第9話

 その日の彼はいたく疲れていた。憑かれているようでもあった。


空を見ていたあの目は、遠い彼方ではなく、いつもより中間の高さ…ただの空気のなかをからっぽな気疲れした表情で眺めているだけであった。

あっ、どうしたんだろう。


―そう思う間も無く、私の直感はきりりと激しくつかれた。

彼が苦しい空気を纏っていると、私は同情よりも強く不安に襲われる。


その理由など簡単である、彼が極端に掴み所の無い人だからだ。手を触れた事もない。いとも簡単に消えて行ってしまったとして、なんら可笑しくない。寧ろ彼は海の底や空の果てに消えてしまっても、そのながれが妥当とすら私に思わせてしまうのだった。


ああ、――。


 こちらに気付いてしまった。私をその目に認めた彼は、私に力ない表情を見せてから言葉なしに挨拶をする。目で十分判る会釈。

その会釈にも自分はすっかり馴染んでしまった。否、彼の空気に知らず知らずの内に馴染まされてしまっていた。

 彼は特に主張をしていないような、謂わば透明な風を感じさせるが、それでいてさっくりと他人を自分のペースに包んでしまうのだった。それは巻き込まれる側にとっても嫌ではない、寧ろ気付いた途端、快い笑いが起こるようなものであった。


不思議な人だ、とは思う。

無味のような外見をして、本当は見えないくらいに綿密できめ細かい組織が全体を成している。そこに何が潜んでいるのか、私にはわからない。

詰まった目の内に、私の知らない抱え物がひっそりと積み上げられているのだろう。その外にも、私の知らぬ彼の思い出や、見識、教養、知識、見解、回想…。


 そこに踏み込むのは野暮だと、前々から私は自分に言い聞かせてきた。ただ、それは今となると、彼と向き合うことを避けるための都合の良い理由として作用していただけかもしれない。


私は怖かった。…怖かっただけだろうか。否、彼を傷付ける可能性を無意識に察知していたからでもあった…、いつか、いつか聴きたいとは、確かに心の底で紛れもない本心が訴えていた。だが聴くことによって、彼は、彼の奥底に抱いていた「抱え物」を引っ張り出すことになって、ひどく痛んでしまうのではないか……、


……しかしその考えも私の杞憂だろうと、最近は思えて来ていた。却ってそのように思うことは、彼に対して存外に失礼なのではないか。彼は、彼の抱え物はそんなに生半可なものであろうか。彼はきっと人より何倍も、何十倍も責任感が強い。強固な意志を持っていて、それはちょっとの事では揺るがないだろう。…と部外者にもそう思わせられる。たった数語の交わしあいでも、その「重み」を、言外にしっかりと感じさせられるのだった。


…今日のその疲れた雰囲気を纏った彼を見てしまっても、この見解は揺らぐことはなかった。仮令今、一瞬でもひどく疲れていたとしても、彼はその抱え物を一生背負っていく覚悟を、私と出会うとうの昔にきっと決断していた。それは確かだった。


彼はぽつりと風を読むようにはっきり呟く。


「昔の事を、思い出していた――」



…昔の事。それだけだった。いつもの、今までの私であったら、それ以上聴きたくとも決して訊けなかった。

だが今なら聞いてしまえと思った。その先を聴いてしまえと、何かがささやいた。


…しかし、そうまさに口にしようとした途端、彼が案外その先を自ら語り出した。これは語るべくして語られる事項なのかもしれない。二人の思惑が一致するとは、どちらかが引っ込んでもどちらにせよ話すことになるよう仕組まれているからだとしたら、おそらく、そういう事であろう。


