第64話:騙されませんよ、私は!

 

 その日の夕食は皆、大好きなカレーライス。

 撫子と楽しく談笑しながら食事をしていたのだが。


「……兄さんのすることならば、私は何一つ文句を言う気はありませんでした」

「いや、よく文句も苦情も言われますよね?」

「ですが、もう我慢の限界なんです。兄さん、一言いいでしょうか?」

「改まって何? どうぞ?」

「貴方に対して物申したいことがあるんです」


――もしや、例の隠し妹疑惑に対して?


 誤解なのに、クラスではもはや猛の信頼がないという衝撃的な事件でした。

 なぜか頬を膨らませる仕草を見せながら不満そうな顔をして撫子が言った。


「どうして、カレーにマヨネーズをかけるんですかっ!」

「……は?」

「それじゃ、せっかくのカレーの味がおかしくなります。むしろ、もうすでにマヨ味になってしまっています。色合い的にもよくありません」

 

 どうやら、撫子のクレームは猛のカレーのお皿にあった。

 中辛程度の辛さのカレーにマヨネーズをかけてある、いつもの光景だ。


「カレーにマヨネーズは結構あうんだぞ? カレーと乳製品の組み合わせは抜群だ。カレーにチーズもよく合うし、味もマイルドになる。何も問題はないだろう?」

「何でもマヨネーズをかけるタイプでもないのに、カレーにだけは必ずかける、その行為がどうしても理解できません」

「……美味しいのに。撫子もマヨネーズかける?」

「いりませんっ。見た目がぐちゃぐちゃで、ひどいありさまです」


 マヨネーズを片手にして迫ると、撫子に怒られてしまった。


「マヨ味カレー。これは美味なる神秘だ」

「……意味不明です。兄さん、やめてください」


 猛も別にこだわりというほどではないのだけども、美味しいものは美味しい。


「撫子だって辛いものが苦手だろ。辛みもマイルドになるからおすすめの食べ方だ。マヨネーズトッピングは最高だ」

「邪道すぎます。せめて、チーズにしてください。しくしく、私の兄さんがダークサイドに落ちてしまいました」

「そこまで言わなくてもいいじゃん。んー、美味しいんだけどなぁ」

「……やっぱり、理解できません」

 

 マヨカレーを食べる猛を見たくもないとばかりに、げんなりとされてしまった。

 そこまで拒絶反応を示さなくてもいいだろうに。


「何事もチャレンジだ。食わず嫌いはいけないよ、撫子。試してごらん」

「騙されませんよ、私は! 兄さんの事は愛していますけど、すべてを理解してあげられるわけでもありません」

「味の好みだからこればかりはしょうがない」


 些細なこととはいえ、仲のいい兄妹でも衝突することはある。


「俺以外にもみんな、やってることなのに」

「そんなことをしてるのは兄さんだけです。普通の認識だと思わないでください」

「そうかなぁ。世界は広いよ。俺と同じような……」

「いません。兄さんみたいな変態は世界に一人です」

「……いろんな意味でひどいや」


 撫子を不機嫌にさせてしまったマヨカレーを猛は美味しく食べるのだった。

 

 

 

 

 学校内での猛の評価はここにきてさらに低下している。

 女の子達にはシスコン疑惑で蔑まれ、男達には嫉妬の嵐で敵意を向けられている。


「おのれ、大和猛め……夏を前に二股などしおって」

「撫子ちゃんだけでなく、恋乙女ちゃんまで手にかけたのか。許せない」


 などと、猛を睨みつけてくる視線をそこら中から感じるわけで。


「リア充は消え失せてしまえ」

「……下劣な男に天罰を」


 その理由は撫子の隣にいるもう一人の美少女、恋乙女だろう。

 今日のお昼も、一緒に食べようと誘い、同じ食堂にいた。

 

――これは別に何の問題もないはずなのにな。

 

 幼馴染と妹、立場関係から言えば自然ではある。

 ただし、彼女たちにはそれぞれ憧れてる男共がいる。

 その彼らから憎まれてるのが猛だ。


――正直、こんな可愛い子たちと一緒に食事ができて優越感はあるけどさ。


 撫子と相性が良くないので、それほど多くはないが淡雪とも一緒に食事をする。

 その時が最も、猛に対して敵意を向けられるのだ。


「大和猛には近いうちに神罰がくだるはずだ」

「へへっ、俺たち、神社でお願いしてきてやったぜ」

「両手に花とか、あんなリア充は滅んでしまえばいいんだ」

「……待て、お前ら」

「なんだよ、どうした?」

「よく考えてみろよ。大和猛って実はすごいやつだと思わないか?」

「どうした、なぜ大和を擁護する?」

「そうだ、アイツは僕たちの憎むべき敵なんだぞ!」

「よく考えてみるんだ。学校のだれもが羨む美少女をふたりも、自分の傍に自然とおいておける相手に俺たちが勝てるはずがないだろう。素直にアイツを尊敬するよ」


――おや、たまには俺の擁護をしてくれる奴もいる?


