テディベア

「さあ晶、来て」ベッドの中で雪乃様が誘う。


なんて男前なんだろう?


「失礼します・・・」腕枕をする雪乃様の隣にスッポリと収まる。


・・・何をすれば良いんだろう?


「もちろんメイドも奴隷も奉仕しなくてはなりませんし、奉仕の技術もあります。


『SMのSはサービスのS、SMのMは満足のMだ』


世間一般に広がってるアレ、嘘ですからね。


サービスとサーバントとスレイブ、同じ語源ですから。


『SMのSは奴隷の事である』って言ってるようなもんですからね。


昔あるAV女優に『お前は何もするな、こっちでSMっぽくするから』って言うのをAV監督が『SMのSはサービスのS、SMのMは満足のMなんだよ』とオブラートをかけて話したのをAV女優が真に受けてテレビで話したのがデマが広がった元だと言われています。


SがMに一方的にサービスするなんて有り得ません。


大体『満足』って日本語じゃないですか。


『何にも思い浮かばないで苦し紛れで言った』のモロバレじゃないですか」スレイプニールは言う。


そんなお婆ちゃんの豆知識は聞きたくない。


・・・いやお婆ちゃんは豆知識でSMについて語らない。


私が聞きたいのは『何をすれば良いのか?』だ。


「『何をすれば良いのか?』って言われても晶さんは何も出来ないでしょ?


すべき事は雪乃様がもう語っています。


雪乃様は晶さんに何て言いましたか?」


『抱き枕になりなさい』


そうか、私のすべき事は雪乃様の隣で寝て雪乃様の抱き枕になる事なんだ。


しかし私の枕がない。


雪乃様が私に腕枕してくださろうとしている事はわかってる。


ご主人様に腕枕してもらう事はメイドとして、奴隷としてこの上ない不敬な気がする。


・・・というのは建前で、腕枕してもらうという事は顔の前に胸元がくる、という事だ。


あの豊満な胸に顔をうずめて朝まで抱きすくめられて、窒息死しない確率は1%あるだろうか?


せめて気道確保するためにも、雪乃様の胸元に顔が来ない、雪乃様の顔と同じ位置にまで顔を持って来る必要がある。


「わかったわ」雪乃様がベッド脇のベルをチリリンと鳴らす。


そうだった。


私の考えている事は雪乃様には筒抜けなんだった。


次の瞬間、部屋をノックし光希さんが現れた。


本当にどこでスタンバイしてるんだろう?


「お呼びでございますか?雪乃様」と光希さん。


「晶の部屋から枕と熊ちゃんのぬいぐるみを持って来て」雪乃様は言った。


「そう言われると思ってすでにここに晶の部屋から枕とぬいぐるみを持って来ています。


『熊ちゃんのぬいぐるみと一緒じゃなくて晶が寝れるのかな?』と思い、準備していて正解でした」


ちょっと待て。


何だその『熊ちゃんのぬいぐるみと一緒じゃないと私は寝れない』ってファンシーな設定は。


おかしいだろ!


私の部屋に何もないの光希さんは見てるんだろ!?


そのぬいぐるみだって光希さんが準備した物だろう!?


「設定を追加する時に多少の矛盾や強引さは発生します。


元を質せば『晶さんに不自然な男っぽさがあるからバランスを取るために強引にでも乙女チックな要素を足さなきゃならない』んです。


私の苦労は晶さんのせいです。


何で文句ばっかり言われなきゃならないんですか!?」


「悪かったよ。


でもよく雪乃様がぬいぐるみの設定知ってたね」


「晶さんの設定は私と雪乃様が先程議論の末、決めています。


私は『子供の頃から寝る時に握っているタオルがないと寝れない』という設定を推したんですが、『そのタオルが新しいのは変だ、ぬいぐるみの方が良い』と雪乃様が主張して『晶さんは熊ちゃんのぬいぐるみを抱きしめないと寝れない』という設定が決まったんです。


あ、これ違和感消すために毎晩熊ちゃんのぬいぐるみ抱きしめて寝てもらいますから」


タオルを子供の頃から握っている・・・ってチャーリーブラウンか!


私が高校の宿題をしている間に雪乃様とスレイプニールが、あーでもないこーでもないと議論しているのは知っていた。


しかしこんなくだらない事を決めていたのか。


私のせいで新しい設定が追加されるのは申し訳なく思う。


でもせめてその設定会議に私も参加させてもらえないだろうか!?


「ダメですよ。


人間誰しも自分には甘いものです。


晶さんが設定会議に参加したら、設定にダメ出しばっかりして、設定を追加出来なくなるでしょ?


私や雪乃様が嫌がらせで晶さんの設定を追加してると思ってるんですか?


あ、忘れてましたけど晶さんは熊ちゃんのぬいぐるみに名前を付けている設定です。


さあ、熊ちゃんに名前を付けてあげてください」とスレイプニール。


「嫌がらせとは思ってないけど・・・名前、名前・・・この子の名前はマルコ!


それで良いでしょ!?」と私。


「何で『マルコ』なんですか?」とスレイプニール。


「子供の頃日曜日の夜にやってたアニメの主人公の名前で子供の頃可愛がってた柴犬と同じ名前なんですよ!」


「わかりました。


では『おやすみマルコ』と言いながら熊ちゃんのぬいぐるみにキスして下さい。


そこまでが決められた設定です」とスレイプニール。


「ごめんなさい!


それは出来ません!


死んじゃう!


心が死んじゃう!」私は必死で訴えた。


「晶、命令よ。


さあ、熊ちゃんのぬいぐるみにキスしなさい」雪乃様は無情に言った。


「わ、わかりました」私はマルコにキスをして「お、おやすみマルコ」と言った。


「もう辛抱たまらん!」雪乃様は私を胸元にギュッと抱き寄せた。


窒息した私は意識を失い「晶起きなさい。


朝練に遅れるわよ」と雪乃様に起こされ雪乃様のベッドの中で目を醒ました。

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