第67話:恋愛する気持ちは止められない?
休日の来客は撫子にとってはあまり好ましくない相手。
猛の幼馴染、恋乙女はとても可愛らしい子だ。
子供の頃に何度もこの家に遊びに来ていたらしく、その記憶も覚えているらしい。
猛と思い出話をし終えた後、撫子と恋乙女をふたりっきりにさせられる。
彼曰く「いい機会だから友達になりなよ」といらぬお節介をされてしまった。
――気を利かせたつもりだろうけど、友達は人生で数える程度いればいい。
そのような考えの撫子には必要のないことだった。
「コトメさんは兄さんの幼馴染というだけあって、いろんな思い出があるんですよね」
「うん。小学校の低学年まではお兄ちゃんみたいに遊んでもらっていたから」
「なんとなくですけど、兄さんとよく遊んでた年下の子がいたのを思い出しました」
キッチンで紅茶を淹れながら紅茶の好みを尋ねる。
「紅茶ならどれでも好きだよ。一番好きなのはミルクティー」
「それなら、ミルクティーにしておきます」
「ありがと♪」
お茶を飲みながらお話をしていると、
「撫子ちゃんって、思ってたより堅苦しさがないね。もっとお嬢様っぽいのかって思ってたけども、そうでもなさそう」
「……よく勘違いされますけども、言葉遣いが丁寧なだけですよ」
箱入り娘のお嬢様とはまた違う。
――そこまで純粋無垢でもなければ上品な育ちでもありません。
ただし、言葉遣いだけは幼い頃から丁寧にと教え込まれている。
そのため、今も誰であろうと敬語口調を心掛けている。
「勝手にイメージしてたから。余計にそう感じてたのかも」
くすくすと笑う彼女は私に問う。
「……撫子ちゃんってたっくんのことが大好きなんだよね?」
「大好きですよ。自分でもはっきりとブラコンだと言えます」
「どうして、お兄ちゃんをそんなに好きなの? たっくんはカッコいいから?」
「それもありますけども兄さんはいつだって私を守ってくれているからです」
猛を心の底から愛している。
その気持ちはこれからも変わらない。
「兄妹なのに、恋愛する気持ちは止められない?」
「えぇ、私は諦めるつもりはありません。それに大事なのは私と兄さんが兄妹であるかないかではないんです。本当に大事なものはそこではありません」
「えー。普通はそこが大事だと思うんだけど」
困った表情をするコトメさんに私は言い放つ。
「本当に大事なのはお互いの気持ちなんです」
「そのせいで周囲に敵を作っちゃうかも?」
「えぇ。私は世界を敵に回す覚悟があります。兄さんもまた、私に対して世界を敵に回してでも愛し抜いてくれる覚悟をもってもらえたら、一番の幸せなんです」
本当の兄妹ではなく、義理の兄妹なら堂々と付き合えるから嬉しい。
けれども、本物の兄妹だとしても撫子は諦めるつもりはない。
「血のつながりがあろうとなかろうと、私の愛は何も変わらない。私は兄さんが好き、一人の女性として愛してるんです。その気持ちを兄だとか妹だとか、そんな関係だけで諦めたくなんてありません」
「世間的に認められないし、きっと冷たい目で見られるかもしれない。それでもいいの? たっくんを愛しつづけることができる?」
「世間の目なんて私は気にしません。兄さんと添い遂げることができるのなら……。その覚悟はずっと前からあります」
ただ、彼は優しすぎるから世間や家族を切り捨てる覚悟は持てない。
だからこそ、覚悟を持ってほしい。
世界を敵に回してでも、撫子を愛してくれる覚悟を――。
話を聞いてた恋乙女は静かに微笑んだ。
「そんなに真剣に人を愛せるって素敵なことだと私は思う」
「え?」
「私、そこまで人を真剣に好きになったことがないの。困難でも、諦めずに恋をして、撫子ちゃんってすごいって思った」
彼女は私の手をぎゅっと握って、
「頑張ってね、撫子ちゃん。私、撫子ちゃんの恋愛を応援するよ!」
明るい笑顔でそんなことを言われたのは初めてだった。
大抵、こういう話をすると友人相手でも引かれる。
こんなに応援してくれるなんて言ってくれたのは彼女が初めてかもしれない。
――兄さんとの恋愛を邪魔する相手はいても、応援してくれるなんて稀有な人だ。
笑うのでもなく、からかうのでもなく、ちゃんと話を聞いてくれたのが嬉しくて。
「お茶のおかわり、いりますか?」
「うん。この紅茶もすごく美味しい。淹れ方が上手なんだね」
「私自身が好きですから。好きなものにはこだわりたくて」
少しだけ仲が良くなった私達は紅茶を飲みながら会話が弾む。
「私の知らないたっくんの中学時代の話って聞かせてよ」
「いいですよ。あの頃はですね」
中学時代の頃を思い出しながら、彼女に語る。
恋乙女は撫子の話を引くことなく楽しそうに聞いてくれたんだ。
ふたりの関係で最も濃密な時間を過ごせていたのは中学時代のこと。
――あの頃の兄さんは私にとても甘かったな。
今も優しいけど、兄妹としての距離感を取ろうとしているのが寂しい。
「中学時代はホントに甘い関係だったんです」
過去の猛は撫子が誰かから告白されるたびに、
『撫子は僕以外に好きになっちゃいけないから』
と言って抱きしめてくれたものだ。
「……今のたっくんの様子だと全然想像できないよ?」
撫子は「恥ずかしがりやですから」と紅茶のカップに口をつけて、
「それに、今は強力なライバルがいます」
「それって……?」
恋乙女も心当たりが思い浮かんだようだ。
「――須藤淡雪。私がいずれ倒すべき相手のお名前です」
「倒しちゃうんだ。あの美人な先輩かぁ」
「兄さんと過去に特別な関係にあった人なんですよ」
「私もあった時に妙な感じを受けたんだよね。あのふたり、絶対に過去に何かあったって思っていた。過去に付き合ってたか、それに似た感じがしたもん」
「コトメさんもそう感じましたか」
張本人である淡雪からも話は聞いている。
恋人ごっこの果てに本当の恋心になっていた可能性。
――彼が須藤先輩に心を許し、惹かれていたとしたら?
