寝巻

「晶、今夜私と一緒に寝なさい。


・・・もっとハッキリ言うべきね。


私の抱き枕になりなさい」雪乃様が言った。


「雪乃様のベッドで、雪乃様と一緒に寝れるなんて最高の栄誉ですよ。


カオル、貴女に拒否権はありません。


雪乃様に可愛がっていただきなさい」光希さんが言う。


しかし光希さんも言うもんだ。


それじゃあまるで雪乃様が百合目的で私をベッドに誘ったみたいじゃないか。


私は雪乃様の恋愛対象が男なのを良く知っている。


知っているからこそ「今後、私が雪乃様の恋愛対象になる事は有り得ない」と諦めたのだ。


だが恋愛は諦めたと言っても嫌いになった訳ではない。


そもそもメイドがご主人様を嫌うなどおこがましいにもほどがある。


新たな関係性を結べば良いのだ。


まず雪乃様は私の事を『先輩』とは思っていないだろう。


思わなくても良い・・・というか『晶先輩』と雪乃様が言っているのを聞いた時の光希さんの反応を見ると先輩とは思ってもらうべきではないのだろう。


メイドはあくまでメイド、主人に敬意を払ってもらうべきではないのだ。


では私は雪乃様にとってどういう存在であれば良いのだろうか?


今のところ私は何も雪乃様のお役に立てていない。


雪乃様は文武両道だ。


雪乃様の周りのメイドも才色兼備の者が揃っているように思う。


私は自分の見た目はわからない。


だがプロポーションは雪乃様や光希さんには遠く及ばない。


私には『才』もない『色』もないのだ。


『奴隷戦士』という以外に私が雪乃様のそばにいる理由はない。


ふと思う「雪乃様は私の事をどう思っているのだろう?」


少し悩んだ後『愛玩動物』と言う表現がピタリと当てはまる事に気付いた。


「今はそれで良いんじゃないでしょうか?


そのうちにメイドとしても、奴隷戦士としても雪乃様の役に立てるようになりましょう!


今はとにかく可愛がっていただきなさい」とスレイプニール。


「わ、わかりました!


直ちに着替えます!」と私。


そりゃそうだろう。


私は雪乃様がデザインした痴女のようなメイド服を着ている。


そこでやっと気付く。


寝巻なんてない。


私はここで生活している事になっているが、この屋敷に私の私物は一切ない。


「どうしよう・・・」


雪乃様は事情は知っているが、光希さんは私が二年間この屋敷に住んでいると思っている。


「晶の部屋に入らせてもらいました。


 当然でしょう?


 雪乃様の指示で「禍々しい晶のボクサーパンツを処理しなくてはいけなかったのだから。


 本当に晶の部屋は何もないのね・・・裸で寝てるのかしら?


 ブラはつけていないみたいだけどパンツもないのね。


服もない・・・というか何もないのね」光希さんは驚きながら言った。


当たり前である。


私はそこに住んでいないのだから。


そこはただの空き部屋なのだから。


「貴女の寝巻を取り寄せようと、貴女の実家まで行ったわ。


勝手に侵入した訳じゃないわよ。


ちゃんと貴女のお母様に許可を取って貴女の寝巻を持って来ようと思ったの。


お母様は『晶によろしく言っといて下さい。


夏休みには戻っておいで』って言ってたわよ。


・・・それはともかく貴女、大きなTシャツを寝巻かわりにしてるのね。


寒い季節は厚手の長袖Tシャツで夏は裸で寝てる・・・全く女物の寝巻がなかったわよ!


あるのはパンツと男物のTシャツだけで」


そりゃそうだ。


男だったんだから女物があるわけない。


Tシャツは普段着兼肌着だ。


女物の寝巻と下着がなかったからって裸族扱いしないで欲しい。


「もちろんあの忌々しくも禍禍しいボクサーパンツは一つ残らず焼却処分しましたが・・・」と当然のように光希さんは言う。


「流石は光希。


言わないでもやるべき事はわかってるのね」雪乃様が光希を褒め称える。


「当然の事をしたまでです。


お褒めにあずかるほどの事ではありません」光希はすまして言う。


「ちょっと待って下さい!


