第4話:愛を囁くにはまず唇を奪って
大和家の家庭事情を少しだけ説明しよう。
猛と撫子は大学生の姉との3人暮らしだ。
彼らの父親は元弁護士の国会議員である。
政治家である父親の世話をするために母も付き添いで都内の方で暮らしている。
家事全般は撫子と姉がしてくれており、日々の生活に困っていることはない。
だが、日々の生活には困らずとも、学校生活は致命的なダメージを受けている。
シスコン疑惑に更なる疑惑が追加されたのだ。
明日から学校での猛の評価はどうなってしまうのか、考えたくもない。
「兄さん、まだ気にしているんですか? 」
「……これが気にせずにいられるか」
「もう済んでしまった事は仕方のない事です。諦めてください」
猛の平穏な学校生活の崩壊はそんなに簡単に割り切れないのだ。
撫子はいつもの落ち着いた雰囲気で語る。
「何度も言いますが、他人は他人です。私と兄さんの関係にどうこう言おうと関係ありません。他人の事なんて気にしても人生つらまらないですよ?」
「……撫子がそこまで言いきれるのがすごい」
「兄さんもその極地までたどり着いたら人生幸せになれます」
「それは無理だね。俺は平穏しか望んでない」
他人のことなんて気にしない。
妹のそう言う所は普通に真似できるものではない。
「そもそも事実なのですから嘘ではありません。ほら、兄さん、髪を洗って下さい」
「……はいはい。ジッとしておいてくれ」
風呂場で妹の髪を洗う。
そして、これが一番問題なのだと思うのだが、猛達は一緒にお風呂に入っていた。
幼稚園の頃からこの関係だけは変わらない。
――だからこそ、ついうっかりと無意識に頷いてしまったわけで。
世間ではこれが異常なのも理解してる。
普通の兄妹は一緒にお風呂にはいったりしないってことも分かってる。
それでも、習慣となってる上に別々に入るのを頑なに撫子が拒否するのだ。
「私は兄さんに髪を洗ってもらうのが一番好きなんです」
女性用のシャンプーの香りが浴室内に香る。
タオル姿で互いに隠し合っていても恥ずかしさはある。
時折、タオルから見え隠れする白い肌。
程よく育った胸、綺麗なお尻のライン。
慣れていても、日々成長して美人になっていく妹には意識くらいする。
「兄さんが気にされているのは女の人の評価でしょう?」
「それもある……ぐはっ」
いきなり思いっきり猛にシャワーの水が浴びせられる。
頭から冷たい水をかぶってびっくりした。
「ごめんなさい。うっかりと蛇口をひねってしまいました」
「撫子、今のわざとだろ……冷たい、くしゅっ……」
「大体、兄さんは他の女の人にモテるのがいけないんです。私以外の女性に興味を持つなんてそれはいけない事なんですよ?」
「妹の体に興味を持つ兄はただの変態ですが?」
「そんなことありません。私を意識して欲情してくれてもかまいませんよ」
撫子はそう言って艶やに笑って見せた。
彼女の長くて綺麗な髪を洗い続ける。
「兄さんだって、私が他の男性に目移りしたら不愉快に思われるでしょう」
「……まぁな、多少なりとも嫌な気持にはなるだろう」
「そういうことです。私が兄さん以外の男性に興味を抱くことはありえません。だからと言ってそこに甘えられると私も不満にはなりますよ」
「すみません」
「兄さんは油断しているとすぐに他の方に目移りされるので困ります」
髪が泡だらけのまま撫子はこちらに振り向く。
「……私に隠れて、恋人なんて作ったりしていませんよね? 」
目のハイライトが消えている。
――や、ヤンデレ風なのが怖いっす。
気まずい雰囲気に慌てて、シャワーの蛇口をひねる。
「そんなことよりも、髪を洗うから、動かないでくれよ」
「うぅ、誤魔化さないでください」
シャワーの温かなお湯で泡を洗い流しながら、髪を撫でる。
撫子の髪はすごくサラサラしている。
一度も染めた事がないので、まったく痛んでいない。
大和撫子、名前通りに和風美人。
この黒髪はぜひとも維持し続けて欲しいのが彼の望みだった。
