第27話:今日は寝かせしませんよ?
「……というわけで、俺たちの恋人ごっこは終了して、今に至ると言うことだ」
猛は撫子に去年に起きた淡雪との関係についての話を終えた。
長い時間をかけて話したせいで、もう深夜になっていた。
――結局、最後まで話させられてしまった。
ダイジェストにまとめさせてもらえず。
しっかりと説明をすることになり、彼はぐったりとする。
――はぁ。一体、何時間くらい話をさせられただろうか。
出会いから終わりまでを事細かく、彼女に聞きだされた。
おかげですっかりと良い時間だ。
「それで、兄さんと先輩の関係はどうなったんでしょう」
「ただの友達に戻っただけですよ?」
「またそういう嘘をつく」
「ホントだってば。今はただのお友達。現在、恋人ごっこはしておりません」
軽く視線をそらせながら、言い訳をする。
ホントではある。
仲の良さは相変わらずだけども。
「何度も言うけど、それだけはホントだからさ」
「友達という都合のいい関係に戻った、と?」
「都合のいい関係って」
「友達以上恋人未満。異性の友情関係は成立しませんよ」
「そんなことはなくない?」
「セフレ、キスフレ。フレンドとつく都合のいい関係ばかりでしょう」
「……撫子さんの口から聞きたくないセリフですね」
互いに本気の恋に発展することを恐れていた。
そうなってからでは遅いのだ。
踏み出しそうで踏み出せなかった、最後の一歩。
踏みとどまったのは猛が撫子を裏切れなかったからである。
「お友達、なんて言葉で信じられますか?」
「そこは信じていただきたい」
「兄さんの気持ちはどうなんです? 恋人ごっこをまだ続けていたかったのでは?」
「それは……」
「ほら、言葉に詰まるじゃないですか。実のところ、まだふたりは切れていないということでしょう? 違いますか?」
予想通りに彼女はショックを受けた顔をする。
悲しみを通り越して呆れていた。
「兄さんには、私と言う女の子がいながら浮気を堂々と告白するなんて、ひどいです」
「浮気とかそんな話ではなかったような」
「いえ、浮気そのものじゃないんですか。何が恋人ごっこですか。それと実際の交際のどこが違うのか説明してください」
「恋人ごっこは付き合ってるに入りません」
「はぁ? デートをして、恋をしている気分を体験して、それで付き合っていないって言うのはただの詭弁です。さぁ、どこが違うんですか?」
「えー、あの……キスの有無とか?」
最後の一線だけはお互いに超えてはいない。
――危うく、超えそうにはなかったけども。
雰囲気さえよければ、そんな展開もあったかもしれない。
そこは否定できないでいる。
「へぇ、兄さんにとってはキスするかどうかが恋人の境界線だというんですね。だったら、私と兄さんは兄妹ではなく、恋人という事でもよろしいですか? 」
「違うからっ!?」
「ふんっ。そんな都合のいい関係なんてどうして始めたんですか」
「……まぁ、恋愛に興味があるお年頃ですので」
「兄さんには恋人ごっこなんてしなくても、すぐに恋人になってくれる女の子が目の前にいるというのに。ひどい裏切り行為です」
撫子の怒りに軽く頭を抱えながら、
「だから、兄妹じゃ交際は無理だから」
それができたら、こんな真似をしていない。
「そんな言葉で誤魔化さず、私に愛を向けてください」
「できません」
「……恋人ごっこ。須藤先輩としていて楽しかったんですか?」
「楽しかったよ」
「はっきりと認められると、やっぱり不愉快です。兄さん。もうっ!」
撫子はモヤモヤとした複雑な感情を抱く。
何度も彼の背中をたたいてわずかばかりの抵抗をする。
「わ、悪かった? と謝るべきところなのか」
「当然です!」
頬を膨らませて拗ねる撫子は言った。
「……すみませんでした」
妹の怒りに負けて頭を下げる猛だった。
「兄さん。一度だけは浮気を許しますが、これっきりにしてください。二度目はありませんよ。次に、そういう行為をしたら分かっていますよね?」
低い声で言われて猛は心底、背中が凍りつく想いをしていた。
撫子は複雑そうな表情を浮かべて言ったのだ。
「色々と分かりましたが、疑問もいくつかあります。今の話に誇張や誤魔化し、嘘はありませんか? すべてが真実なんですよね? 」
「一応、嘘はついてないよ」
ホントにやばそうなことは黙りました。
なので、話をしたことは真実だ。
――何か気になることでも?
