奇跡の村

山本てつを

第1話 奇跡の村

 私は一人、旅を続けていた。

 東へ。

 東へと向けて。

 この世を去った彼の最後の言葉を胸に。

 女一人が旅をするのは危険だと分かってはいたが、彼の言葉を確かめる為に私は旅を続けていた。

 私の前には、荒野が広がっていた。木も草も一本も生えていない荒野。

 川は流れを無くし、泉はその乾ききった底を太陽の下にさらしていた。

 現在の地球は、ほぼ全ての土地が同じような荒野となってしまっている。

 私が子供の頃、地球はこのような死の星ではなかった。都会にも人の手で作られた緑地があり、郊外へ出ればそこは人の力より、大自然の力の方が上回っていた。

 木々は天へ向けその枝を雄雄しく伸ばし、草はビロードの絨毯を作り、花が美しさを競うように咲いていた。その間を多くの昆虫が飛び回り、流れる川と泉は、全ての命の源としてそこへ集う者達を優しく抱きとめていた。

 そんな世界が、ある日突然にして終焉の時を迎えてしまった。

 それは自然災害ではなく、人間同士の戦争でもなく、核の暴走などでもなかった。

 私達の平和を打ち壊した物、それは、宇宙からの来訪者による世界破壊。

 ビルはなぎ倒され、ライフラインは切断され、私達の文明の証となる物は全て彼ら爬虫類型巨大宇宙人の足下に踏み潰された。

 山を穿ち、森は焼かれ、美しく生命にあふれた自然も全て破壊された。

 それらの徹底的な破壊は、彼らにとって住みよい星へと地球を作り変える為。

 彼らにとっての、テラフォーミングの為。

 安穏とした地球人に、なす術は無かった。

 しかし、その破壊者達は、ある日消えてしまった。この地球を自分達の理想的環境には改造する事ができないと分かると、あっさりと地球を捨て、消えてしまった。

 その後の地球という星は──。

 破壊のかぎりを尽くされた残滓のみ。

 朽ちた自然の残滓のみ。

 生きる糧を失った、惨めな地球人の残滓のみ。

 僅かに残った自然を中心に、小さな集落を作り、人々は暮らしていた。食料にも水にも困窮しながら。

 私と彼もそんな小さな集落に生活していたが、我々の集落はある夜、野盗に襲われた。

 刹那的な暴力の渦の中、私と彼は奇跡的に逃げ出す事に成功し、身に着けていた服だけを神の恵みとして、新しい地へと放浪を始めた。

 旅の途中、私も彼も飢えと渇きに苦しみながら、それでも僅かな自然の恵みを見つけ出し、命を長らえ過酷な旅を続けた。

 しかし、そんな生活を幾月かおくった頃、彼が病に倒れた。

 憔悴しきった体に、新しく火を灯す様な食料も水も薬も無かった。

 彼の体は痩せ細り、生命力は確実に彼から失われていった。

 集落に住んでいた時でさえ、病に倒れた者が回復をする事などほとんど無かった。それが、今はこんな荒野の上。

 彼は死ぬのだろう。

 覚悟は私の中にできていた。

 そして、彼が死んでしまったら、私もその後を追おうと、その覚悟も固めていた。

 人がたった一人で生きていくのを、この地球という星はもう、許してはくれなくなっていたのだ。

 私達二人に、死の影が忍び寄っていた。

 彼が病に臥せてから数日したある夜、彼は自分の元居た土地の話をしてくれた。

「私達が居た集落へは、逃げてきたの?」

「そうだ。僕が居た村は。……あそこは、人の心を捨てなければ住めない土地だった」

 彼の居た村。そこは緑があふれ、食料も水の心配もする事は無く、優しく穏やかな人々がお互いを助け合って生活している村だと彼は言った。

 まさか。

 今の地球に、そんな所があるはずが無いと私は言った。そんな奇跡のような土地があるなどとは、とても信じられないと。信じられないだろうが、本当の話だと彼は言った。しかし、自分はその奇跡の土地を捨てたのだと。

 なぜ?

 そんな天国のように恵まれた土地を、なぜ捨てる必要があったの? なぜ、わざわざこんな地獄に身を置いたの?

