5「当然の結末」
セレシアと蓮は住人を運び終えて、一息ついていたところだった。
建物内に残ったのは綺麗に円になったレーウィン神族軍の部下達と、口を開いたままつったっている髭の生えた男と蓮たち。
蓮はふと、あることに気づく。
そう。忘れてはならないあの事に。
「⋯⋯なぁ、そういえばこの能力って時間制限が──」
気づくのが遅かった。言うのも遅かった。
蓮が喋っている途中に時が動き始める。
その時、建物中に銃声の音が戻ると同時に辺り一面に血が飛び散ったような音がした。
「──っつ⋯⋯」
空中で浮いていた弾が一発、セレシアの肩を貫く。
「セレシア!」
セレシアは倒れる寸前で横にあった椅子を掴み、かろうじて倒れなかった。
──しかし、それ以上に恐れていたことが蓮たちに牙を向く。
「何故お前はそこにいるんだ?」
あ、やばい。失敗した。ばれた。男がこっちを睨み付けている。
どうしたらいいのか。逃げようか。いや、立てない──
「⋯⋯くっそ⋯⋯」
蓮の恐怖心は再び蘇る。
「⋯⋯痛っ」
「セレシア! 大丈夫か? ⋯⋯くそが⋯⋯」
『時間制限』
この事を忘れたことでまた地獄へ落下した。
蓮の作戦の歯車はここで壊される。
「もう一度銃を向けろ。⋯⋯今度はその女もその男と一緒に撃ち殺せ」
不幸中の幸い、セレシアの弟のソルシアは住民達と一緒に避難させたのでこの場所にはいない。
「くっそ⋯⋯。殺されるのだけはごめんだ。⋯⋯セレシア、もう時を止めれそうにないか?」
「⋯⋯む、無理そう。⋯⋯右肩を撃たれてて⋯⋯。ごめん。私を放って逃げて⋯⋯」
「んなことできるわけねーだろ! せっかくお前に言われて異世界まで来たのにこんなチュートリアルみたいなところで終わってたまるか! ⋯⋯俺はなんとしてでもお前とその神のところまで行くからな!」
「⋯⋯」
セレシアからの返事はない。
ただ、セレシアは笑顔で目をつむった。
「⋯⋯まだ死んでねーよな」
「茶番は終わりか? なんとも可愛そうな光景だ。弟一人のために二人も犠牲になるとは⋯⋯」
「悪いがここで終わるつもりは一ミリもねーぜ。くそゴミ共め。俺はさっきこの世界に、この町にきたわけだが、異世界ってもんは⋯⋯」
蓮は最後に一言を残した。
「男のロマンが詰まった冒険の世界だ!」
蓮はセレシアを抱き抱えて猛スピードで走り出す。
セレシアが撃たれないように蓮が背中を向ける。
「──っ!」
蓮に一発の弾が当たった。
初めて撃たれた。痛い。痛すぎる。
背中に命中し倒れそうになったが、蓮は名一杯足を踏ん張ってなんとか持ちこたえる。
「んぎぎ⋯⋯っくそがぁ!」
ドアをぶっ飛ばし、外に出ると住人達が驚いた表情で蓮たちを見ていた。
「町のみんなは安全な場所に避難しろ! ⋯⋯とにかく逃げろ!早く!」
蓮がそうせかすと、住人達は何か決心したように逃げ始める。
「はやく!老人たちや子供たちを優先に安全な場所へ避難させろ!」
ただし、蓮たちに避難場所はない。
二十人程の敵に追われているのだから。
蓮の背中には何発の弾が命中したのか分からない。
頭が真っ白で何かを考えている余裕もない。
「ちくしょう⋯⋯痛てぇ」
蓮は只ひたすらにレーウィン神族軍から逃げる。
何分走っただろうか。
なんとかレーウィン神族軍をまいた蓮はセレシアの様子を見ていた。
「⋯⋯セレシア。出血がやばいな。このままじゃ死んじまうな⋯⋯」
蓮は自分の傷を気にせず、セレシアの心配をする。
痛くないことはない。痛いに決まっている。
ただ、今の蓮にはセレシアのことが最優先だった。
「⋯⋯レン? ⋯⋯ここどこ? ⋯⋯あの後どうなったの?」
「なんとかレーウィンたちからまいた。だけど油断できねー。いつどっから来るかわかんねーからな」
「⋯⋯ありがとね。私を抱き抱えて逃げてくれて⋯⋯」
「あ」
蓮は思い出した。
セレシアをお姫様抱っこしていたことを。
なんとも恥ずかしいことだろう。
蓮は顔を少し赤くした。
「⋯⋯とにかくセレシアの肩の治療をどっかでしねーと。このまま見つかったら俺たちは即死だ」
「そうね⋯⋯。私⋯⋯ちょっと寝るね⋯⋯」
「ああ。寝てていーぞ」
蓮はこれから何をすればいいのか分からない。
何処に治療所があるのか?
