吸血鬼の戯言

浅縹ろゐか

#1 吸血鬼の戯言

 今日これから話す事は、決して他人に話してはいけないよ。

実は僕は、吸血鬼なんだ。いやいや、笑い事では無いのだよ。

吸血鬼である事を証明しろって? それは難しいなあ。

君は僕が食事をしているところを見た事があるかい?

無いだろう? それを証拠とは出来ないかな。

ふむ、大方納得してくれたみたいだね。

僕は人間にはなれなかったけれど、君とは仲良くしていきたいんだ。

君さえ良ければだけれど。



 僕から話しておいてなんだけど、まさか本当に信じてくれるとは思わなかったよ。

こんな僕と居ても、君には良い事が無いだろうけど……。

それでも僕と仲良くしてくれるだなんて、君は変わっているね。

まあ、僕も変わり者だから、変わり者同士仲良くやっていこうよ。

食事はどうするのかって? 心配しなくても君の血を飲もうとは思っていないよ?

今は食事の当てがあるからね。君は気にしなくて良いよ。

ここら辺にいる吸血鬼が世話になっている、食事処があるのだよ。

君は人間だから、入る事は出来ないけれど。

もし、興味があるなら今度は、その話でもしようか?



 ほう、興味を持ってくれたのかい?どうもありがとう。

君もつくづく不思議な人間だね。

え? 好奇心の方が強いって?

はは、それは良い事だよ。

好奇心を持たないと、人生がつまらなくなるからね。

そうだった、僕等の食事処の話だったね。

街頭で献血募集をしているのを見た事は、あるだろう?

殆んどは真面目な組織が行なっている、献血募集だ。

その中に紛れて食事処の店員が、献血募集をしているのだよ。

驚いたかい? 確かにあまりにも身近過ぎるね。



 先程の話では、君も随分驚いたみたいだね。

でも、定期的に血液が必要な僕等には、便利なシステムなのだよ。

している事は人間の献血と同じものだよ。

だから、人間には気付かれないのさ。

たまたま別の団体で、献血をしたと思うだけだろうね。

彼等の善意は、輸血が必要な人間にではなく、僕等の元へ届いてしまう。

それは少し申し訳ないとは思うよ。

だが、僕等も血液が必要な生き物だから、仕方ない。

無差別に人間を吸血する訳にもいかないからね。

僕等は日陰でも良いから、生きていたいのさ。



 それじゃあ生活が大変じゃないかって?

そりゃあ、不便な事もあるさ。

僕等は普段は人間に混ざって、暮らしているのだよ。

先程の、献血募集が良い例だ。

その他にも色々な仕事をしている、吸血鬼がいるよ。

運送業、接客業、工場等、自分で好きな仕事をしているのさ。

この世界で生きていくには、何かにつけてお金が必要だからね。

僕の仕事かい? 一般的な、会社員だよ。

まあ、派遣だけれどね。1つの所に居ると、飽きてしまう性分でね。

それに正社員になると、健康診断等があるだろう?

見た目は幾らでも誤魔化せるが、中身は誤魔化しが効かないからね。

一応、僕等はそういう事に気を配りながら生活をしているのだよ。



 吸血鬼だとバレてしまった時はどうするかって?

そうだね、君は他人が吸血鬼を見付けたと言って、すぐに信じるかい?

それと同じ事だよ。言えば言う程、奇妙な人間に思えるだろう。

だから、そういう風に人に言う人間は、少ないのだよ。意外かい?

自分で自分を窮地に追い込む人間なんて、なかなか居ないのさ。

それに、もしバレたとしても、また新しい土地へ行けば良いだけだからね。

犯罪者という訳じゃないから、追われる事も無いのだよ。

そのうちにその人間も、吸血鬼である僕等の事を忘れる。

記憶というものは、曖昧になってしまうからね。

その曖昧さに僕等は助けられているよ。



 しかし、君は私と居て怖く無いのかい? 仮にも私は吸血鬼なのだよ?

自分の血を吸われる心配も無いし、話も面白いし、性格も気に入っているって?

はは、まいったなあ。そこまで褒めて貰えるとは、思ってもいなかったよ。

君が種族を気にする人間じゃなくて良かった、と心底思えるよ。

こうして会話を交わせる友が居るのは、悪く無い。

君は僕が吸血鬼だと、周りに言いふらさないと僕は確信しているよ。

そういう事も考慮して、君に打ち明けたのさ。

友にいつまでも隠し事をしているのが、後ろめたく感じられてね。

いつか、真実を話そうと思っていたのだよ。

君が友達で、本当に良かった。



 そろそろこの話も終わりに近付いてきているね。

察しの良い君の事だから、気が付いているかな?

そうなんだ。僕もそろそろ新しい土地へ行く事になったのだよ。

契約社員の契約が満了になってね。

今度は別の土地で働く事にしたのだよ。

ここ数ヶ月、君とは色々と思い出を作れてとても良かった。

最後の最後にこんな事を言われても、君は困惑するだろうね。

いつになっても、君には僕の友でいて欲しいと思ったんだ。

こう思うのは我儘かな?君は、僕の中では特別なのさ。

そういう風に思える友に出会えたのが、この土地での大きな収穫になるね。



 仕事場が変わること、もっと早く伝えるべきだったね。

なかなか言い出せなかったのは、僕の性格のせいだ。

君はきっと色々気を遣って、僕と接する様になるだろうと思ってね。

最後まで、自然体の君と思い出を作っておきたかったのさ。

これは僕の我儘だ。怒られたって仕方ない。

怒りはしないが、寂しくなるって?

はは、そう思って貰えるなんて嬉しいな。

ここは喜ぶべきところで良いのだよね?

僕も、君となかななか会えなくなるのは寂しいさ。

それでも、君が友で居てくれるから、僕は新しい土地でもやっていけそうだよ。



 君とこうして色々と話すようになったのは、いつからだっただろうね。

まだ仕事に不慣れな僕に、とても親切にしてくれたのを今でも覚えているよ。

あの時は、本当に助かったよ。どうもありがとう。

ああ、君も段々話が分かってきたようだね。そんな目をしている。

僕に質問があるって? ああ、良いよ。

本当の名前を教えて欲しいって? はは、君はそこまで見通したかい。

大したものだね、流石僕の友だ。

真の名前を人間に教えるのは、僕も初めてだなあ。

ああ、勿論教えるよ。気にしないでおくれよ。

僕の本当の名前はね――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

吸血鬼の戯言 浅縹ろゐか @roika_works

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