第65話:あれから早10年。今では……
「……撫子、寝る前に少しいいか?」
もうすぐ寝るという時間の前に猛は撫子の部屋を訪れる。
「どうぞ?」
返事が聞こえたので猛は扉をあげる。
相変わらずの女の子らしい内装の室内。
寝る寸前だったのか、お布団にくるまっていた撫子がこちらをみあげる。
「どうしました、カレーには必ずマヨネーズをかける兄さん?」
「妙な肩書が付いた」
「こういい続けてたらやめてくれるんではないかと期待してます」
「……何か嫌なのでやめてください。で、寝る前に話があるんだけど」
彼女は体を起こすと「一緒に寝ますか?」と甘いお誘いをしてくる。
「最近、夢はどうですか? 眠れています?」
「……ようやく落ち着いたみたいだな。変な夢もみなくなった」
「そうですか。それはよかったです」
悪夢に悩まされるのが短期間でホントによかった。
いろんな不安も重なっていたのかもしれない。
「実はだな、明日の休日、恋乙女ちゃんがくるんだ。たまにはゆっくり、幼馴染として話もしてみたいって思ってさ。って、その微妙な顔は何?」
「兄さんの愛人を家に連れ込む発言が不愉快です」
「恋乙女ちゃん、撫子の中でどんな立ち位置なんだよ!?」
――愛人違います、幼馴染です。
恋乙女も久しぶりにこの家に来てみたいと言うので誘ってみたのだ。
「……なるほど。臨戦態勢を整えておけということですね」
「戦うのはなしの方向でお願いします」
「戦わないんですか?」
「どうしてそっちに話が行くのか不明です」
「迎撃用のミサイル準備するほどの展開ではないのでしょうか?」
「なんでそんな臨戦態勢モードなんだよ!? 撫子に事後報告したら怒られると思って報告しただけだ。邪魔はしないでね」
彼がそういうと撫子はショックを受けた顔をして見せる。
「邪魔をするな。つまり、私に邪魔をされるようなことをするつもりなんですか?」
「なんでそうなる。しませんよ。普通に話をするだけだ」
「私以外の女の子に興味を抱くのを邪魔するのは私の使命です。そちらこそ、邪魔をしないでもらいたいものです」
無駄な争いもなく、仲良くしてもらいたい。
「コトメさん。兄さんに好意を抱いたら、抱いた行為を後悔させるくらいに怖い想いをさせてあげます。死地に赴く覚悟をもって浮気をしてください」
ふふっと微笑しながら言った。
猛はその微笑に顔をひきつらせながら、
「笑いながら言うセリフではないけど。浮気なんてしませんよ」
「どうでしょう? 人はいつだって、しないと言って、する生き物です」
「俺を信じて。平和が一番ですよ。うん、俺は平和が好きだぁ」
撫子の怖い一面がちらっと見え隠れしたところで、
「……撫子。たまには女の子の新しい友人を作ってほしいのが本音だ」
「お友達はいますよ。兄さんに興味を抱いた瞬間に切りますけど」
「極端すぎるんだよ、それは……」
思わず頭を抱えたくなる、相変わらず重度のブラコンぶりだった。
「人間とは常に味方だとは限りませんよ。友達も然りです」
「……何ゆえに?」
「ほら、敵は味方のフリをするとよく言うでしょう」
「言わないよ。そんな敵とか味方とか殺伐とした世界に生きてません」
「常在戦場の気構えで私はいつもいますけど?」
「そんなのは政治家の父さんだけでいいから」
「……兄さん。どんな人でも信頼はしすぎないでください。裏切られて泣くのは嫌でしょう。人は必ず裏切るのだと思い、対応してくださいね」
撫子があまりにも真顔過ぎて怖かった――。
翌日。
幼馴染である恋乙女が大和家に遊びに来ていた。
「ここで皆とよく遊んだよねぇ。すごく懐かしい」
庭の縁側に座りながら懐かしい話をしながら、猛は昔を思い出す。
「そうだな。あの頃は皆がいたよ。毎日が楽しかった」
「たっくんはいつも皆の中心にいて人気だったよね」
「恋乙女ちゃんの方こそ、誰でも友達になれるから中心にいただろ?」
「ううん。たっくんほどじゃないよ。あの頃の女の子達、多分、初恋はたっくんだと思う。それくらいに人気だったんだから」