パンツ全部燃やしちゃったんですか!?」私は慌てて言う。


「替りのパンツはこちらで用意させます。


貴女に絶対に損益は出させません。


それに貴女のお母様は『あらまだそんな色気のないパンツ履いてるのね。


だから幼馴染の湊君ともまだ友達の関係なのよ。


どうぞ燃やしちゃって下さい』と言っていましたよ?」


わかってる。


熊ちゃんパンツ一つに数千万円使う人達の準備するパンツの質が燃やされたヤンググンゼのボクサーパンツより低い訳がない。


そういう事じゃない。


確かに私の部屋に上がり込むのも、パンツを燃やすのもお母さんの許可は取っただろう。


だが、肝心の私は許可を出した覚えがない。


私が不満そうな顔をしていると、光希さんが「何がそんなに不満なのですか?


晶が宝塚の男役に憧れている事は知っています。


ハッキリ言います、貴女がいくら男のフリをしても全く似合いません。


宝塚も娘役なら合格する可能性も高いですが、男役としては合格する可能性はゼロです。


下着も体に合った物をつけましょう。


今着けている下着、着け心地悪いですか?」


色々とツッコミどころがあるが・・・先ずは『私が宝塚の男役に憧れている事』だ。


「矛盾を消すためにしょうがなかったんですよ~。


晶さんの男っぽい行動は『宝塚の男役に憧れているから』という事になってます」


なんてこった。


もちろん宝塚なんて欠片も知らない。


「しょうがないでしょう?


足開いて座るのも、ガニ股で歩くのも『男に、男役に憧れてるから仕方がないんだ』って思わせてるんですよ?」


・・・気をつけよう。


矛盾を消すために変な設定が付け足されないように。


嘘を隠すために、更に嘘をつかねばならなくなる。


つまり私が不自然な行動をする度におかしな設定が増える、という事だ。


そして下着の着け心地の話だが・・・正直着け心地満点だ。


体が小さくなったのに男の時のままのボクサーパンツを履いていた。


適性サイズは女性のSSSサイズだが、今まで履いていたボクサーパンツは男性のLサイズだった。


辛うじてズボンだからこそパンツがずり落ちない、スカートならストンと脱げてしまうサイズだった。


正直、パンツの着け心地は最悪だった。


当たり前だ、サイズ違いで脱げそうなのだから。


そこに吸い付くような着け心地の綿のパンツと綿のブラだ。


女性用の下着を着ける気恥ずかしさより「これでようやくひとごこちつける」と安堵するような着け心地だった。


そしてその安堵は雪乃様に伝わっているので隠しようがない。


それは仕方ない。


そんな事は問題じゃない。


問題はお母さんの言ったという『だから幼馴染の湊君ともまだ友達の関係なのよ』と言う一言だ。


「母親というのはそういうものですよ?


母親は女の子に『まだあの子と何もないの?』と進展をせっつき、父親は『君にお義父さんと呼ばれる筋合いはない!』と幼馴染の男の子に冷たくするのはテンプレです。


晶さんが木下さんと幼馴染で友達の関係である限り、周りからは『どういう関係なの?付き合っちゃいなさいよ!』とお節介な事を言われ続けるでしょう。


しかも晶さんは『クラスで女の子のグループに所属しないでいつも木下さんと一緒にいる』という設定です。


いきなり女の子のグループに所属している設定よりは良いでしょう?


『あの二人デキてるんじゃないか?』って身内、クラス内、部活内で言われるのくらいは我慢して下さい」とスレイプニール。


「わかりましたよ・・・。


でもこれから私の部屋の中の物を触る時には私に一言下さいね」私はついに折れた。


「悪かったわ。


そういう事なら・・・これは事後承諾になってしまうのだけど、この屋敷の晶の部屋の内装を少しだけ触ったわよ。


まるで生活感のない部屋だったから大きなお世話かも、と思いつつも少しだけ晶のイメージで部屋を飾らせてもらったわ」と光希さん。


生活感がないのはしょうがない。


部屋はただの空き部屋でまだ私はその部屋で生活していないのだから。


空き部屋を生活出来るように少し改装してくれたなら有り難い。


「それくらいなら・・・っていうかありがとうございます」私は光希さんにお礼を言った。


「それと・・・裸で寝ちゃダメよ?


これを着て寝なさい」光希さんに渡されたのは寝巻というかヒラヒラが付いた小学生が着るようなパジャマだった。


「はい」とか「いいえ」と言う前に光希さんは私のメイド服を脱がしパジャマを着せた。


これがメイドの仕事なんだ。


こうやって雪乃様の着替えをするんだ・・・などと考えていると両側から雪乃のと光希さんに抱きつかれた。


「何て可愛いの~!」


止める人のいない空間で私はもう少しで窒息死するところだった。

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