新鮮だった。書庫の貴重資料棚にあって通常は手に入らない何かの一ページを垣間見ているようだった。背景の青が、小説の演出を思わせた。あまりきれいな晴だ。

都合が良い。私の中の思い出は、きっとこの青空の背景で彩られるのだろう。

 彼が語るその口調は、いつものそれから十分予測が付くような、いわば彼らしいものだったが、それでも私にとっては真新しく響いた。また一面をこうして知ってしまう。


「前に少し話したが、僕…否、僕たちは一つの区切りを辛うじて、つけたんだ」


いつもより一段と低くも、少し深く沈んだ海の色のような、密度の濃さと共に軽い爽やかな特徴を感じる声だった。


彼は顔を伏せた。太陽から生まれる影が彼の顔に暗い色を宿す。


「それで…君の、亡くなった叔父さんの事を救えるとは思っていない。最善の選択とは思うが、それで失ったことが戻るとは思っていない」


はっきりとした響きを持って居た。

教会の鐘が定刻に鳴るようだった。揺るぎ無い重さを彼は抱えていた。


その重みから、彼は抜けだす事が出来ない。恐らく、一生抱えて行く。

私の一切知り得ない抱え物を、彼は……彼は地下迄持って行くのだ……しかしその一端を、…私が知らずとも良いような、一生知らずとも過ごして行けるような余りに重い真実を、彼は私に示そうとしてくれていた。

 彼は、私がなんとなしに語ったあの世間話のことを、今迄忘れずに憶えてくれていたのだ。ずっと憶えていてくれた。思ったよりも、重く、重く受け止められていたことを、私は今初めて悟ってしまって、申し訳ないような、図らずも寵愛をうけたような、勿体無い気持ちになってしまった。今更如何にもならないというのに。


「君は、終戦の日を、憶えているかい」


彼は案外ぽつりと零した。

私は覚えていない。余りに生まれたばかりで…小さかったから。二、三歳位であった。

だが一体、それは何回目を指して云っているのであろう。つい最近のそれかと思ったが、一応聞いてみることにした。


「それは何度目の戦争ですか。私達は第四次、五次と大戦を重ねてきましたが、そのいずれですか」


彼は言を詰まらせてしまった。少しだけ肩が揺れ、それから息が詰まったようだった。

彼はそっと隣の私の方に目をやった。いつもよりそれは、驚きによって大きく見開かれていた。


私が生まれたときは所謂、今からすると第五次大戦と呼ばれる戦争が丁度幕を下ろそうとしている時であった。

あれから…あの第二次というそれが終決して陸軍も海軍も解体されて数十年、やがて第三次の大戦が起こった。日本もそれに戦力を費やしたがさして大害を被ることなくまた終わり、それから、ほぼ世紀ごとに彼らは同じような過ち…戦いという名の付くそれを繰り返してきたのだった。ここまでされると、たたかう、というのも人間の常なのだと思わされてしまう。

彼は固まっていたようにも見えた表情をふと、やっと息をついてやわらがせた。その横顔だけでも、彼が私の言に何か意外を抱き、それから理解で飲み込んだという事は私にも察する事が出来た。



「僕は想ったより、……思ったより遠くに来てしまったようだ」


ふぅと息を吐くように、しかし彼は固い発音で音色を零す。

彼は暫く黙っていた。それは、…お世辞や取り繕いをせず、その代わり真っすぐに言葉を考察する時間をとる、いつもの彼であった。


「もう、」と彼は切り出した。ここだけの話だが、という修飾をひとつ挿んでから。


「此処まで来たら言って仕舞おうか。」


風はここにきてひとつも彼の髪を揺らすことも、頬を滑る事もない。空間そのものがぴたりと停まってしまうように思えた。


「僕は、二度目の大戦の後からここに来た」


それは…大変に昔の事であった。少なくともその時代に居るものが、あと三つの大戦を経た私と同じ時空に居られる筈が無いのは明らかだ。

其れ位、遠く、過ぎ去っていわば他人事になってしまった地点であった。


だがしかし、彼のそのひとつの、彼を包む重大な性格を聴いた瞬間、私が彼と会って抱いていた印象たちがふと腑におちていった。酸化した頁がすうと辷って往き道のりを示したようだった。

