第58話:お嬢様達には近づかないで

 

 ようやく淡雪の部屋にたどり着いて、部屋に入らせてもらった。


「ここが私の部屋よ。先に言っておくわ。結衣は何もモノには触らないで」

「私に対する信頼が低いっ」

「……」

「何も言ってくれないのが寂しいよぉ、うぅ」


 拗ねる結衣だが、ほぼ自業自得の結果である。

 姉妹関係の信頼度はない等しい。


――淡雪さんの匂いがする、というと変態っぽいかな。


 和室の部屋は綺麗に整理されている。

 部屋の広さはちょうどいい。

 狭すぎず、広すぎないのでゆったりできそうだ。


――女の子の部屋らしくていいですね。


 ところどころに女の子らしい小物があったりするが、別段、変わった様子はない。


「普通だね。あれぇ、面白いものでもないの?」

「そんなものはないわ」

「えー。山積みのBL系雑誌とか、アレ系なものとか」

「ありません。だから、最初から面白くもないと言ってるでしょう」

「むぅ。何か秘密がありそうな気がしたんだけどなぁ。残念」


 結衣としてはその辺が面白くなかったらしい。

 

――これでも十分、男の子には刺激的なんですよ。


 猛にとっては撫子以外の女子の部屋がとても新鮮だ。

 入る機会など人生でも数少ない。


「この辺とか、何か出てこないかなぁ?」

「結衣、触らないで。しつこいわよ」

「お宝捜索中……なんだろう、このファイルは? あらぁ?」

「そ、そこはダメっ」

「ん? 怪しい。これは何かありそうな予感」

「やめなさいって言ってるでしょ。放りだすわ」


 結衣が適当に物色して、淡雪に怒られている。


「うふふ。そう簡単に捕まりませんよー」

「へ、部屋で暴れないで」

「さぁて、まだまだ行くよ。今度はこっち」


 懲りずに探そうとするところは彼女らしい。


「淡雪さんの部屋って、女の子らしくていいね」

「幻滅されるようなものはないから。結衣の部屋は女の子に幻滅するわよ」

「あー。何するのぉ」


 呆気なく確保されて、首根っこをつかまれて、猫のようにもがいてる。

 結衣の情けない姿に思わず「可愛い」と笑ってしまった。


「そんなことないもんっ。ちょっと整理整頓は必要だけど」

「その、ちょっとが男の子を幻滅させるのよ。姉の私もあの部屋は汚いと思う」

「がーん。地味に傷つく。しくしく。あっ、この奥とか何か……」

「だから、触るなって言ってるでしょ!」


 一進一退の攻防戦。

 彼女たちが戯れているの眺めていると、


「ごめん。ちょっとトイレ借りてもいい?」

「どうぞ。部屋を出て右にまっすぐ行ってから、さらに右の突き当りよ」

「……家が広いと迷子になりそうだ」

「迷ったら、携帯のGPS機能で捜索したらいいよ」

「そこまで広くないでしょ」

「広いというか同じ部屋が多すぎて。私でも迷子になる時があるもん」


 迷ったら素直に携帯電話で助けを求める事にした。

 廊下に出て、淡雪の指示通りに進んでいき無事にトイレにたどり着けた。


「それにしても本当に広いお屋敷だ」

 

 廊下を歩いていると、猛は窓からさっきの離れが見えるのに気づく。


「あの離れは男の子を閉じ込めるって言っていたっけ」


 そう、結衣が呟いてたのを思い出す。

 昼間なのに、日当たりのよろしくない一角。

 