 彼は答えた。

「東へ。ここからただひたすら東へと進むんだ。そこに僕の居た村はある。『エデン』と呼ばれる村が。奇跡の村が。そこへ行けば、全てが分かる。人という生き物の本質も、人間性という物も、何もかもが……」

 それが彼の残した最後の言葉だった。

 次の朝、彼はもう冷たくなっていた。

 私は彼の最期を看取ってあげる事ができなかった。

 彼の存在が消えてしまったと同時に、私の存在もこの世から消してしまおうと決めていた。しかし、彼の言葉が激しく私の胸に残り、私は自ら死を選ぶ事ができなかった。

 私は彼をその場で弔うと、東へ向け、一人歩き出した。“エデン”と呼ばれる奇跡の場所を目指して。

 分かっていた事ではあったが、道程は苦しみの連続だった。こんなに苦しい思いをするのなら、いっそ何もかも諦めて、この体が朽ちるのにまかせようと何度も思った。しかし、私は歩みを止めなかった。

 彼の故郷。

 奇跡の村。

 そこへたどり着いた後でも、死ぬ事はできる。ならば、この目で確かめたかった。彼の故郷を。その奇跡を。

 彼の死から二月ほど、私は海岸線に沿って歩いていた。

 この海岸より東へと行く事はできない。ここは東の果てだった。

 ここへ来るまでに聞いた奇跡の村についての話によれば、海へ到着したなら、今度はその海に沿って北へ向かえという事だった。

 奇跡の村を知っている者たちは、そこへ行く方法を惜しげもなく話してくれたが、必ず

「行くのは自由だが、悪いことは言わない。止めておけ」

 と、言った。

 海は穏やかな表情で私を迎え、その一面に広がる水また水の景色は、私の病んだ命を癒してくれそうに思えた。

 だが、海の近くに植物は全く生えていない。

 生き物は何もいない。

 海風が、マスクを付けていない私の鼻孔と肺を焼いた。

 この海には、ただ一つの海藻も、ただ一つの魚卵も存在しない。

 地球に住まう生物にはただの毒水と変えられた海水の飛沫がかかる海岸線には、命の営みが消滅してしまっていた。

 そうなのだ。

 もうこの地球という星は、どこへ目を向けようが、ただ〝死〟が在るだけ。

 そんな星になってしまっていたのだ。

 奴らは、この星をこんな地獄に変えてしまったのだ。

 私の命がまた少し痩せた。




 海岸へ出て二日。色の無い世界に、突如として生命の色が現れ、そして、満ちた。

 緑。

 そして、色取り取りの花。

 豊かな自然が眼前に広がった。

 ここか?

 ここなのか?

 私はついにたどり着いたのか?

 ……エデンに?

 私の胸に安堵と動揺と覚悟が生まれた。

 やっとたどり着いたという安堵。

 ありえないほどの美しく肥沃は土地への動揺。

 そして。私への村人達の対応の覚悟。

 普通、このような集落は新参者を迎え入れてはくれない。

 ただでさえ少ない資源を、どこからともなく現れた新参者に分けてやる余裕など、今の地球にはどこにも無いからだ。

 エデンは誰でも受け入れてくれると人々は言っていたが、その噂がどこまで本当なのか……。

 エデンが私を迎え入れてくれなければ、私は完全に野たれ死にだ。まぁ、それならそれでもいい。彼がこの世を去った時、この命は捨てる覚悟だった。そして、彼の所へ行くだけなのだから。再び、彼に会えるのだから。

 私は広大な緑地へ足を踏み入れ、民家へと歩を進めた。

 おかしい。

 これだけの集落なら、普通はバリケードで囲われているはずだ。しかし、この村にはそれが無かった。よそ者の侵入を見張る矢倉さえも無い。

 侵入を阻むバリケードも壁も見張りも無く、招かれざる客を撃破するための武装も見当たらなかった。

 村の中は粗末な土壁の民家が、多く並んでいた。粗末と言っても平和な時代の建物に比べてだ。今の世界でなら、十分に頑丈で住みやすい家だ。別天地だ。外から見えるこの村は、エデンの名に相応しい、天国に見える。