猛の気持ちを一度だけでも、淡雪に奪われかけている。
危うく恋人になっていたかもしれないと思うとゾッとする。
――須藤先輩の家の事情がなければ今頃は……。
撫子は自分ではない相手と恋をしている光景を見ていたかもしれない。
「つまり、淡雪先輩にたっくんが惹かれて、好きになりかけていた?」
「えぇ。私の不覚です。どうして、兄さんとの関係を中学時代に恋人関係にしておかなかったのか、と後悔しています」
「そこに?」
「はい。絶対にあの時なら私達は恋人になれていました」
今となっては猛を本気で口説き落とすのはかなり難しい。
どんなに誘惑しても、「撫子は妹だから」と距離を置かれてしまう。
――どんな手を使ってでも落としておくべきでした。
後悔してばかりの撫子だった。
「私としては撫子ちゃんを応援したいよ。だって、兄妹という障害を乗り越えて恋愛しているんだもん。少女マンガみたいな恋を現実でするなんて大変だと思うけど、素敵だと思う。誰にでもできることじゃない」
「……ありがとうございます。私としてもぜひとも兄さんの気持ちを再び、私に向かせるべきだと考えています」
決意を新たにしたところで兄さんがリビングにやってくる。
「どう? 少しは馴染めた?」
「それなりには。コトメさんとはお友達になれるかもしれません」
それを聞いて兄さんはホッとした顔を見せる。
「それはよかった。撫子は友達を作るのが下手だから」
「私の記憶では、当時の兄さんのお友達はあまり優しい方はいませんでした。どの子も兄さんのことが好きで、私のことなんて興味も抱いていませんでしたから」
「幼稚園の頃、たっくんは皆の王子さまだったからねぇ。かっこいいし、優しいから……お遊戯会の時は必ず王子様役はたっくんにって、皆から推薦されていたし。でも、たっくんが一番、大事にしていたのは妹の撫子ちゃんだったもの」
「……その頃から俺はシスコン気味だったか?」
「うん。だからこそ、余計に皆は撫子ちゃんをよく思ってなかったのかも」
恋乙女は苦笑い気味に言う。
「ほら、子供って無邪気だけども、些細なことで敵対心とか持つじゃない。そのせいで、撫子ちゃんに意地悪する子がいたかもしれない」
人気な子は人気で、嫌われる子は嫌われる。
子供時代はそれがはっきりしている。
「私もよくスカート捲りをされたりして意地悪されてました」
「……あー、その相手はもしや?」
「彩葉かな。うん、そういう子もいたけど、彼女は撫子に悪意があったわけじゃないと思うんだ。撫子に表立って意地悪する子はいなかっただろ」
「イジメて嫌われたくないからねぇ」
「コトメさんはよく昔の記憶を覚えてますね。私、あんまり覚えていません」
「楽しい記憶だったからだよ。人の記憶って辛いことや楽しいことって覚えてるものでしょ。たっくん達と遊んでた頃は本当に楽しかったもの」
「なるほど……幸せな記憶はずっと心に残り続けてるものですからね」
撫子の場合は極端で、猛以外の記憶が抜け落ちているだけだったりする。
「でも、たっくんから話を聞いて驚いたの。今でも撫子ちゃんとたっくんはすごく仲がいいのはびっくりしたなぁ」
「どういうことだ?」
「男の子と女の子の兄妹って、大人になるにつれて仲が悪くなったりするじゃない。そんな雰囲気は全然なさそう」
「世間的にはよくあるよな。うちの場合はそうならずにすんでよかったよ」
「あれってね、遺伝子レベルでしょうがないことなんだって。兄妹は仲が良くなりすぎないようにって遺伝的に拒否しちゃうものだって聞いたことがある。そうなるように人間の身体ができてるんだって」
「遺伝子の拒否反応か。思春期の兄妹は仲が悪くなって当たり前なんだな」
その点ではふたりは特別だってことだ。
――だって、この年齢になっても私達の愛も関係も揺るぎないもの。
理想的な兄と妹の関係を続けていける。
次の恋乙女の言葉まで撫子はそう信じていた。
「――そういう意味では二人が仲がいいのってホントの兄妹じゃないからだよね」
笑顔でとんでもない発言をした彼女に唖然としてしまった。
「「……え?」」
それは想いを氾濫させてしまう、禁断の一言になる――。
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