レーウィンたちに見つからないようにせねば。
蓮はプレッシャーに押し潰されそうだった。
瀕死状態のセレシア。レーウィン神族軍たちからの逃走。そして、自分の背中の傷のこと。どうすれば全部まるく収まるのか。
蓮は迷走していた。
「とりあえず最初は治療が優先だな」
蓮は自分とセレシアの傷が一度に治せる治療を選んだ。
しかし、蓮には一つ気がかりなことがある。
「⋯⋯そういや、ここの町の住民は全員避難してんだったな。さっき医師っぽい人見たしな⋯⋯」
蓮は住人達が避難しているところに行くことを決意する。
だが、それは今来た道を引き返すことになる。
引き返している途中でレーウィン神族軍に鉢合わせになったら終わりだ。
「覚悟決めろ! 俺!」
──そして蓮は今来た道を引き返すことを決意した。
再びセレシアを抱き抱えて蓮は動き出す。
蓮の背中は血まみれで、今にも倒れそうな状態だった。
「とりあえず建物を盾に行くっきゃねーな⋯⋯」
蓮は一つ一つ建物に隠れながら移動する。
腕の中のセレシアは安心したように眠っている。
セレシアを亡くしたら俺も同時に終わりだ。絶対に死んでたまるか。そう、自分に言い聞かせた。何度も。何度も。
「⋯⋯さっきの建物が見えたな」
今、レーウィンたちはいない。何処に行ったんだ?
だが、これはチャンスだ。レーウィンたちがいない今が避難場所まで走り抜けられる唯一のタイミング。大丈夫。きっと行ける。
──この甘い考えが彼を最悪の結末へと送り込む。
「──いまだ!」
そう言って蓮は今まで以上のスピードで走り抜ける。
建物が見えてきた。レーウィン神族軍たちもいない様子だ。
──だが、
「あ──」
「どうした? 死にに戻ってきたのか?」
男の後ろには部下と──
拘束された住民達がいた。
「──っ?! なんで⋯⋯」
「避難した場所が悪かったようだな。部下達がすぐ見つけた。まぁ、お前とその女は当然殺すが、この住人達も皆殺しといこうか」
「やめろ⋯⋯やめろ!」
「はははは!! お前に拒否権はない。これがお前が招いた当然の結末だぜ? 後悔しても遅ーぜ」
蓮は後悔していた。
あの時、一緒に逃げていれば。
あの時、もっと他の避難場所に誘導していれば。
「⋯⋯俺のせいだ⋯⋯。俺のせいで、こんな⋯⋯」
「まぁ、仕方のないことだ。認めろ。この町もお前のせいで終わりだ」
『お前のせいで』
この言葉は蓮にとって一番辛くて卑猥な一言。
悲しみと自分への怒りで死んでしまいそうだった。
「⋯⋯くそぉ。セレシア⋯⋯ごめん⋯⋯俺のせいで⋯⋯」
「今度こそ終わりだ。全員かまえ!」
部下達の人数がさっきよりも増えていた。
銃が住人達に、蓮に、セレシアにかまえられる。
住人達の中にはセレシアの弟のソルシアもいた。
──自分のせいで弟が、
──自分のせいでセレシアが、住民達が、
蓮は最後の最後まで自分を責めて、憎む。
なんて儚いんだ。
来たばかりのこの異世界で、銃に撃たれて即死。
さらに蓮にとってのヒロインも死なせる。
こんな異世界冒険があっていいのか。
これが彼があの甘い考えから導いた当然の結末だった。
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