第10話

 僕はかいそうをした。

ぷかり、ぷかりと空を切って前進しているように見得たそれは、おわりを海藻に見舞われて沈んで行った。


 それは看取った我々の、回想の中で死んでゆく。


 巡り周って遺骸だけは、新たな空気の中に散って溶けていく。

 消化された。それが昇華だかまだ僕にはわからなかった。

しかし君を見て、僕は想った。これでよかったのかと。否、これしかなかったんだ。ぼくには、新たな抗議をひっぱたくような、腕の力が残っていなかった。それに僕は、もう望まなかった大舞台を降りる最後のチャンスを手放したくなかったんだ。


 君はあれから二度の大きな諍いを経たと云った。君に、これから未来を担ってゆく君に、そんなものを見せてしまったのは、僕らの時代の遺骸が芽を吹いたという訳では…

 そうとは言えないだろうな。

ばかげた改葬は今更だ。

口を噤もう。

 僕、いや僕らは、二度と訪れてしまった風の匂いと遠い海の騒めきに、在り来たりな感情だが、元々の僕の所在地を想起させられたのだった。僕は、どうして僕自身が回送されてしまったのか、その意味を少しだけ得られたような気がした。


 …示唆だね。何かを得た。何かを得るという事は、ただ言い訳の付けたがりによる、主観的な不一致なのかも知れないね。独断。そうだ。独断だよ。

 僕は最後くらい、自分自身で望んだ終わりを描きたかった。


 矢張り、きらいになれないね。ぼくは、愛していたのだ。


 往復切符で向こうへ。歸る。もう一度見たこの存在は、やはりいきていたよ。すがたが変われど、肌に感じる確かな故里は、美しいほどに海の香を遺していたのだ。 僕には、いや、

 僕にだけ、喧噪の合間にはっきりと、それは判った。


 終章を曳いた僕の後書に、やっとのことで区切りが付いたのだ。


 やっとの思いで、僕はこの組織に、御別れを告げる、…君は、君はきっと、僕達が去ろうとも、独自の軌を、期を、描くだろう。


 一少女でありながら、僕がここにきて出逢ったあのひとには、このまちを代表するかのような気概があった。

 否、一市民だからこそ、詰まり全てを内包するのだろう。

だから僕は君に会って、何かを得た。

 回答のような一筋の陽を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

在りし日の抱え物 yura @yula

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