――それは言いすぎな気もするが、多少は、モテていた気がする。
あの頃がきっと人生の一番のモテ期だったのである。
――俺の人生のピークが早すぎる件について。
悲しいが、現実は辛くて厳しいもので。
――もう下り坂しか待っていないのね。
人気は急落、信用はガタ落ち。
猛の評価は一変してしまっている。
「たっくんは王子様だったからね。あれだけ人気があったのに、いつも撫子ちゃんの事ばかり気にするから」
「そうだっけ?」
「そうだよ。あの時、しっかりと下地を作っておけば今頃ハーレムに?」
「……シスコンでハーレム逃したとか言わないで。事実だったらすごく嫌だ」
さすがに女の子たちをはべらせる趣味は当時でもなかった。
「彩葉姉とか、いろんな子がいたじゃない。女の子たちの心を掴んでおかなかったことを後悔してません?」
「してないなぁ。俺はハーレムとかは目指していないので」
「もったいない」
「いやいや。目指しちゃダメだからね」
愛する相手はひとりでいい。
一途じゃないと痛い目を見るのは人生の常だ。
ふたりでゆっくりとした時間を過ごす。
「そういえば、大和撫子ってすごい名前だよね」
「つけられた本人もそう思ってるぞ」
「誰もが黒髪美人を想像しそうなお名前だし。実際にそうだから余計にびっくり」
「素敵な女子に育ちました。内面は……気にしない方向で」
「それもアリじゃない?」
「どうかな。恋乙女ちゃんは撫子とも遊んでいたんだよね?」
彼女は過去を懐かしみながら語る。
「うん。遊んでいたって呼べるほどじゃないけど覚えているよ。すごく大人しい子で、たっくんと遊んでるといつも遠目に眺めてるの」
「あの頃は内面的な印象の強い子だった」
「今にして思えば警戒されたのかな」
「当時は人見知りだったんだ、ということにしておいてあげて」
今も人見知りというほどではないが、他人とあまり馴れ合わない。
当時はもっとそれがひどく、恋乙女が話しかけても、
『撫子ちゃん、遊ぼー?』
『……っ!?』
猛の陰に隠れてしまうか、逃げ出してしまうほどに弱々しかった。
まさに子ウサギ状態の撫子。
「あれから早10年。今では強い子に育ちました」
「女の子って変わるよねぇ」
「変わりすぎだけどね。攻撃的な意味でさ」
「あはは……それだけ一途な愛なわけで。たっくんもモテモテだぁ」
もはや見る影もないほどに、撫子はいろんな意味で変化を遂げた。
――あの頃に適切な人間関係を仕込んでおけば、今とは違ったかもしれない。
過去を悔やむとすれば、撫子に人間関係を教えてあげなかったことだろうか。
「ホント、あの頃は大人しすぎて心配してたけどな」
「でも、お話をしたらちゃんと返してくれたよ。『今日、何したの?』とか『お兄ちゃんのこと、好き?』とか聞いたらちゃんと答えてくれたもの」
「そうなんだ?」
「うん。自分から話しかけてくることはなかったけども、同い年でも子供の頃からしっかりとした子っていう印象があったなぁ」
「撫子も恋乙女みたいに誰とでも仲良くなれたら安心できるんだけどな」
基本的に友達を選んで付き合うタイプのため、友達は少ない。
「お淑やかでも、大人しくても、譲らないところは一切譲らないし、言うべきことははっきりとして言うから。正直、敵も平気で作ったりする」
「あー、それはありそう。敵を作っても気にしないところも」
「あるある。そのせいでよく騒動も起きました」
彼女は相手を追い込むという事に関してはかなり手厳しい。
その点は元弁護士だった父譲りの性格というべきか。
ここ最近は、撫子の性格の方向性が歪み始めているような気がしてならない。
「例えば、これは中学時代の話なんだけど……」
過去を思い出しながら、撫子のしでかした事件を振り返る。
それは、愛ゆえの闘いの歴史――。
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