第2話 真紀の決意

(ふざけてるわね。何なのよ、その男の敵で、女の敵は!?)

 一方の真紀は憤然としながら廊下を歩き、自分の机があるフロアまで戻った。そして偶々、目指す人物が内勤だったのを確認し、自分の席とほど近い彼の席に直行した。


「飯島先輩」

「ああ、菅沼。どうした?」

「任せて下さい。ちゃんと仕事をこなしながら、奴の神経をゴリゴリ削ってやります」

 鼻息荒く宣言した真紀を、座ったまま見上げた飯島が、怪訝な顔で応じる。


「……何の事だ?」

「男好き馬鹿ナルシスト勘違い野郎」

 防犯警備部門のフロアは閑散としていたが、何人かは在席していた為、真紀は人目を憚りながら小声で簡潔に口にした。するとそれで察した飯島は微妙に顔を引き攣らせ、椅子ごと真紀に向き直り、座ったまま軽く頭を下げる。


「菅沼……。後輩のお前に、迷惑をかけてすまん」

 そんな彼を不憫に思った真紀は、その左肩をガシッと右手で掴みながら、やる気満々の口調で宣言した。


「迷惑をかけられたのは、先輩の方です。気にしないで下さい。先輩の仇は、私がきっちり取ってみせます!」

「いや、仇は取らなくて良いから……、頼むから、穏便にな?」

 飯島は、面倒な人物の警護から離れる事ができて安堵した反面、基本的に熱血気質のこの後輩に、例の人物の護衛任務が任せられるのかと、激しい不安に駆られた。


 その頃、真紀の先輩である岸田裕美は、男二人の前で寺島からの電話を受けていた。

「……はい、了解しました。明日、彼女とこちらで引き継ぎをします。それでは、失礼します」

 そしてスマホを耳から離してポケットにしまい込んでから、神妙な面持ちで椅子に座っている男達を見下ろす。


「お待たせしました。上手く事が運びましたよ? 彼女と明日ここで、引き継ぎをする事になりました」

 端的に述べた裕美に、彼らが幾分安堵した表情を見せた。


「そうですか」

「色々お手数をかけて、すみません」

「あら、謝って貰わなくて結構よ。正直あんたの謝罪なんて、全く訳が分からない上にゴミ以下で不要だもの」

「…………」

 彼女が容赦なくバッサリと切り捨て、男二人の顔が引き攣る。そんな彼らの顔を、仁王立ちのまま面白く無さそうに見下ろした裕美は、声のトーンを低くして凄んできた。


「ところで……、私は彼女に何も言っていないし、これから言うつもりも無いわ。あんた達も、そこら辺はちゃんと分かっているんでしょうね?」

 そう念を押された男達は、一瞬顔を見合わせてから、揃って真顔で頷く。


「……勿論です。文句を言える筋合いでは無いと、理解しています」

「そこの所は、私も責任を持って監視しますので」

「そうして頂戴。ああ、楽しみだわ。早く明日にならないかしら?」

 そして先程までの不機嫌さとは打って変わって、「あはははは」と高笑いし始めた彼女を、彼らは不安そうな顔つきで見上げていた。


 その翌日。

 健介と宗則、それに裕美が微妙な緊張感を保ちながら過ごしている部屋に、ノックの音に続いて、事務所の古参スタッフが姿を現した。


「健介さん。新しい護衛の方が、お見えになりました」

「入って貰って下さい」

「どうぞ」

「失礼します」

 ドアの向こうに姿を消したスタッフの代わりに、地味なパンツスーツ姿の真紀が入室し、まっすぐ窓際に進んだ。そして壁際に立つ裕美に会釈した彼女は、正面に座っている健介に向かって、軽く一礼してから挨拶をする。


「桜査警備公社から派遣されました、菅沼真紀です。岸田さんとの引き継ぎが済み次第、当面こちらを担当しますので、宜しくお願いします」

「…………」

 しかし目の前の相手は訝しげな顔で黙ったまま、眼鏡を外して真正面から見返してきた。その反応を見た真紀は、僅かに眉間にしわを寄せながら、裕美に顔を向けて問いを発した。


「岸田さん。予め、資料で顔写真を確認していましたが、こちらが北郷健介氏ですよね? そちらの城島宗則氏と、写真が入れ替わっている可能性はありませんよね?」

 軽く二人の男を指さしながら確認を入れた真紀に、裕美が苦笑いで応じる。


「菅沼さん、大丈夫よ。それで間違っていないわ。北郷さんが無言で面白くなさそうにしているのは、あなたが嫌いな若い女性だからよ。気にしないで」

「はぁ!?」

 それを聞いた健介は相変わらず無言のまま動揺し、健介とはL字型に机を置いている宗則が、上擦った声を上げたが、真紀は平然と答える。


「仮にも命を預かる相手に対して、その態度はどうかと思いますが、まあ常識が通じそうに無いので仕方がありませんね。こちらが割り切ります」

「それが良いわね」

「いや、あのですね、健介は別にあなたが嫌いとか、そういう訳では無くてですね」

 ここで宗則が焦って弁解しようとしたが、真紀は無表情で頷いた。


「はい、存じています。私個人がどうこうではなく、若い女性全般がお嫌いなのですよね? そこの事情は、重々承知しておりますので」

「だから、そうでは無くて!」

「岸田さん。早速引き継ぎと、これからのスケジュールを確認したいのですが」

「そうしましょうか。それでは北郷さん、城島さん。少しの間、彼女と奥の部屋を使わせて貰います」

「……ああ」

「失礼します」

 女二人は宗則を無視して話を進め、一応健介に断りを入れて部屋を出て行った。それとほぼ同時に、宗則が疑わしそうに健介に声をかける。


「健介。本当に“あれ”が、例の“彼女”なのか? 何だか、お前から聞いていた話と、イメージが随分違うんだが」

「確かに当時の彼女とは、かなり違う感じだが……。岸田さんはしっかり俺の事を覚えていたし、彼女から俺の事を聞いて怒って、知らないふりをしているんじゃ無いかと……」

 手にしていた眼鏡をかけ直しながら、健介が弁解気味に口にしたが、それを聞いた宗則は盛大に顔を顰めた。


「あれが演技だと? お前を真正面から見ても、全然反応しなかったぞ? とてもそうは思えないんだが。岸田さんも俺達が言わない限り、言うつもりは無いと言っていたし」

「当時とは、俺の髪の色も、髪形も違うし……」

「それで見分けが付かなくなる程度の付き合いなら、たかが知れていると思うが? 彼女にとってのお前って、その程度にどうでも良い男だったって事じゃないのか?」

「…………」

 もの凄く疑わしげな口調で言われた健介は、机に両肘を付いたまま無言で項垂れた。



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