 民家の群れに近くなるに従い、私は歩くスピードを遅くした。罠が仕掛けられているかもしれない。しかし、そんな思いは無用だった。私は難なく民家の横までたどり着いた。土壁の民家同士が作り上げる道の向こうに、大型の円筒形の建物が立っていた。村人がそこから、少し濁った色の液体を汲み家の中へと消えて行った。恐らくあれは井戸なのだろう。豊富な水の秘密はあれか。

 そのまま井戸の方へ近付いて行くと、何人かの村人がやっと私に気が付いた。その顔には少しの驚きが浮かんでいた。

 私はそこで立ち止まった。

 無理をして村の奥へ入って行けば、殺される事も考えられる。『出て行け』と言われれば、このまま出て行くつもりだ。命に未練はないが、他人の都合で殺されるのは望んだ死の形ではない。

 私は立ち止まり、村人達の反応を待った。すると一人の若い男が走り出し、村の奥へと消えて行った。この村の長にでも報告をしに行ったのだろう。私は立ちつくし、事の成り行きにまかせた。しばらくすると先ほどの若者と、老人がやって来た。粗末ではあるが、清潔な身なりの人物だ。ひげも剃られ、髪も梳いている。

 私は自分の薄汚れた姿を思い出し、恥ずかしくなった。

 女なのだという事を思い出し、恥ずかしくなった。

 老人は私に近付き、一メートルほどの距離で立ち止まった。

『出て行け』と、言われるのだろうなと予感がした。


「旅のお方ですか?」老人が優しい口調で言った。

「はい。この村の噂を聞き、やって参りました。もし、よろしければ少しでかまいません。休ませていただけませんでしょうか?」私のこんな願いなど、普通の集落ならば笑い話と受け取られ、すぐさま追い出されるか、嬲られて終わりだろう。

 しかし。

「もちろん、どうぞごゆっくりしていってください。あなたさえその気ならば、この村で暮らしていただいてもかまいません。あいにくと今は空き家がありませんが、一月もあれば用意できましょう」老人は微笑んだ。

 私は驚き、すぐに返事を返せなかった。

 私を受け入れてくれる? 流れ者の私を? 本気なのか……?

 老人は私の手を取った。

「今すぐには決められませんでしょう。とりあえず、今日はどこかの家でお休みなさい」

「よ、よろしいのですか? 素性の分からぬ私など……」

「かまいません。ここは祝福されし土地です」

「祝福……。ですか」

「ええ。明後日、この村に奇跡の使者がやってきます。ここに落ち着くかどうかは、奇跡の後にでもゆっくりと考えればいい」

 祝福。奇跡。この村がこれほど潤っている秘密。明後日になれば、その謎が分かるという事か。意外だった。その〝奇跡〟については、隠し通されるものと思い込んでいた。

 誰もを受け入れ、村にとっての生命線だろう〝奇跡〟についても隠す事は無い……。私の考えがどれほど偏狭だったか。それを思い知らされた。

 私は老人の手を握り返し、

「すみません。では、当面明後日まで置いてくださいますか?」と尋ねた。

 老人は笑顔のまま首肯してくれた。


 結局私はその老人──この村の長の家に泊まる事となった。他の家に比べて幾分大きく作られた長の家は、世界崩壊の後に訪れたどの家より清潔で暖かかった。

「少し狭いが、この部屋で我慢してください」

 そう言って通された部屋は私には十分に広かった。そして、驚いた事に、ベッドにはクッションが敷き詰められていた。私はそのクッションに触り、少し力を入れてみた。柔らかな抵抗が手のひらにかかった。

「筋を断ち切った雑草を揉みほぐして乾燥させ、袋の中に詰め込んだだけですが、なかなか良い出来でしょう?」長が微笑みながら言った。

 〝なかなか良い出来〟どころではなかった。世界崩壊後、こんな柔らかな寝床に横になった事など、私には無かった。

「ほ、本当に、こんな立派な部屋に泊めていただいて良いのですか?」思わず聞いてしまった。雨さえしのげれば、外で寝るとしても私には十分なのだから。

「もちろんです。こんな粗末なところで良ければ、ゆっくりして下さい」長は笑いながらそう言い、部屋を出て戸を閉めた。

 ……奇跡の村。人は日々の飲み物・食べ物に苦労をしない生活を送れば、まだこんなにも住環境を快適にできる力と余裕があったのか。

 私は少し緊張をシて、ベッドで横になった。私の体重を受け、クッションが沈んだ。少し草の臭いがした。大きく伸びをした。体中の関節がなった。あれほど追い込まれていた精神的披露も、肉体的披露も、抜けていくのが分かった。