不思議に思っていると、彼女なりに気になった事があったらしい。
「……不思議ですね。そうなると説明がつきません。どういうことでしょう」
「何が?」
「今の話を聞いて、私はいろいろとあって、混乱しています。兄さんの浮気心もそうですが、それ以上に気になることがあるんです。分かりません。謎です」
特に何か撫子が気になることがあったとは思えない。
違和感のような引っ掛かりがあったのだろうか。
「今は考えを整理する時間がいりそうです。ですが、まぁ、それは後においておいて。兄さん。私はなおさら、須藤先輩の事が気に入りません」
「え? あ、あのさ、許してくれたのでは?」
「許したのは兄さんだけです。私、あの人がもっと嫌いになりました」
敵意モードを発動させる撫子が頬を膨らませる。
彼女は一度敵視した相手をトコトン追い詰める悪癖がある。
「そういうのはやめようよ。仲良くしよう」
「人間、皆兄妹。話せば分かりあえるなんて言う博愛主義には私はなれません。敵意を抱くに値する人です」
「い、いやいや、そこまでは……」
「もしも、その件で兄さんの事を愛していたりなんてしたらどうします?」
「してないかなぁ?」
「私から兄さんを奪うような真似をする人ならば――」
「ひ、人ならば? 」
「容赦なく、敵対します。私、やられたらやり返す主義ですよ」
撫子の怖さは執着するところだ。
――ヤンデレに近いほど、変に執着心があるんだよなぁ。
狙った獲物は逃がさない。
執拗までに追い詰めて、追い込んで。
これまでも犠牲になった子は数知れず。
「兄さんに手を出そうとした事を後悔するほどに追いつめたりしてしまうかもしれません。知らないかもしれませんが、私は結構、嫉妬深く一面もあるんです」
「はい、よく知ってます」
「……それはそれで何だか嫌な気分です」
認められるというのも嫌なものだ。
笑顔でそう言う事をさらっと言うのが撫子の恐ろしさ。
「……ですが、今のところは何も手をだすつもりもありません」
「ほっ。それはよかった」
「なぜならば、私はまだ彼女の事を知らなさすぎます。動くとしても、まだ先の事でしょう。どうやら、相手は私が思うほどに甘い相手でもなさそうです」
「淡雪さんは普通の子だ」
「やられた事をやり返されるかもしれません。恐ろしさも感じます」
「だから、淡雪さんが黒いとか思うのはやめて? あの子、いい子だから」
彼女に裏表があるという印象を抱くのは本当にやめてほしい。
「須藤淡雪。私にとっていずれは倒すべき相手の名前です」
「やーめーてー」
普段は大人しく従順でも、一度火が付けば妹の怒りは誰よりも怖い。
「だって、兄さんのお気に入りでしょう? 須藤先輩は美人さんですもの」
「あ、いや。あの。でも、撫子も美人さんだよ」
「……も?」
「い、いえ、訂正させてもらいます。撫子の方がすっごく美人さんだ」
しどろもどろになりながら猛は追い込まれていく。
「ふぅ。あんまり意地悪するのはやめておきましょう」
「許してもらえます?」
「もう遅いですからね。続きはベッドの中で」
「延長戦きた!?」
「ふふふ。最初にいったでしょう。今日は寝かせしませんよ?」
その後は、不満そうな撫子の機嫌をなだめるのに必死だった。
「……兄さんに浮気心を芽生えさせるほどに苦しませているんですね」
ただ、撫子も怒りだけではなく理解するきもちあった。
ふたりはどれだけ愛し合っていても兄妹なのだと思い知るのだった――。
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