第63話:しっかりと未来を見て生きなさい

 

 夕食後、家に帰ってきた姉の雅が唐突に、


「ねぇねぇ。ふたりとも、お姉ちゃんと夜のドライブしない?」

「……なんだ?」

「姉さん。いきなりなんですか」

「夜の道を車で走りたい気分なのよ。付き合う気はありませんか?」


 むふふ、と意味深な笑みを浮かべる。


――地獄へのお誘いじゃん。やだよ。


 どう考えてもろくな目に遭いそうにもない。

 雅の提案に猛は「嫌です」と否定する。


「どうして? 一緒に付き合ってよ。寂しいじゃない」

「撫子、どうする?」

「私はお断りします」

「だよな。俺も嫌っす」

「即答!? お姉ちゃんに対してひどくない?」

「ひどいのは姉さんの未熟な運転技術だと思いますよ」


 ためらうことなくバッサリと切り捨てた。


――言うべきことを言う。撫子の気の強さの一面だな。


 嫌なことは嫌と断る。

 そのあたりは、何でも流されてしまう猛としては見習いたい。

 撫子の発言に雅はフォローのなさに愕然として、


「ぐすっ。お姉ちゃんと一緒にドライブもしてくれないの?」

「天国への片道切符はいりません。兄さんも巻き込まないでください」

「……妹がつれない。猛は付き合ってくれるよね?」

「いや……うぉ!?」


 断ろうとした瞬間、彼女はぎゅっと彼を引き寄せると、


「付き合ってくれるよね? ねぇ?」

「む、無理っす」

「残念でした、拉致決定。行きましょう」

「や、やだぁ。あの恐怖はもう嫌なんだ」

「……いってらっしゃいませ、兄さん」

「撫子が俺を見捨てた!?」


 巻き込まれるのが嫌なのか、撫子は「帰りにデザートでも買ってきてください」と他人事のようにお願いをする。


「な、撫子さん。お兄さんが死んじゃうかもしれないんだよ」

「兄さん。何かあった時は、私が大和家を継ぎます」

「普段の大好き宣言はどこに行った!」

「……だって、普通に怖いのでパスさせてもらいます」


 冗談ではないと速攻拒否の態度。

 さすがの撫子も今回ばかりは兄を人身御供にしても身の保身に走る。

 それだけの想いを先日にしたのだからしょうがない。


――あの撫子の心に傷跡を残せる姉ちゃんもある意味ですごいや。


 などと、思ってる場合ではなかった。


「さぁ、出発。首都高バトルの始まりよ」

「や、やめろぉ!?」

「私も300キロが出せるかな♪」

「――!?」


 とんでもない発言をする。

 引きずられるようにして、猛は雅の車に連れ込まれてしまうのだった。





 爆走する車に揺られて一時間が経過。

 夜の高速道路を快走してご満悦の様子の雅は、


「車の運転っていいわよねぇ」


 ひとり、気分よくなっていた。

 少しPAで休憩中。

 車内でぐったりとする猛は「い、生きてるか、俺」と弱々しく言葉を放つ。

 

「何よ。そこまでひどくなかったでしょ」

「最初からつまづいただろ。夜の道路で、ライトがついてなかった件について」

「メイン道路に出ても無灯火だったのに気づかなった、てへっ」

「ブラインドアタックをリアルにかますのはやめてください。普通に死ぬわ」

 

 対向車線の車から何度もパッシングを受けてようやく気付いた。

 事故にならずに済んで本当によかった、と安堵する。


「高速に乗ってからも、初心者の癖に爆走しすぎ」

「お姉ちゃん。自分でも気づかなかったんだけど、走り屋さんかも」

「その勘違いを捨てなさい。事故ったらどうする!」

「ふっ。その辺は保険屋さんに相談して、事故対応満足度NO.1の保険に入ったから問題なし。保険料は高いけど、事故った時もサポートはバッチリよ」

「だからって、妙な自信を持つなぁ!」

「もう恐れるものはなし。まさに今の私はハイパーでムテキです」

「キラキラいらない。安全運転してください。命は保険で返ってきません」


 そのような事件がいくつもあり、ドライブを終えたころにはグロッキー状態。

 猛は乗っていただけなのに、大いに疲れ切っていた。

 