 私は、幸せな気持ちになった。

 人間らしい、気持ちになった。


 その後、私は風呂に入れさせてもらった。温かい湯の風呂に入るのも、何年ぶりだろう。湯は白濁していた。あの井戸の水らしい。他所では命をつなぐ貴重な水が、こんなにも潤沢にあるとは……。本当に奇跡の村なのかもしれない。

 驚いたことに石鹸まであった。手作りの物だろう。香料は入っていないらしく、香りは灰のような臭いだった。しかし十分に泡立ち、私の身体の汚れを落としてくれた。たっぷりの湯で髪をすすぎ、枯れ草で作られたたわしで体を洗った。まさに生き返ったような気持ちになった。

 部屋へ戻り櫛を借り髪を梳いた。おかしなもので、たったこれだけの事なのに、捨て去ったはずの私の中の〝女〟が蘇ってきた。子供の頃は毎日こうしていたっけ……

 一息つくと、次は食事が運ばれてきた。小ぶりな芋の湯がいた物が三つと、大きく厚く切られた肉のステーキが一枚。

「芋の栽培をしているのですか?」私は給仕をしてくれた女性に聞いた。

「はい。少量ですけれどもね。この村は水に困りませんので、比較的日持ちのする、痩せた土でも育つ物を栽培しているんです」女性は笑顔で答えてくれた。

 今の地球で、農業ができる土地はほんの僅かだ。宇宙人の徹底した破壊の為、灌漑設備は全て破壊され、ダムももう無い。この村のように井戸を掘り当てられた土地で、少ししか農業はできなくなっていた。芋は、貴重品だ。

 だが、それ以上に貴重品なのは、この肉だろう。ほとんどの動物が死に絶えたこの世界で、どうやってこれほでの肉を? 一瞬、私はこれが人肉ではないかと思った。しかし、人肉としてもこの大きさの肉は取れないだろう。もっと大きな動物でなければ無理だ。この家に来るまでに見た範囲では酪農をやっている様子は無かった。私は答えてもらえないのを覚悟で聞いてみた。

「この肉はなんの肉ですか?」

「それは、明後日になれば分かりますよ。奇跡の時が訪れれば、あなたの分の肉も与えられます。それまで、答えは秘密です」女性はいたずらっ子の様に微笑を浮かべながら答えた。「後は、水を置いていきますね」女性はそう言いながら、プラスチック製のピッチャーに入った水を置き、部屋から出て行った。水はやはり白く濁っていた。

 肉も水も口にしてよいものか、少し躊躇した。しかし、それ以上に私は飢えて、渇いていた。まず、水を口にした。少し鉄の味がした。しかし、井戸の生水ならばこれくらいの不純物の味はするだろう。かまわずに飲み込んだ。芋は、上質だった。水のおかげか? 肥料のおかげか? 土地自体のおかげか? 滑らかな舌触りが、少し力を入れるとホロホロと砕け、食道を流れて行った。最も口にするのにためらったのは、肉だった。しかし、その焼けた脂の臭いに理性が負け、私は一口分、口へ運んだ。少し固めの肉だ。赤身が多く、脂は思ったよりも少ない。味は、今まで口にした事の無い味がした。一番近いのは鶏肉だろうか? しかし、それよりずっと歯ごたえがあった。ゆっくりと噛み締めると肉汁が口内にあふれた。とても美味しかった。躊躇う心が無くなってしまうほど、美味だった。

 いつしか私はかぶりつくように熱中して食べ、そして飲んだ。満腹は私を幸福感で包んでくれた。


 夜も遅くなり、明かりの火が消されていった。軽く見たところ、村の見張りのような人間はいなかった。

 夜盗が襲ってこないのか?

 これだけの水と食料があり、名もある程度知れ渡っている村が、なぜ襲われないのか?