――薄暗さが不気味だ。あの辺だけ雰囲気が違うぜ。


 ただ、なぜか周囲には花が植えられている様子。

 真っすぐに伸びた緑色の茎が見えた。


「ひまわりか。まだ花は咲いていないな。これからか」


 太陽の光を求める、向日葵。

 夏の花が咲くころには、少しはあの場所も明るくなるだろうか。


「この家に生まれた男の子が閉じ込められて過ごす、か」


 かつて、結衣たちの父親はあの離れで育ったのかもしれない。

 須藤家の底知れない闇の部分。

 淡雪が語りたがらなかったものだ。


「……ああいう狭そうな部屋は俺も苦手だ」


 どうにも、昔、家の蔵に閉じ込められた記憶を思い出してしまう。

 子供心に暗くて狭い場所は不安だった。

 そのせいか、今でもあまり暗い場所は苦手だったりする。


――情けない話だけどな。昔の苦い記憶ってのは忘れられないものらしい。


 廊下を歩き続けて淡雪の部屋に戻ろうとすると、


「……?」

 

 こちらに気づいたのは先ほどの家政婦、志乃だった。

 志乃は廊下の掃除をしていた、その手を止める。


「……大和猛さんでしたか」

「あ、は、はい。猛です」

「お嬢様たちとはずいぶんと親しいようですね」

「淡雪さんとは高校の同級生で仲良くさせてもらっていて……」


 まだ猛に対して不信感を抱かれている様子。


「付き合いは浅いのでしょうか」

「高校に入ってからの付き合いですよ」

「まだ短いんですね」

「ただ、とても気が合うので、仲良くはさせてもらっています。あ、あの、変な意味ではないですよ?」


 釈明する彼は冷や汗をかいていた。

 うっかりと変な発言をしようものなら追い出されてしまう。


「……どうやら、結衣お嬢様も懐いてるようです」

「結衣ちゃんの明るさは純粋に可愛らしく思っていますよ」

「失礼ですが、ロリの方ですか? あまりよろしい性癖ではありませんね」

「違います。絶対に違います」


 そんな勘違いをされたくはない。

 志乃が冗談を言うタイプに思わなかったので、猛は困惑する。


「結衣お嬢様は苦手な相手には近づきもしない子です。勘が鋭い子ですから。きっと、貴方自身は害のない素敵な男子なのでしょう」

「あ、あはは……」


 無害扱いされつつも、ホッとはできないでいる。


――値踏みされた結果、多少なりとも信頼を得れればいいのに。


 中々そう簡単に信頼というものは手に入らない。

 信頼という木は大きく成長するのには時間がかかるものだから。

 彼に対して、警戒する態度をとる志乃は複雑な表情で言った。


「――大和さん。お嬢様達には近づかないでもらえませんか?」

 

 それは須藤家の家政婦からの警告とも取れる発言だった。

 猛はすぐさま、まずいなぁと冷や汗をかく。

 

――なんとなく、須藤家の雰囲気は身をもって分かってきている。


 男を嫌う、男を差別する。

 そういう偏った考えた方や、しきたりの残る家柄なのだろう。


――男子の存在そのものが否定的。仕方ないけどさぁ。


 ただ、それは友人関係においてもそうだと言われると、


「どうして、ですか」


 つい反論してしまうのが子供だったりする。

 まだそこで『分かりました』と答えられるほどに猛は大人ではない。


「家政婦である私が言うべきことではないとはわかっています。けれども、お嬢様達にはこの家でも、外でも男性に触れて欲しくないのが須藤家の方針です」

「ふたりがお嬢様という事は理解しています。俺はただの友人ですよ」

「……本当に友人なんですか?」

「えぇ。淡雪さんとは高校で一緒になって、仲良くなった女の子なんです]

「それほど、長い付き合いではないのですね」

「ですが、お互い信頼しあって、今の関係を作ってきました」


――恋人ごっこをしていた過去はあるけども。


「これだけは信じてください。不純な目的で近づいてるわけではありません」


――キスしていないだけの恋人に近い雰囲気はあったけども。


 心の中で釈明しつつ、猛は素直に答えた。

 しかし、志乃の表情は曇りがちのままだ。


「そちらが心配するようなことはないと思います」

「それを決めるのは貴方ではありません」

「……ですよねぇ。あ、あはは」


 気まずくて逃げたかった。


――さすがに、友人関係にまで文句を言われるのは淡雪さんも可哀想だ。


 確かに結衣の言う通りかもしれない。

 須藤家という家は自由がなくて、生きづらさをどこか感じさせられた――。

 

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