「……兄さんは素敵な方です。だからこそ、私以外にも貴方に興味を抱く人はたくさんいます。これまでもそうでした。これからもそうなるでしょう」
「あまりモテている実感はないんだけども」
「それは私がことごとく機会を潰しているからですね」
さらっと怖いことを言う妹だった。
「俺も男だし女の子に興味くらいはあるよ。モテまくりたいというのとは別にしてさ」
「……それは、私と言う大切な人がいながら兄さんはハーレム気分を味わいたいということでしょうか? そんな不埒な願望があると言うんですか?」
「違います」
「だとしたら、私にも考えはあります」
髪を洗い終えた撫子は、いきなりつけていたタオルを脱ぎ捨てようとする。
白い肌のお尻が一瞬、タオルの隙間から見えて動揺する。
大きな胸を強調するかのような振る舞いにタジタジになる。
「ま、待て、いきなりどうした!?」
「兄さんが私以外に欲情しないようにしようかと思いました」
「待て、早まるんじゃない。それは危険だ、やめてください」
「兄さんがこんなに浮気性だったなんてショックです」
撫子の怒り、彼はタオルを脱ごうとする彼女を必死で止める。
「た、タオルは身体を洗う時以外にぬいじゃダメっ」
この年で一緒にお風呂に入っても最低限のルールは作ってある。
――我が家ではエロいの禁止条例です。
そうじゃないと平気で撫子が彼にすり寄ってきて困るのだ。
――それと俺にも理性はありますよ、例え妹相手でもさ。
男としての理性と感情を試されるのは辛いのだ。
「だって、兄さんを誘惑しておかないとダメだって良く分かりました」
「……誘惑しないでも十分に撫子の魅力は分かってる」
「そんな言葉では騙されません。兄さん。私、怒ってます」
「どうしたら機嫌を直してもらえますかねぇ」
撫子は怒ると普段が普段だけにものすごく恐ろしいのだ。
猛は怒った撫子をなだめるまでずいぶんと時間がかかった。
素直に「ごめんなさい」と謝るしかない。
撫子の怒りが収まるのはまだ少し時間が必要なようだった。
お風呂からあがると、猛は撫子の長い髪をタオルで拭いてやる。
「ドライヤーで乾かすよりも兄さんにしてもらうのが一番いいです」
これも毎日の日常のひとつとなっている。
「女の子の髪はどうして男とは全然違う感触なんだろうか」
髪を拭いてあげると、撫子も怒りを鎮めてくれた様子だった。
「少しは機嫌をなおしてくれたか」
「兄さんの愛を感じさせてくれるのならばすぐにでもよくなりますよ」
「愛してる、愛してる」
「棒読みはひどいです。愛を囁くにはまず唇を奪って……きゃんっ」
返事の代わりにタオルで彼女の顔をぬぐう。
「ひどいです」
「ごめん、聞こえなかった。何か言ってた?」
「……兄さん。私、決めました。決めちゃいましたよ」
「なにを?」
そこはかとなく、嫌な予感しかしない。
「もう手加減なんてしていられません。兄さんの事を学校中の女子生徒が見放すくらいに信頼を失墜させてあげますからね」
「やめて!?」
「兄さんの評価を地に落としてしまいます」
「これ以上はされたら俺が社会的にお亡くなりになりますよ」
「それだけは、それだけはどうかご勘弁してください」
ただでさえ、撫子が入学してから女子の人気や信頼が激減しているのに。
――知らない女子生徒から嫌われるのだけはもう勘弁してほしい。
元が人気だったが故の反動で、猛の評価は厳しい。
「……私だけを愛してくれるのなら許してあげますよ、兄さん」
大和撫子は天使のような微笑みを浮かべて、悪魔のような発言をする。
「妹の一途過ぎる愛が重い」
「あら、女の子で重いのが許されるのは愛情だけです」
「……何事も限度が必要だよね」
手加減してくれない、この愛を受け止めるのも大変すぎる。
可愛くて、愛情深くて、でも、嫉妬も深くて。
撫子という女の子から目を離せずにいる猛であった――。
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