第3話:私の秘密を皆さんに話しましょう


 

 人生ではたった一言で窮地に陥る事がある。

 思わぬ失言、勘違い、言葉間違い。

 時にその発言だけで人生を左右することも多々あるものだ。

 些細なことでも、一言の言葉の重みによって、結果は大きく変わる。

 そう、例え、妹の何気ない一言でも窮地に陥る事はあるのだ。

 

「……はぁ」

 

 そして、たった今、猛はその言葉の重みをかみしめていた。

 燃え尽きたように真っ白になって、5時間目の授業を受ける。

 クラスメイト達の方をそっと視線を向けてみると、

 

「「……っ……」」

 

 全員から気まずそうに速攻で視線をそらされた。


――ちくしょう!


 自分の行いが招いた事とはいえ、この仕打ちはひどい。

 

――深刻ないじめ問題が発生してますよ、先生。


 自業自得なのだが、あまりにも悲しい。

 どうして猛がこんなにも憔悴してるのかというと、先程の昼休憩にまでさかのぼる。

 

――時計の針を戻せたら、どんなにいいのか。

 

 こんな窮地に陥る羽目になった失言は、たった一言のうっかりした発言だった。

 

 

 

 

「猛兄さん~」

 

 昼休憩の食事を終えて、教室で漫画雑誌を友人達と回し読みしていた。

 すると、先程まで一緒に食事をしていた撫子が教室に入ってくる。

 上級生の教室に入るのは彼女としても緊張するのか、辺りを見渡す仕草を見せる。

 確かに他人のクラスに入る時のアウェー感はよく分かる。

 微妙な居心地の悪い雰囲気の違いって言うのはどうにも慣れない。

 

「どうした、撫子?」

「言い忘れてました。今日は美化委員の集まりがあるので一緒に帰れません」

「そっか。分かったよ。でも、それくらいならメールでも使ってくれたらいいのに」

「……携帯電話の扱いは苦手なんです。知っているでしょう?」

 

 撫子は基本的に電子機器の扱いが苦手なのである。

 携帯電話も電話するだけならいいが、メールなんて打つのに時間がかかりすぎる。

 

「女子高生なのに使いこなしてくれよ」

「無理ですね。SNSもほとんどしてませんし」

「そーいうのに興味がないのか」

「電話して兄さんの声が聞こえるだけで十分なんですよ」


 彼女にとっては他人は二の次、どうでもいいことなのだ。

 それゆえに最低限の機能さえ使えれば携帯電話も十分だった。


「大和君と妹さん、ふたりっていつも一緒に帰ってるんだよね? 」

 

 ふと、近くの席に座っていた女子達が声をかけてくる。

 撫子もこのクラスをよく訪れているので、猛の妹と言う認知度はある。

 

「はい。そうですよ。いつも兄さんとは一緒です」

「私も兄がいるけど、そこまで仲良くしたいって思わないけどなぁ。どうして、そこまで仲がいいのか聞いてもいい?」

「どうしてって言われてもな。うちは昔からこんな感じだからさ」

 

 この兄妹は本当に幼稚園ぐらいから今の距離感をずっと続けてきている。

 一番近くにいて、一番誰よりも相手の事を分かりあっている。

 兄妹としての関係は良好だ。

 喧嘩は極稀にすることがないわけじゃない、

けれども、長期的に仲が悪くなった事はない。

 

「実はですね……私たち、兄と妹の関係ではないんです」

「え?」

 

思いもよらぬ撫子の発言にクラス中の視線が集中する。

何を言うのかと思いきや、とんでもない発言をしでかした。

 

「――私と兄さんは男と女の関係なんですよ」

「さらっと、危ない発言はやめてッ!? 」

 

 いつものにっこりとした穏やかな撫子スマイル。

 無自覚なのか、発言の意味が分かってないのか。

 撫子の発言には時々、ひやりとさせられる。

 それには尋ねた女子もあ然としながら、

 

「えっと、それはつまり……どういうこと?」

「あれじゃん。禁断の関係ってことでしょ。肉体関係に溺れてるとか」

「まさかぁ……ないよね? ホントじゃないよね?」

「大和君が妹さんに手を出して、いかがわしい真似を夜な夜な強いているんじゃ……」

「まるでエッチな漫画のように、人には言えないプレイをしたりしてみたり?」

 

――思いっきり誤解されてる!? 


 猛は慌てて炎上しかけている現状の鎮火にかかる。

 この話題、勢い良く燃えてはいけないものである。


「妹には手を出してません! そんな変態じゃない」

「ホントに? 妹さん、美人さんだもん。怪しいわ」

「頼むから変な誤解をしないでくれ」

 

 妙な疑惑が流布する前に、猛は慌てて撫子に注意する。

 

「撫子、頼むから誤解を招くような事は言わないで」

「……誤解ですか? 何を誤解されるって言うんです?」

「お、男と女の関係なんてまるで俺と撫子が怪しい関係みたいじゃないか」

「私は純粋に兄さんを一人の“男”として見ているだけですよ」

 

 満面の笑みで返された言葉はまたしても問題発言。

 さらに、クラスメイトがざわつく。

 

「……大和って妹とやはりデキてるんじゃ」

「本物のシスコンだったなんて。妹さんが入学してから猛君の評価が右肩下がりだわ」

「いや、シスコンならまだいいが、これで男女関係なんてあったら……?」

 

 ありもしない噂、ざわつく教室内に猛は懸命に釈明する。

 

