6「赤色に染まる鎌」

蓮は目をつむる。

 負けを認めたように、ゆっくりと。


 そして蓮の目からは涙がこぼれていく。

 悲しく、苦しく、痛ましいこの現状に。


 しかし、まだ彼女は諦めてはいなかった。


「⋯⋯レン、聞いてる? ⋯⋯一分だけ時間があったら、あの部下達を全員倒せるかもしれない⋯⋯。だからレンはここにいて⋯⋯」


「⋯⋯何ができるんだよ⋯⋯。こんな身体じゃ、立つのだってやっとなのに⋯⋯」


「⋯⋯いいから私の言うことを聞いて⋯⋯。ここにいて」


「⋯⋯わかった。そうするよ。⋯⋯何をするかはわかんねーけどあとはよろしくな」


 その蓮の言葉にセレシアは微笑みを見せた。

 そして、セレシアはゆっくりと立ち上がって自分の手を前に差し出して握りしめた。


「リバースソウル!」


 そう言うと、セレシアの握りしめた拳に突如、青い光が集まりはじめる。

 その光はどんどん集まってつながり、集まってつながりを繰り返し、やがて⋯⋯


「デス・リバティ・デューク!」


 一本の鎌となった。


「なんだありゃあ⋯⋯」


 蓮は唖然した。

 セレシアが死神とはわかっていても、こんな姿は見たことなかったからだ。


「全員始末する」


 セレシアの目付きが変わった。左目が赤色に染まり、身体中から黒い靄が出てきている。


「ぅ、撃てぇ!」


 部下の一人がそう言ったが一足遅く、セレシアのほうが動き始めるのが早かった。


「ぐぁぁぁ!」


「ぎゃぁぁ!」


 次々と部下の首が吹っ飛ぶ。

 なんとも生々しい光景だろうか。首がいくつもそこら中に散らばっている。

 蓮は立てなかった。

 顔中涙だらけで、背中は血まみれで。

 何が起きているのかも理解できない。


「⋯⋯はぁ⋯⋯はぁ」


 そして、セレシアは部下全員の首を吹っ飛ばした。

 鎌は赤色に染まっていて、セレシアの顔も赤色に染まっている。


 そして、セレシアは倒れた。


「せ、セレシア!」


 無茶をさせてしまった。瀕死の状態の女の子に戦わせてしまった。

 蓮にはどんどんと、自分への怒りが積み重なる。


「セレシア! セレシア! 生きてるか? ⋯⋯くそぉ⋯⋯。無茶させちまった⋯⋯。──ぁ」


 部下は全滅。しかし、まだ残っている奴がいる。


「⋯⋯おもしれぇ。なかなか強えー女じゃねーか。⋯⋯だが、俺に少しでもダメージを与えておくべきだったようだな⋯⋯」


「⋯⋯なんでてめぇは心臓にナイフぶっ刺さって生きてられるんだよ⋯⋯」


「あぁ、これか。俺はな心臓がねぇーんだ。しかも自分の命だって蘇生することができる。だからナイフをどこに刺そうと俺は死なねぇーんだ」


「⋯⋯なんだよそれ」


 蓮は絶望した。

 心臓にナイフを刺して死なない奴に勝ち目なんてあるわけがない。

 しかもセレシアも体力切れ。戦闘力はゼロ。

 一体何回死に際に立たなければならないのか?


