古いアルバムだった。


「家のどこかにあるはず。それさえ見つければ突破口になるのに」


 実はこの家には撫子達が生まれた時の写真がないのに気付いていた。

 

「私のも、兄さんのも、どちらもない――」


 普通の家ならば、必ず赤ちゃん時代の写真は残ってるはずだ。

 一番古いアルバムが幼稚園時代から始まっているのはおかしい。


「デジカメのデータでパソコンの中に。その可能性もないわけではないけど。幼稚園時代の写真が普通にあるので、これは意図的に隠されていると思って間違いない」


 なぜか、隠す理由があるとしたら、それは――。

 

「何か隠したい真実がそこにあるってことでしょう」


 見せたくないもの、知られたくないことがあるに違いない。

 それを見つけられれば、きっと何かしらの追及ができるはず。

 今の彼女に必要なのは母親を倒すこと。

 彼女さえ排除できればハッピーエンドを迎えられる。


「こんなこと、兄さんに知られたら嫌われてしまいますね」

 

 撫子はふっと苦笑いをする。

 できれば、仲良くしてもらいたいと思われてるがそれは無理だ。

 何かを切り捨てなければいけないのなら、親ですら離別を選ぶ。

 取捨選択が極端な撫子はそれしかできない。


「どこにもない。家の中は探し回ったはずなのに……」


 半日をかけても、見つからずにげんなりとする。


「これだけ探しても見つからないってことは……この家にはないという事? お父様たちが暮らしている都内のマンションの方にあったらお終いだわ」


 ここで諦めるわけにはいかない。

 猛の覚悟を知って、できる限りの事をすると決めたから。


「兄さんと幸せになりたい、そのためならばお母様を傷つけても……」


 誰も傷つかずに得られる幸せなんてない。

 そんな優しくて笑顔で終わるエンディングなんて最初から想像もしていない。

 バッドエンド気味の後味の悪さがあっても、隣に猛さえいてくれればそれでいい。


「お母様、親不孝な私を恨んでくれてもいいですよ。私は兄さんのためならば、家族さえ傷つける。ひどく、貴方の娘は自分勝手な女の子なんです」


 母への罪悪感を振り切るために独り言をつぶやきながら、考える。

 

――逆に考えてみよう、どこに物を隠せば見つからない?


 普段は入らない場所、どこであれば隠しておけるか。


『撫子、猛。よく聞きなさい、ここには絶対に入ってはいけないよ』


 私の脳裏によみがえったのはお父様の言葉。


『古いものがたくさんあって危ないから。子供は入ってはいけないんだ』


 幼い頃から親にそう言われて、入るのを固く禁じられてきたある場所がある。

 興味もなく、撫子も滅多に入ったことがない。


「なんでもっと早く、気づけなかったの」


 実際、子供の頃、一度だけそこに入って、閉じ込められたことがある。

 嫌な思い出しかない。

 それ以来、一度も入ったこともなければ近づくこともない場所だった。


「なるほど。家の庭の古い蔵。あそこならば、隠し場所には最適ですね」


 あの蔵は両親が掃除するために1年に1度しか入らない場所。

 代々の大和家に関するものが保管されていると聞いている。


「あの蔵の鍵は……確かお父様の部屋のどこかにあったはず」


 すぐさま父の書斎部屋を探し出す。

 机の引き出しの奥にそれは見つかった。

 古びた倉庫の鍵を手にして撫子は、


「これが蔵の鍵……。私達の秘密を開くための鍵ですか」


 軽く手が震えているのに気付く。


「真実を知るのを恐れている? この私が?」


 思わず自嘲してしまいそうになる。

 恐れてなんていない。

 あえて言うなら“武者震い”のようなものだ。


「やっと真実に近づけるのなら、私は……」


 その鍵を握りしめて、庭の蔵へと向い、蔵の鍵をゆっくりと開ける。

 古臭い、独特の匂い。

 むせ返るような埃と古い書物の匂いが立ち込める。


「けほっ。これは少し換気が必要ですね」 


 口元をハンカチで押さえながら、扉を開けたまま蔵の中へと入った。

 想像以上に、蔵の中はひんやりとして、湿度もそれほど感じられない。


「このどこかにあればいいんですが」


 棚に整理されている書物や古美術の品を見渡し続けて、しばらくすると、


「あっ、見つけた……これだわ」


 ようやく見つけ出したのは、私達の古いアルバムの入った箱だった。

 

「本当にここにあった。お父様たちがここに入るなと言っていたのはこれを隠すためだった? それも含まれていたのかもしれない」


 確かに古い壺もあるし、危ないには違いないけども、それ以外の意味もあった。

 その箱からアルバムを取り出そうとする。


「もしも、この中の写真が私の望む現実ではなかったら?」


 期待は失望に変わるかもしれない。


「いえ、覚悟は当にしています。現実は思い通りにならないとしても、真実に近づくためならば何でもする。優しい兄さんのためです」


 期待外れの現実を否定できなくても、どんな真実でも知りたい。

 勇気をもってそのページを開ける。


「え? これって、どういうことなんですか?」


 撫子が思いもしていなかった“現実”がそこにはあったの。

 

「本当に?」


 何度も見ても、どこを見ても。

 その“事実”は撫子を驚かせることしかできない。

 そんな時だった。


「――やっぱり、撫子はすごいわね」


 ふいに蔵の中に響いた女性の声に振り向くと、


「ひとりで、ここまで秘密にたどりつくなんて」

「……雅、姉さん」


 蔵の扉の前に、雅が神妙な面持ちで立っていた。

 

「やっぱり、撫子はすごいわね。きっと、真実にたどりつくと私は思ってたわ」


勝手にここに入り込んだ撫子を怒るでもなく、慌てるでもなく。


「探していた真実にたどり着いた感想はどう?」


 雅は淡々とした様子でそう言った。

 逆に冷静さを失い、撫子はひどく動揺していた。


「感想? ワケが分かりませんよ。どういうことですか?」


 こんなものを見て、どう反応していいのか分からない。

 

「これが探し求めていた真実だって言うんですか?」

「あら、混乱中?」

「当然です! こんなものを見せられてすぐ理解しろと言う方が無理です」

「……そうね。でも、それこそが撫子がずっと知りたかったものよ」


 すると、雅は古いアルバムの入った箱を持ち上げて、


「うっ、重い。半分持って。とりあえずはここを出ましょう。あんまり開けっ放しだと他の物が影響を受けちゃうから」

「姉さん……」

「私が教えてあげるわ。こうなったら、しょうがないもの」

「お願いします。真実を説明してください」


 ふたりはアルバムの箱を抱えて蔵を出た。

 そのアルバムの中に隠されてきた真実。

 希望への道をついに見つけたかもしれない――。

 

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