「ま、待ちたまえ。変な誤解があるようだが、俺は決して危ない人間ではない」

「「……」」

「誰も信じてくれてないっ!?」


 世間の目は冷たく厳しい。


「……本物のシスコンなんだね、大和君。憧れてたのに、すごく悲しい」

「仕方ないよ、猛君のシスコンっぷりをあれだけ見たら誰だって幻滅するし」

「これが本当の大和さんなんだ。ものすごくがっかりしてるわ」

「あれでも去年は女子に人気があったんだがな」

「皆、もう分かってるだろ。アイツの時代は終わったんだぜ、やっほい」

 

 女子からの好感度が目に見えて、株価急落並に下げ続けている。

 皆が疑惑の視線を向けてくる雰囲気に耐えられない。

 

「兄さん。何を慌てているんですか?」

 

 と、ひとり、のほほんとしている猛を窮地に陥れてる張本人。

 

――撫子の天然っぷりはホントにすごい。

 

 それは天然というよりもわざとではあったが。


「くすっ。兄さんは気にしすぎなんですよ。他人なんて所詮は他人。私と兄さんの間に入って来られるわけもなければ、関係の邪魔をする事もできません」

「……俺にとどめをさす気ですか、大和撫子」


 猛の教室での立場が非常に危うい。

 最大級の危機的状況に陥りかけている。

 

「誤解を恐れずに言うならば、私は兄さんを心の底から愛してます」

「誤解を恐れて、言わないでくれたら兄は嬉しい。俺達はただの兄妹ですよ」

 

 

――これをどう誤解しないでいいのか、教えてください。


 撫子は好きだが、世間体と言うものがあるのも理解してもらいたい。

 

「……兄さん。そういう事を言うのなら私にも考えがありますよ?」

 

――やばい、今度は撫子を不機嫌にさせてしまったらしい。


 彼女は頬を膨らませて拗ねた素振りを見せる。

 彼女は“大和撫子”と言う言葉通りに、清楚で物腰の柔らかなお淑やかだ。

 だが、一度、拗ねさせてしまうと厄介で、非常に手に負えない事になる。

 

「私の言葉ひとつで兄さんの教室での立場を危うくさせるのは簡単ですよ?」

「もうすでになってます。分かっていて言ってたよな?」

「この程度では甘すぎです。世間を混乱に陥れてやりましょう」

「俺を奈落の底へ着き落とさないで。社会的に死んじゃう」


 今すぐにでも撫子の暴走を止めたい。

 

「兄さんは私への愛をもっと自覚してくれないと困ります」

「……十分するほど、危機感なら自覚してます」

「あら、私の秘密を皆さんに話してもいいんですよ?」

「秘密なんてないよ」

「では、私の秘密を皆さんに話しましょう。いいんですよね?」

「え? 何を言うつもりだ?」

 

 彼女は唇に人差し指を当てながら、クラスメイト達に向けて爆弾発言をした。

 

「――これは秘密なんですけども、私の胸は兄さんが揉んで大きくしてくれました」

「し、してないからッ!? それだけはホントにしてません!」

 

 そんな羨ましい事なんてしたことない。

 確かに撫子の胸は女子の平均を超えて立派なスタイルだ。

 年を重ねるごとに、魅惑と魅力を兼ね備えた美少女になっていく妹に惚れている。

 

「や、大和君、妹相手にそんなことを。なんてひどい人なの」

「はぁ。そこまで落ちてたか、この変態野郎は……」

「学園のアイドル、大和撫子のスタイルの良さは鬼畜兄の仕業、と」

「ツ●ッターで呟かないで!? 学校中に知れ渡るから」

 

 そんなことされたら教室の立場が悪くなるだけじゃなく、学校にいられなくなる。

 ただでさえ、撫子は美少女として人気もあるのだ。

 彼女のファンである男子諸君からは嫉妬に似た殺意を向けられていると言うのに。

 クラスメイト達からの容赦ない攻撃に猛はノックダウン寸前。

 

「あっ、そろそろ時間ですね」

 

 気がつけばお昼休みも終わり、そろそろ、チャイムが鳴りそうだ。

 撫子は自分の教室に戻ろうとする。

 

「それでは、兄さん。また家で会いましょう」

 

 ゴングに救われて、ものすごく精神的に疲れた昼休憩だった。

 

「ふふっ。兄さん、今日もまた“一緒”に“お風呂”に入りましょうね」

「あぁ、そうだな」

 

 その何気ない頷きに誰もが表情を「えぇ!?」と強張らせる。

 

「――ハッ!?」

 

――お、俺、今、自然な流れで頷いちゃった? 


 周囲が誰一人声を上げられないほどの衝撃を受けていた。


「ち、違うぞ。今のは違う、うん、と言ったのはそういうわけではなくてですね」

 

 皆がドン引きしすぎて、静まり返る教室。

 クラスメイトが何も反応してくれないのが一番辛い。

 

「あ、あの、皆さん?」

「……」

「やだなぁ、あれは撫子の冗談だからさ。誤解しないでね?」

 

 乾いた猛の苦笑いが沈黙の教室に寂しく響き渡る。

 何の反応がないのが怖い上に辛い。

 

「おーい、授業を始めるぞ。席につけ……って、何だ、この静まり返った状況は?」

 

 授業に来た先生が教室の雰囲気にそう呟いた。

 その日の放課後には「大和猛、妹の大和撫子と毎日、一緒にお風呂に入る」という情報が学校中に流されてしまうことになったのだった。


――俺の平穏な学校生活はもう終わった……終わったんだ……。


 周囲の冷たい眼差しを前に、落ち込んで沈み込むことしか猛にはできなかった。

 人生はつらく厳しく、生きづらい世の中である。

 

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