 建物の床は血に染まり、セレシアも血に染まっている。

 男は部下の銃を持って俺に向ける。

 もういやだ。あの時に⋯⋯あの時に⋯⋯。


 後悔しか残らない、この現実。

 あの時にこうしていれば。そればかりである。


「今度の今度こそ死ねぇ!」


「──っくそぉ⋯⋯」


 死んだ。今度の今度こそ死んだ。




 しかし、突如横にいたセレシアが手をかざして──


「時よ、止まれ!」


 再び時が止まり、蓮の目の前には弾が浮いている。


「⋯⋯レン、チャンスよ⋯⋯。あの男の脳にその剣を突き刺して⋯⋯。あまり長くは持たないから⋯⋯。早く⋯⋯」


 そう言ってセレシアは落ちている剣を指差した。


「⋯⋯脳、か? ⋯⋯わかった。やってみるよ⋯⋯」


 蓮は立ち上がり、剣を拾って男の目の前に移動した。

 人の脳を剣で刺すなんてやったことはない。けれど、今はそんなことを言っている暇はない。


「根性見せてやるぞごるぁ!」


 勢いよく、猛烈なスピードで男の脳に、頭に剣を突き刺した。

 幸い血は出ないのでよかったものの、人を初めて刺し殺すという恐怖で蓮は後ろに倒れた。


「時よ、動け⋯⋯」


 そしてゆっくりと時は動き始めた。


「ぇ、うっ、うごぁぁ、ぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 男は叫び声を上げた。

 自分の頭に突き刺さった剣を見て、絶叫した。


 男の頭からは大量の血が吹き出し、男の周りを血の海とする。


 そして男はそのまま倒れた。


「⋯⋯や、やったのか? ⋯⋯」


 蓮は勇気を振り絞って男を揺さぶってみたが反応はなく、死んだと判断した。


「セレシア!」


 またもや無茶をさせてしまった。

 蓮が諦めても彼女は決して諦めなかった。


「⋯⋯頼む。死なないでくれ⋯⋯」


 そう願い、祈り、セレシアの顔を見つめる。

 セレシアは生きているようだったが、目は開けない。


「⋯⋯んぐ、んぐぐぐ」


 後ろから妙な音が聞こえてくる。


 その音の正体は住民達だった。

 蓮は住民たちが口をきけないように多分部下がしたであろうタオルらしきものを一人づつとり、さらに手を縛っていた紐をほどいた。


「お兄さんありがとう。助かったよ。⋯⋯どれだけ感謝すればよいか⋯⋯」


「いや、物事がすべてまるく収まったのはこの女の子のおかげだ。礼を言うならこの子に言ってくれ」


 セレシアが最後の力を振り絞って時を止めていなかったら俺たちは全員死んでいた。

 蓮もセレシアに感謝しなければいけない。してもしたりないくらいに。


「⋯⋯とにかく、この女の子と俺を誰か治療してくれねーか? 痛くて仕方なくて⋯⋯」


「私が治療しましょう。私は医者です」


「ありがとう。助かったよ⋯⋯」


 蓮が見たのは間違いではなかった。

 やはり医者も混じっていたのだ。





 治療が終わり、蓮とセレシアは診療所のベッドにいる。


 セレシアは安心して寝ている。

 それを見て俺も少しほっとした。



 ──今日で何回死に際に立ったのだろう。


 死に際に立った分、何度も死を覚悟した。

 セレシアも同じである。と、いうよりセレシアのほうが死を覚悟していただろう。


 命が危ないのに力を振り絞って鎌を振り、時を止めて。


 蓮はセレシアが起きたら改めて感謝したいと心のなかで思う。


 するとそこへ治療をしてくれた医者が来た。


「どうです? 調子のほどは」


「調子がよすぎて今にも飛んでいきそうですよ!」


「はははは⋯⋯。その女の子より君のほうが重症だったのにね。その調子だと元気そうだね」


 医者によると俺は背中に弾を8発、足に2発うけていたらしい。

 なんで生きているのか自分でも不思議でならない。


「明日になったら二人とも退院できますよ。⋯⋯それからはどこか行く予定とかあるんですか?」


「あ、はい。これから⋯⋯あ、いや、どこにも行く予定はないです」


 蓮は『神様に呼ばれているのでそこに行く』と言ってしまいそうになった。

 こんなことを言ったら笑われるに決まっている。


「とりあえず今日はお大事にしていてください。明日の朝、またここに来ます。では」


「ありがとうございました」


 そう言って医者は部屋を後にした。

 閉めきれていないドアが風で音をたてている。



 蓮は仰向けになり、天井を見つめる。


 チュートリアルを抜け、やっと一息をつけた。



 これからどんなことが待っているのか?

 最初からこんな瀕死だったらこれからの旅で誰も守れない。救えない。また、同じことが繰り返されるだけ。もっと強くならないと。



 蓮はそんな責任感を感じながら、ゆっくりと目を閉じる。


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死に際に立った俺を救ったのは死神だった。 でれるり @DEREruri

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