第66話:あれって、そういう意味だったんだぁ
これは中学時代の話だ。
あの頃の猛は今よりも堂々とシスコンであり、撫子を溺愛していた。
ラブポエマーと呼ばれていた暗黒時代である。
それほどに自分に素直な時代もあった。
ある日、猛にとある同級生の女の子が告白をしてきた。
クラスメイトではなかったが、一度か二度、話をした程度で顔は知ってる相手。
「ねぇ。大和君ってさ、今はフリーなんでしょ」
「誰とも付き合ってはいないよ」
「だったら、私と付き合ってみない?」
校門前で人の視線も気にせずに告白めいたお誘いをしてきたのはいいのだが、タイミングが悪いことに撫子に見られた。
すぐさま、彼女に近づくと撫子はまくしたてるように、
「お待ちください。貴方は兄さんのどこを好きになって告白をしたんですか?」
「そんなの妹ちゃんには関係なくない?」
「そもそも、大して面識もないのに兄さんを好きになる理由が分かりません」
「……なんで俺と彼女が面識がほとんどないって知ってるんだよ、撫子」
「兄さんの交友関係について、私は把握しています。親しい女性ならば危険とみなしてチェックしています。この人は違います」
事細かな分析と情報収集。
撫子はそう言い切ると、女の子に詰め寄る。
「どこを好きになったんでしょうか。さぁ、答えてください」
「えー。ちょっとカッコいいし、大和君と付き合えたらいいかなって」
「性格に惹かれたとか、彼でなくてはダメという理由は?」
「んー。ないかな。そこまで考えてはないけど? 難しいことなんて付き合ってから考えればいいじゃん。相性が悪ければ別れたらお終いでしょ?」
「……ずいぶんと軽い考えですね」
「今時、付き合うことにそこまで深く考えないってば」
軽い気持ち、軽いノリで答える女の子。
人によって恋愛の価値観なんてそれぞれだ。
漫画や小説の世界のように、一つ一つの恋愛を大事にする人間もいれば、その場のノリや気分で相手を求める人間もいる。
それぞれの価値観だ、別にそれは人の自由だと思う。
だが、今回は相手が悪すぎたようで、撫子はカチンと来た様子で怒る。
「ちょっと? その程度の理由で、貴方は兄さんに告白したんですか?」
「そうだけど……え?」
「そもそも、ちょっとカッコいいっていう表現がまず気に入りません。兄さんは最高に素敵な方です。世間でカッコいいと言われているイケメンたちなど相手にもならないくらいにすごくカッコいい方です。兄さんに失礼ですよ。それに何ですか、貴方はちょっとカッコいいっていう理由ならばどんな相手とでも付き合えるんですか?ずいぶんと安い恋愛の価値観ですね。その程度で私の兄さんを傷つけるのだけはやめてもらいたいです。そんな百円ショップで売ってるような安い恋愛の価値観で私の兄さんに愛を語るなんて失笑にもなりませんよ」
まくし立てるように言葉のマシンガンを放つ。
唖然とする少女に辛らつで強烈な物言いの撫子は、
「貴方の言うちょっとカッコいいだけの人間ならこの世界に山ほどいます。貴方は幸せな方ですね、ちょっとカッコいいだけの相手なら付き合って、そして幸せな気持ちになれるんですから。そんな安い価値観の貴方はどうせ、これから先も次々といろんな男性と付き合っていくんでしょう。だって、ちょっとカッコよければ人を好きになれるなれるんですから。相手の性格、中身なんてどうでもいいんですもの。そして、ある時は相手に浮気され、裏切られ、騙されてお金を貢がされてしまっても、相手が悪かったんだと思えばあっさりと次の相手を選ぶような人生を歩んでいくでしょうね」
「あ、あぅあぅ……」
追い込まれていく少女は経っていられず尻もちをつく。
見下ろすように撫子は激しい怒りをぶつける。
「貴方の人生など興味もありませんが、その程度では未来なんて容易に想像できます。貴方に待つ未来はどこの誰とも分からない相手との間に子供ができたあげく、その相手にも逃げられ、こんな人生ではなかったと嘆きながら、古びたアパートの四畳半の部屋の片隅に座り、雨の降る外を窓から見つめては希望のない日々を過ごして生きていく事をみじめに後悔するんです。その時にようやく愛の重みを知るでしょう。後悔しても時間は取り戻すことなどできませんが」
「……うぅっ……」
「想像するだけで可哀想ですね。哀れですね。ですが、すべては自業自得です。同情の余地すらありません。なぜならば、貴方は恋愛という言葉をあまりにも軽視しすぎているからです。恋愛とは人の心を豊かにもしますし、貧しくもします。この世のなかで最も大切な感情である恋愛を中途半端で安い価値観のままでいるのはこれからの人生を不幸にしますよ。まぁ、それも貴方の人生なんで、どうぞご自由に不幸な人生を生きてください。ただし、そんなくだらない貴方の人生に兄さんを巻き込むことだけはやめてください。私が許しません。私が言いたいことはそれだけです」