どこか浮世離れしたような、実体はあるようでどこか掴めない印象。さらりと風と海のような雰囲気を纏い、この世に深い執着は感じられないような、けれども何かを含んでいるような言葉の空白。


彼が抱えていたのは、おそらくそれに関するものだったのだ。それはそうだ、私の想像などが及ぶ筈が無かったのだ。ああ、遠かったのだ。遠い遠いと思っていたのに、これで納得が行った。遠いような近いような、…などと戯言を抱いていた自分が、それこそ遠い過去の、何一つ、何もかもを知らない、幸せな別人の頭に思える。


僕はその、過去からみて二回目の大戦を、ちょっと手伝ったんだ― 彼は云った。



空白をはさんだ。思わず鐘で頭を撃たれたような予期せぬ一瞬の強打を受け、思考がぱあっと真っ白に染まっていた。

…手伝ったというけれど、それは単に協力というものではなさそうだった。彼の言葉はいつも表裏を伴っていたから。


 解ってしまいそうだった。昔の歴史は良く知らないけれど、彼がその一員となっていたことは私にも感じられてしまいそうだった。


「みんな終わらせたかったのには違いない。だが、組織は時に全体利益の弊となる。体面とか集団心理というのが空理を共起に押上げる」


「僕は、…僕は強硬にでも彼を止めるべきだったんだろうか――」


 彼は伏せた顔を覆ったので、それにより語尾がくぐもる。初めてここにきて彼は明確な不安を吐いたのだ。もう糸は切れたようだった。彼の姿勢は告白へと移っていたのだ。ここで彼は、何に囚われるともなく深層を吐露することにしたらしい。

それは意図的なものではなく、自然とそうさせられてしまったようだった。私は、その相手に値するほど、少なくとも信頼、だか慣れだかを許してもらっていたのだろうか。驚いたけれど、本当に嬉しかった。照れくさいようでもあった。

同時に、私は彼の告白を聴くに値するのだろうかと謙遜が過ぎった。しかし彼の横顔を見ると、そう言っていられる場合でもなかった。


ぐるぐると彼は頭で今も考えている。きっともしもが頭を駆け巡って何通りかの演繹をさせている。計算の上手そうな彼の事だからそれは幾分正確で、ほかの地平線をよく映し出している筈だ。


このままだと、彼以外であったら潰れてしまいそうだったが彼であるからそうではなかった。彼は自力で立ち上がった。ベンチに座ったままだけれど、心象はそっと前を向いて一歩踏み出していたのだ。


彼は覆っていた手を除けて顔をそっと晴天へ向けた。蒼空が厭というほど似合っていた。


――云う迄も無いが、君らはまた同じような過ちを、忘れたという頃に引き起こすだろう。だがそれは放っておけばの話だ。手綱をいつも緩めぬことを忘れないで、引き締めるところは引き締めて居れば、そう簡単には流されない筈である――


…それは、彼にとってたしかに「言うまでもない」事であったから、ついに私に言葉として届けられることはなかった。


 その代わりではないが、彼は少し前のめりになって自らの膝に頬杖をついて、ちょっとだけ微笑んだ。


「組織は大事だ。だが、組織が存在理由を忘れて独走したらこれは反逆である」


…これは原理的基礎だが、ともすると人間はこれを忘れ易い。……


そう云った彼の瞳は遠くに焦点が合わされていた。うすら笑んだ目が、文字通り彼のこの世での薄さを表しているように思えた。あまりあっさりした存在に見て取れてしまう。

苦しかった。次々と彼が心層を明かしてくれていることに私は興味深さを確かに覚えていたが、同時に何故かどこかで苦しかった。彼が、その思い出に少なからぬ苦痛を内包していたのがわかってしまったから、変に同調してしまって私も自らの心情を痛めてしまった。


それは嫌なことではなかった。例えれば義務のようなものだ―逃げるのは論外だと思った。ずっと逃げて来た私は、ここで「彼」と向き合いたいと思ったのだ。これが最期になるかもしれない――その思いが幾分私をどこかへと鼓舞した。