「少し外に出ましょうか」

「そうすっね。あ、なんかフラフラする」


 駐車場から出て自販機で適当に飲み物を購入する。

 夜風を浴びながら二人でジュースを飲む。


「いい風ねぇ。夏が来たって感じがするわぁ」

「なんで、ドライブなんてしたがってたんだよ」

「んー、猛に元気がなかったからさ。気分転換になるかなぁって」

「俺が?」

「そうそう。撫子も心配してたから、お姉ちゃんとして何とかしてあげたかったの」


 今回は姉なりの優しい配慮があったようだ。


「……それはご心配をおかけしました。ただし、いろんな意味でノーサンキュー」

「えー? ダメなの?」

「例え彼氏ができても、運転はしない方がいいぜ。破局になりたくないだろ」

「お姉ちゃん。その心配の前に普通に彼氏がいません。なんで?」

「その質問に対する答えを俺は持ってないや」


 気にしてくれる気持ちは嬉しいがやられると恐怖しかない。

 おかげでモヤモヤと考えこんでいたものは消えてなくなったが。


「お悩みでもあるのなら聞くわよ?」

「……はぁ。話して解決するかは分かりませんが」

「それは話してみないと分からないでしょ」

「それもそうか。あのさ、夢の話なんだけど」


 猛は最近、変な夢を見るのだと姉に相談をする。

 中身をそれほど覚えてはいない。

 だけど。


――真っ暗な場所で、光を求めるようにあがく。それが苦しくて。


 いつも起きた時にはすごく嫌な気分にさせられるのだ。


「昔のことを思い出しかけてる気がして。それが何かは分からないけども」

「……何がきっかけ?」

「よく分からん。ただ、夢の中で、俺は真っ暗な部屋のようなところに一人で押し込まれてる気がした。いつも、そこから抜け出そうとして目が覚める」

「不安、悩み。押し込めようとしている感情の暴走?」

「撫子も同じようなことを言ってたな」

「あぁ、撫子への気持ちが変に夢へと影響を与えちゃってる、と。何かと抑え込んじゃダメよ? 発散しちゃえばいいのに」

「そんなシスコン兄貴の後押しをしないで」


 のん気に雅は「悩みなんて抱え込まないのがいいのよ」と笑って、


「猛は真面目だからね。変に不安を抱くの。明日は明日の風が吹く、それくらいの気持ちでドーンと構えてればいいのに」

「……そんな風に切り替えられたら苦労なんてしてないさ」

「下手に考え込んでもしょうがないでしょ」

「そういうのが苦手な俺なわけで」


 いろいろと考えこんで、自滅するタイプだ。


「過去が気になる?」

「いや、夢が過去なのかどうかも分からないんだが」

「例え、どんな過去があったとしても、今の猛がすべてでしょう。過去は確かに大切よ。過去があって今があるんだもの」


 けれど、過去は所詮、過去でしかない。


「過去を気にしすぎて、今を台無しにするのは一番ダメでしょう。大事なのは未来だもの。不安もあるかもしれないけど、しっかりと未来を見て生きなさい」

「未来を見て……」

「後ろを振り向ていばかりじゃ、前がおろそかになる。それでは本末転倒でしょう? 過去なんてものは、たまに振り返る程度でいいのよ」

「姉ちゃんが普通にいいことを言う」

「あれ? お姉ちゃん、いつも良いことを言ってるつもりなのに」

「珍しく、姉っぽい励まし方をされました」

「……なんでだろう。お姉ちゃんはすごく悲しいゾ」


 しょげる雅だが「まぁ、悩んでもしょうがないって事だよ」と肩を叩きながら、


「例え、どんな過去でも、猛は猛だもの。私はずっと猛のお姉ちゃんです」

「……そうだな。今の俺がどうこうってわけでもないか」

「ふふっ。ちょっとは元気が出たようで。それじゃ、帰ろっか」

「帰りは安全運転でお願いします。マジで!」


 再び暴走する姉を制止する猛であった。

 ただし、姉の言葉が効いたのか。

 その日以来、悪夢に悩まされることはなくなった。

 どんなに不安でも、支えてくる存在がいれば安心できるから――。

 

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