まさに逆襲の大和撫子。
相手に反論させることなく、痛烈かつ厳しい言葉が弾丸のように放たれる。
声を荒立てることもなく、ただ相手を非難するわけでもないのに、言われた相手の心を容赦なく打ち砕いた。
その場にいる誰もが唖然とする中、フルボッコにされてしまった女の子はすでに戦意喪失の涙目だった。
「そ、そこまで言わなくてもいいじゃない」
「言わせたのは貴方の軽薄な態度です」
「わ、私っ、うぅ……そんな人生やだぁ」
「そういう人生を選ぶのは貴方の自由ですよ。それでもまだ兄さんに告白します?」
「も、もういいです。大和君に軽い気持ちで告白してごめんなさい。うぇーん」
ぐったりとうなだれた女の子は猛たちの前から半泣きで去って行った。
「ふっ。悪は滅びました」
告白の内容なんて最初だけで、あとは相手に対する辛辣な罵倒だった。
言葉遣いが丁寧でも、言ってることは暴言そのものだった。
「逃げてしまいましたか。それでもまだ兄さんが好きだと言えるのなら、遠目で見つめる程度ならば許してあげましたけど」
薄桃色の唇で薄ら笑いを浮かべる妹を誰もが恐ろしい子だと思った。
このような事件が多発して、当時の撫子は危険人物扱いされていたのである。
あれから少しは大人しくなってくれたけども、性格の本質は変わってないだろう。
「そんな事件が日常的にありました」
「……たっくん。モテまくりなのも大変なのね」
「説明するのに、少し過剰表現を抑えたけど。リアルはもっとひどかった」
「本当に変わっちゃったなぁ」
恋乙女も苦笑いをするしかない。
「あの子の事、他に何か覚えてる?」
「そうだねぇ……そういえば」
彼女はふと何かを思い出したようで、
「あー。……あれって、そういう意味だったんだぁ。なるほどなぁ」
そして、納得顔をしてみせる。
何か思い当たることがあったのか。
「恋乙女ちゃん?」
「ううん。ちょっと思い返しただけ」
「何を?」
「子供の頃は意味が分からなくても、成長したら理解することってあるじゃない。私も今、それをようやく理解しただけだよ」
意味深めいたことを言う。
詳しいことを聞こうとすると恋乙女は池の方に駆け寄って、
「あれ? 鯉が泳いでる。綺麗な鯉がいっぱい~」
「……あまりはしゃいでると池に落ちるよ」
「そこまで子供じゃありません」
頬を膨らませて唇を尖らせる。
その仕草は十分に可愛らしい。
「でも、一度落ちかけたことはあったよね。私、危なかった」
「覚えてる。確か、お気に入りの髪留めが池に落ちて取ろうとしたんだよな」
「うん。たっくんが助けてくれなかったら危なかったよ」
恋乙女と過ごした懐かしい日々。
幼馴染との思い出話はつきない。
「たっくん。あの頃に遊んで子たちとは今も付き合いがある?」
「何人かはね。覚えているだろう、四季彩葉」
「もちろん。彩葉姉だね。金髪美人のお姉さん」
「外国人みたいな容姿をしてるのに、中身は普通の日本人。ギャップ感が半端ない、お姉さん。イギリス人とのハーフだったかな」
「あー、彩葉姉、懐かしい。私が転校した後に、彼女も転校したんでしょ」
「うん。でも、その彩葉がこっちに帰ってきてるって知ってた?」
「全然知らない? ホントに?」
「うん。去年くらいから都内で暮らしてるんだ。俺もたまに会うよ」
「へぇ、それは知らなかった。会う機会があれば会ってみたいな。いろいろと問題を起こす人だったけど、お姉ちゃんみたいな子だったし」
懐かしい日々を思い出す。
出会った人の分だけ思い出がある。
「他には利賀笑里とか。今も同じ高校でクラスメイト。この前、バレー部の彼氏ができて、仲良くやってるよ」
「エミリちゃんは覚えてるよ。少し意地悪な所はあったけど、面白い子だったよね」
「今や彼氏に浮かれる、恋する乙女だ」
「恋は乙女を変える魔法の力があるんだよ」
いろんな友達ができた時期だった。
その頃の友達は今でも時折、話をする程度には付き合いがある。
「他には神崎優芽ちゃんとか。アルバイト先が駅前のスーパーだからよく会うんだ」
「あー。ユーメ。美人さんだった。ユーメには私も会いたいかも」
「レジ打ちしてる時に話しかけると、邪魔って怒られるんだよなぁ」
「それは分かる気がする。たっくんと話してるとレジに集中できないんでしょ」
「そうかなぁ。昔から神崎ちゃんは照れ屋なんだよね」
久しぶりの幼馴染との語らいに猛は微笑しながら楽しんでいた。
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