どこか……、それは何処であろうか。


「…・・・貴方は、何か思い残されたことがあって、またここにいらしたのですか」


私はずいぶん後ろ向きな質問をしてしまった。それでも、訊きたいことの本質からは外れて居なかった。


「愛していたからね、この国をね」


―言葉に起こせばとても単純な一文だった。しかし彼は、彼はそれに、全幅の感情を仕かけたのだ。真直ぐで疑問を挟む余地もない、純粋な目が青天を見上げて居た。

ああ、ほんとうに好きだったのだな、この一機関が。否、この、目に見えるような見えぬような全体の纏まりが。彼が生まれ育った組織が。自立と高潔で律された矜持が。

空に駆け上がって仕舞いそうなその横顔は遠く見えた。背景の遠きと一致して見えそうだった。そのまま私はガラスの中の陶磁器を見るような気になってしまいそうで、何とも言えぬ喉の詰まりと、蠢いた底の何らかを腹に感じた。

その予感を私は噛砕いて仕舞いたかった。だがそれは予感なんかでは無かった。もうとっくに、疾うに察して居たのだった。彼は硝子瓶の中に居ても可笑しくないような人だって、もうさっき、その決定打を聞いてしまって居たんだ。もう無視する事は已めよう。既に避けられない終わりは近い。きっと彼は、ここに一つの告白を成してしまう。そして胸にまだ何かを秘めながら、此処を去ってゆく。私にそれを引き留ようなどという情は許されない。

――本当であれば、叶うことであれば、引留めたかったのだ。もう愛惜を感じそうだったのだ、彼の横顔に。その空のような透通った佇まいそのものに。


「僕は帝国海軍の葬送人のひとりとなった」


もう已めて欲しかった、此処での彼の存在理由が、彼がまだその出自を告白しない事にあるのだとしたらそれで良いから、それで彼がずっと此処に居る事を許されるのだとしたら、もう言わないで欲しいと、私は後から思えば相当に残酷なことを想ってしまった。ああそれこそが許されない。エゴだ。egoistへの成下がりだ。堕落しないためにも、高潔な感情を保つ為にも、そんな願いを総てへの受諾で上書きせねばならなかったのだ、他でもない彼と向き合っているこの私は。

彼は何を悟ったのか、告白を続けた。それは悼辞にも近く、私はこの晴天にお別れをなすような運命を錯覚した。


「葬儀委員長だっけか。僕は親を葬ったのだ」


字面通りの意ではあるまい。それは自分にも善く解った――ゆったりとした声音は、今は少しだけ、いつもの間を省略していた。ただ言う前に余計に考え込んで、口にするときにはもうすべての文が仕上がっているようだった。それでいつもよりうんとすらすらと言葉が出てきたのだ。


――葬儀委員長、……と普段聴き慣れない言葉を私はふと空気に溶かすように繰り返していた。

彼はこちらが発した音の震えに耳を傾けたようで、目を一瞬、こちらに向けた。優しい口元と共に、彼の主な意識が此方へ向いた。

微笑んでいたのではない、それは哀悼による自然なほころびだった。はなむけの意だった。


「どうか、この願いが手遅れでないことを祈るが、」


どうか、続けて呉れ――――、

そう言って彼はベンチに座ったまま、隣に座す私を抱きすくめた。どうか、…とその後に続く羅列の間に、長くの時が費やされた。その間に、彼は満幅の思いを去来させて、そこに込めて居たのだろう。珍しく息の詰まったような言葉の途切れ方をさせた彼からは、その祈祷の深さが察せられた。

続けて呉れ――……,それは何をか、彼の遺した言葉か、この機構か、…外見と制度は変われどこの国自体か、それとも「現」と付くこの時代か、誰の遺産か――。


あっさりと抱きすくめられた体は、思ったよりも心地よい温かさを持っていた。熱くもない、かといって冷たくもなかった。自分の体温はそうしてありありと感じられたのに拘わらず、どう意識を集中しようとしても、彼の体温というものを感じることはできなかった。

