第57話:絶対に言っちゃダメだからね?

 

 須藤家にお邪魔して、のんびりとした時間を過ごしていた。

 暇になったのか結衣は思わぬ提案をする。


「そうだ、お姉ちゃんの部屋にでも遊びに行く?」

「行きません」


 その提案を淡雪が速攻で否定する。

 

「淡雪さんの部屋とか、興味はあるけども」

「猛クンものせられないで」

「えー。じゃぁ、大和さん。私の部屋にきてよ」

「貴方の部屋はちゃんと掃除してるの? この前もひどいありさまだったでしょ」

「片づけましたぁ……家政婦さんが」

「結衣に整理なんてさせれても無駄だものね」


 淡雪は妹にはお姉ちゃんらしさを見せる。

 血の繋がりは半分だと言っていたが、姉妹としての仲の良さは分かる。


――何だかんだで仲のいい姉妹なんだな、多分。


 本心から嫌ってはいないと信じたい。


「あれでしょ。お姉ちゃんの部屋には男の子の絡む本が置かれてるとか」

「なっ。変な疑惑を持たないで。私はああいう趣味はありません」

「……だったら、部屋に入れてくれてもいいじゃない」

「その必要はありません」

「大和さん。どう思う?」

「プライバシーはあるからねぇ。無理強いはしないよ」


 猛の言葉に結衣は大いに不満なようで、


「女の子の部屋が気にならないの?」

「気にはなるけど、嫌がってるのに無理やりはダメでしょ」

「……猛クンの物分かりのいい性格は好きよ」

「ただの照れ屋なだけでしょ。お姉ちゃんはねぇ、私でさえも部屋には入れてくれないんだよ。きっと隠し事してるの」

「隠し事って何もないわよ」

「ホントに?」

「ありません。結衣は私の部屋をすぐに散らかすから入れないだけ」


――女の子の部屋って撫子以外に入ったことがないから興味はある。


 猛も本心ではものすごく興味がある。

 それを表に出すとただの変態さんになるのでしないだけだ。


「そう言って、何か隠していたりするんでしょ?」

「違うわよ。変な疑惑を抱かないで」

「悪魔の証明ってやつだぁ。ないというのを証明することも難しいんだよ」

「なんで、意味もなく難しい言葉を知ってるの、この子」

「とあるアニメで見たんだ。それで、どうなの? 疑惑を晴らせるの?」

「わ、分かったわよ、何の疑惑もないのを証明するわ」


 渋々といった感じで淡雪の方が折れる。

 下手に興味を抱かれて食いつかるの困り者だ。


「やった。大和さん、早く行こう」

「楽しそうだね、結衣ちゃん」

「うんっ。お姉ちゃんの部屋の秘密を探るんだ」

「……だから、何もないって言っているのに」

「それはどうかなぁ? 何がでてくるかなぁ」


 意気揚々と結衣は淡雪の部屋へと向かう。

 そんな妹の姿にため息しかでてこない。


「はぁ。猛クン、ごめんね。面倒で生意気な妹に振り回されて」

「いやいや、結衣ちゃんは楽しい子だよ」

「ただのおバカさんだわ。この子の扱いはホント大変なの」

「そうかな。明るくて良い子じゃないか」


 淡雪を振り回すほど、自由ではあるけども悪い子じゃない。

 応接間を出て、廊下を歩き出す。

 長い廊下が続く先、またあの日本庭園が見えてくる。


「ねぇ、結衣ちゃん。あれは?」

 

 先ほどは気づかなかったが、庭の奥には小さな建物が見える。


――小さい部屋だな。離れだろうか。


 外から見る限りでは、茶室みたいな感じの建物。

 お茶の稽古に使うのかもしれない。


「あー、離れの屋敷だよ。今は誰も使ってないけど」

「今は?」

「うん。あれはね……閉じ込めるためのものだから」

「閉じ込める?」

 

 須藤家の離れに興味を抱き、猛達は立ち止まる。

 屋敷の大きさからみれば、6畳くらいの小さな個室と言う感じだろうか。


「大昔はお茶を飲んだりする、茶室だったらしいんだ」

「歴史のある建物なんだな」

「でもさぁ、最近じゃ用途が変わって、須藤家の男子を閉じ込めるために――」

 

 ふいに、結衣の口をむぐっと淡雪が手で押さえる。


「……結衣。余計な事を言わないで」

「むぐぅ、ぐぅ(はーなーしーてー)」

「ごめんなさい、猛クン。これは須藤家の嫌な問題だからあまり話したくないの」

「いや、そういう事情があるのなら聞かないようにするよ」


 家の事情って言うのなら深入りすることもない。


――須藤家の闇か。どこにも、難しい問題はあるものだ。


 ただ、気になることがある。

 

――あの離れは、誰かを閉じ込めるもの。牢屋みたいなものなのか?