 思わぬ流れに聞き耳を立てる。

 

「やめろ、目を覚ませ!? 大和を擁護なんてするんじゃない」

「ははっ。どうせ、俺たちが嫉妬したところで、彼女たちがモブ男とくっつくはずもないんだぜ。夢を見るのはもうやめないか? アイツの応援をしようじゃないか」

「現実に戻るんじゃないっ」

「どうした、誰よりも恋乙女ちゃんに熱を入れていたお前がなぜ……?」

「ま、まさか、お前!?」

「……すまん、実は彼女ができました。夏を前に俺もリア充の仲間入りだ。悪いな。俺だけけ楽しい夏休みになりそうだ」

「ちくしょー。羨ましいっ。こんな不愉快な気持ちなのは全部大和のせいだ!」


 何でもかんでも猛のせいにされてしまっている。

 社会が悪いのも空が曇りなのも、全部、彼のせいだ。

 坊主憎けりゃ、何とやら。


――こんな理不尽な世の中です、お兄ちゃん負けない。


 猛は周囲の怨念のような羨望と嫉妬を無視する。

 昼食のメニュー、恋乙女は学食のカレーだった。

 ここのカレーは具材が少ないが、味はうまいと定評がある。


「今日は恋乙女ちゃんはカレーか。俺達は昨日の夕飯がカレーだった」

「そうなの? 私はカレーが好きだから食べる頻度が多いかも。こういう場所のカレーってお肉とか野菜とかそんなに入ってないわりには美味しいよね」

「コトメさんは兄さんのようにカレーにマヨネーズはかけますか?」

「んー。それは邪道じゃない? チーズ風味なのはわかるけどねぇ」

「ですよね! ほら、見なさい。兄さん、これが現実です」


 だが、撫子を思いもよらない裏切り方を恋乙女はする。


「あー。でもね、私は家のカレーじゃ紅ショウガをかけるの。昔からの癖で、ついやっちゃうんだぁ。この組み合わせが好きなのよ」

「な、なぜ、その組み合わせを……? 上には上がいました」


 恋乙女の味の好みに撫子は顔をひきつらせていた。

 

――うわぁ、完全にドン引きしてる。


「カレーに紅ショウガ……なんか昭和の匂いがする組み合わせだな」

「昭和レトロというより、ミステリーフードですよ」

 

 猛もさすがにしたことはない。

 

「ふたりとも、その顔は絶対に美味しくないって思ってるでしょう?」

「もはや意味不明すぎます」

「これが意外と合うんだってば。牛丼屋さんでカレーを食べる時にやってみてよ」

「へぇ。機会があったら試してみるか。撫子もどうだ?」

「そ、そんなことはしません」

「やってみればいいのに。意外と美味しいの。らっきょとかと同じだよ」

「いいですか、コトメさん。食べ物には相性があって……」

「聞く耳持ちません~。美味しいものは美味しいんだから。食わず嫌いはダメだよ。撫子さんが食べてるその冷製パスタもトッピングを変えてみたら?」

「しませんから。私はおふたりみたいに変なトッピングはしない主義なんですっ」


 がっくりと肩を落として落ち込む妹。

 これは追い打ちをかけるから言わないでおこうと思ったのだが。


「……ちなみに淡雪さんもカレーにはマヨをかけるぞ」

「嘘でしょう!?」

「いや、そこまで驚かなくても。あの子と一緒にご飯食べるときに、カレーだったときは大抵そうだった。家ではさすがに品が良くないからやめてるらしいけど」

「……うぅ。私の周囲にはカレーをアレンジする人ばかりで辛いです」

 

 そこまで落ち込むことでもない。

 撫子はあまり、そういうトッピングはしない主義だ。

 それゆえに受け入れられないんだろう。


「カレーって卵をかけたり、いろんなアレンジを楽しむものだからいいじゃないか」

「私は認めませんよ。兄さん、その悪い癖はいつかやめさせます」

「撫子ちゃんはたっくんのお母さんみたいだねぇ」

「恋乙女ちゃん。のんきに言わないでくれ。この子はやると決めたらやる子だ」


 このままでは猛の家からマヨネーズが消えかねない事態になりそうだ。

 撫子に何とか理解を求めていかねばならない。


「マニアックなカレートッピングと言えば、天ぷらとかプリンとかもあるらしいよ」

「そ、それは俺も遠慮願いたいな? プリンってなに?」

「ありえません。そんな外道にだけはお二人ともならないでください」

「……何事も挑戦だと思うんだけどなぁ?」

「物事には限度があります。無謀な挑戦をすればいいというわけではありません」

「そうかなぁ。新しいものに挑戦する。人の進化はその繰り返しだよ?」


 チャレンジスピリッツが撫子には欠けていると恋乙女は思うのだった――。

 

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