ただその気持ちの柔らかさというものが空気を通じて伝わって来た、そんな気分だった。ここには、地も何も存在しない空気中で、彼に擁かれている私と、彼しか存在しない時空のようだった。そんな変な錯覚を本気で信じ込ませられてしまいそうになる程に、私の請けた衝撃は大きかった。

 思えばこれは彼が私に身を以て觸れた最期の行動だった。


 何処にどう続いていけばいいのだろう。そんな疑問が払拭されてしまいそうになった。彼は安心感そのものの人だったからだ。それに包まれている間だけは、まず茫洋とした空だけを想えていたのだった。他に難しいことを考える気も起きなかった。それは後にしよう、などと楽観にすら襲われるのだった。

 総ては過去の錘。


 彼がその身にずっと背負っていたのはほかでもない、この錘だ。彼に触れて漸くそれが容として見得た。過去だったのだ。沁み付いて離れられそうにもなくなった、否それ自身が彼の形容であるかの様な錘、思ひ出、それであった…。


深く沈んでしまいそうな気になった。彼と共に。深く、時の層の重みへと、深く捕らわれて生みの其処へと。


 しかし、そうはならなかった。彼が私を漸くゆっくりと手放したからだ。私の視界は晴れてあの水色の空に、公園のベンチに意識を引き戻させた。


 一瞬でも、彼にそうして深海へと連れ去られてしまって良いと思った自分が愚かしい。余りに軽かった。彼の抱えているそれは、一時の衝動で溺死出来る程の薄情な気の迷いなんかではない。もう引き返せないほどの、重い決断だったのだ。

そしてそのような決断を、私たちは担ったりするのだろうか。勘弁だと思ったが、彼を前にするとそれさえも義務のように思えてしまうから不思議だ。苦痛が押し寄せてくる事など前提かの様に、その上で我がどう振舞うのか、それからが問題だという信念を持つ様に、…信念などという意図的なものでもない、彼にとってはそれが当たり前で、職務の一部だというように佇んでいたのだった。


「君は、行かなくてはならない。」


彼は言外にそう微笑んだ。口元で大体の遺志が分かってしまうようになるなど、今別れを前にした自分にとっては勿体の無いくらいの親しみであった。これ以上付き合いもないのだとしたら、この貴方へしか使えない特技をどう認識したら良い。…等とは、いたづらな感傷の干渉であり、取るに足りぬ追啓だ。

彼は、身を放した後も暫く私の肩を支えるように掴んでいたその手を、到頭私から離した。


 貴方がハンカチを此処で落としたこと等。最早如何でも良かった。此処に来るのに、彼はどれ程の想いを抱えて来たのだろう。それから、偶然に、この時代の話相手として私を造作無く選んだ彼の心中は、測れそうにも無かったのだ。最後まで、最期まで私は彼を能く識る事が出来なかった。噫。


最期。彼は、漢文めいた言葉を一節だけ残して、私の許から綺麗に御別れをした。

私の知らない慣れない響きだったから、音の纏まりだけが私の周りでざわついたきり、意味など分かりやしなかった。

気付いたら私は一人、ベンチに坐っていた。ただ、一人という気も起らなかった。

 此処には公園の背の高い時計と私ぐらいしか居なかったのだが、確かに遠くからの潮の風を感じたのだ。森を抜けた遠い所。それは空に通ずるかのような、澄んだ香りだった。


 あれから数か月、数年、私はこの短く小さな出来事を、私の生涯の一番大きな思い出として心に仕舞っていた。あの他に、彼のような人が居たのだとしたら、おそらく他の、私のような平凡な少女や青年が、此の様に啓示と愛惜を享けて居るのだろうか。それでも、きっとあの彼の言葉よりは、その意を解り易い言葉であったろうな。と、これを想う度に、気付けば微笑みたくなるような気分に駆られるのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る