 遠目に離れを眺めながら、猛はどこか寂しさのようなものを感じたのだった。

 なぜ、そう感じたのか、その理由はわからずに。

 

 「つーん」


 先ほど、結衣が口をふさがれたことに不満のご様子。


「拗ねないで、お子様」

「お子様じゃないやい」

「ホント、気分屋でも面倒くさい子なんだから」


 淡雪の部屋に行くために廊下をさらに奥へと進む。

 途中ですれ違ったのはひとりの家政婦さんだった。

 年齢は30代後半と言う所だろうか、優しそうな印象を受ける女の人だった。

 

「淡雪お嬢様、結衣お嬢様。そちらの方は……?」

「あー、志乃さん。こっちはね、お姉ちゃんの元カ――」


 むぐっ、パート2。

 再び結衣は淡雪によって口をふさがれる。

 

――何気に可哀想になってきたぞ。


 淡雪は平静を装い、静かな声で、


「こほんっ。彼は私の高校の同級生で大和猛さんと言います」

「猛です。お邪魔しています」


 志乃|(しの)と呼ばれた家政婦に挨拶をする。


「大和、猛……さん……?」


 なぜか、こちらを見てびっくりした様子をみせた。

 

――何だ? あ、まさか……俺のことを怪しんでたり?


 彼女達が男の子を連れてくるなんて珍しいからだろう。

 家政婦としても気になるのかもしれない。


「んー? 志乃さん、どうしたの?」

「いえ……。お嬢様が男性を家に招いたことに驚いただけです」

「お祖母ちゃんには内緒だよ、志乃さん?」

「とても言えませんよ」

「絶対に言っちゃダメだからね?」

「はい。そうします。お嬢様、何かお持ちしましょうか?」

「ううん。さっき、お茶を飲んだばかりだからいいわ」

「分かりました。何かあれば声をかけてください」

 

 志乃はそのまま頭を下げて立ち去っていく。

 その去り際に猛の顔をじっくりとみられた。

 

――うぅ、気まずい。ものすっごい見られてます!

 

 視線に耐えきれず、彼は硬直するしかない。

 やはり、男子禁制の女尊男卑の家だと扱いが悪かったりするのだろう。

 

――すみません、せっかくの機会なのでお邪魔しております。


 相手に見られてるというのは予想以上に精神的に辛いものだ。

 そのまま一瞥されて気まずいまま、彼女は立ち去っていく。


「ふぅ、危なかった。志乃さんでよかったかも?」

「志乃さんって言うんだ?」

「そうだよ。今の家政婦さんだと一番長くこの家のお世話をしてくれてる人なんだ」


 結衣はそう言って、淡雪の方を振り向く。


「そうだ、お姉ちゃん。なんで私の口をふさいだの? 地味に苦しかった」

「……結衣。今、猛クンを紹介するとき、元カレって言おうとしたでしょう?」

「あぅ!? か、軽はずみな発言をしそうになりました、ごめんなさい」


 祖母絡みだと素直に謝る結衣だった。

 口元を抑えてビビる彼女。

 噂の祖母はそんなに怖い人なんだなぁ、と猛は勝手に想像する。


「お祖母ちゃんの耳に入ったら大変だ。あとで、もう一度、志乃さんに言っておくね」

「心配しなくても、あの人は告げ口をするような人ではないわ」

「へぇ、信頼があるんだな」

「私が生まれた頃からお世話をしてくれてるんだもの。信頼してるわよ」

「そうそう。いい人だよねぇ。子供がいるんだけど、その子たちも可愛いの」


 彼女たちの言葉から志乃に対する信頼の高さが感じ取れる。

 

――俺はちょっと値踏みされた感があって怖かったんですが。


 事情が事情だけに仕方のないことだと気にしないことにした。

 値踏みされて当然の立場なのだから、どうしようもない。


「志乃さんか。家政婦さんの中では長い人なんだなぁ」

「そうね。昔からお世話してくれて、頼りにしてるわ」

「すっごく生真面目な人だよねぇ。その真面目さは見習いたい」

「結衣には無理でしょ」

「き、決めつけないでぇ」


 淡雪たちからの信頼も厚い様子に、


「俺は彼女に嫌われちゃったかねぇ?」

「え? そんなことないでしょ」

「志乃さんが貴方をジロジロと見ていたのが気になる?」

「うん。変な害虫がお嬢様たちによりついてるとか思われたりして」

「えー。そんなことないよぉ。大和さんは良い人なのに」

「そうね。志乃さんも勝手な思い込みをする人ではないわ。心配しないで」


 改めて、ここは自分が思ってる以上に異質な場なのだと感じる。


――郷に入れば郷に従え。その家にはその家の都合がある。


 大人しくしていようと心がけるしかない。


――男子禁制。それゆえに、か。

 

 今はただ、無事に家に帰れることを祈る猛であった――。

 

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