 この村は本当に他の土地とは違う何かがあるようだ。


 私はその夜、泥のように眠った。



 そのまま、私は長の家に二日間泊めていただいた。その間、一日四回の食事と、毎日の入浴という歓待を受けた。もっとも、この村の人にとっては当たり前な生活らしかったが。

 一日寝ているわけにもいかない。

 私は畑仕事を手伝わせてもらった。豊富な水のおかげで、どの畑も色艶のよい野菜ができていた。人々は皆陽気で、親切だった。もう、私の事を家族の一員のように扱ってくれた。

 分からない。

 私にはどうしても分からない。

 なぜ、彼はこの村を捨てたのか?

 どうして、この村から出て行ったのか?

 ここは本当に、天国と言っていいほどの場所だった。私なら、ここから出て行こうなどとは絶対に考えない。私はこの村が、村人達が、好きになっていた。

 親切で優しく明るい人達が。


 奇跡の日。

 私が目覚めると、家には誰も居なかった。私が外に出ると、村の中央広場に、全ての村人が集まっていた。動きの取れなくなっていた私を長が見つけてくれ、すぐ隣に立った。

「さあ、もうすぐ、奇跡の時がやってきます」長は空を見上げながら言った。

 私も空を見上げた。青空が広がっていた。雲一つ無かった。

 と、その時、一つの光点が現れた。その光点は次第に大きくなり、私達の空の大半を覆った。

「あの光は……」私は思わず呟いてしまった。

 その巨大な光の玉から一筋の光が伸び、中央広場を明るく照らした。その光線の中を巨大な影が下り、中央広場に影を落とした。やがて光線は無くなり、光の玉は消え去っていた。中央広場に立った物体は──。

 身長およそ四十メートル。オオトカゲの様な風貌をした宇宙人──この地球を、徹底的に破壊した爬虫類型宇宙人──だ。

 私から血の気が引いた。こいつらさえ、こいつらさえやってこなければ、平和で豊かな世界のまま、暮らせていたというのに。父さんも母さんも、誰も死なずに済んだというのに……。

 私は震えていた。恐怖? 怒り? そのどちらもだったと思う。震える私の手を長がそっと握ってくれた。長はゆっくりと首を横に振った。

「今日も」

 大地の底から響き渡るような声がした。目の前の、巨大宇宙人が発した声らしい。

「お前達が、この月周を生きられるように、食料を与えよう」巨大宇宙人はゆっくりとした口調で言った。

 食料を与える? 地球をこれほどまでに破壊した者達が?

 私は状況を理解できないでいた。私達地球人を滅ぼそうとした者達が、なぜ、地球人を救おうというのか?

 それに、宇宙人は食料など持っていなかった。光球も去った今、どこから食料を持って来ると言うのだろうか?

 宇宙人は右手を上げた。六本の指、その先の長い爪が日光に反射した。そして、宇宙人はそのままその右手を、爪を、自らの首に突き刺し、真横へ振った。宇宙人の首は胴体と別れ、中央広場に落下した。その傷口から白く濁った水が溢れ出た。宇宙人の体は前後に揺れ、そして大音響と共に、うつ伏せにその場へ倒れた。

 村人がその宇宙人の死体に近付いて行った。よく見れば、手に手にのこぎりや鉈、斧を持っていた。

 大きな樽や桶に宇宙人の体液が集められ、大切に井戸──と、私が思っていた物──へ運ばれ、その中に注がれた。

 残った人々は黙々と宇宙人の死体を解体していた。皮も内臓も目玉も脳も、全ての器官を大切に扱い、どこかへ運ばれて行った。

「こ、これは……」私は呟いた。

「あの宇宙人は──」私の隣に居た長が話し出した。「この世界を破壊した宇宙人は、地球をこのようにしてしまった事を後悔しているらしい。それで、贖罪のつもりなのだろう。毎月一匹の宇宙人がこの地に現れて、己の命を絶ち、私達の水と食料になってくれるのです。こんな場当たり的な事でもして、少しでも、自分達の心を慰めたいのでしょう」

 私は長に視線を移した。長はその手に鉈を持ち、「さあ、あなたも解体を手伝って下さい」と言った。


 ここは奇跡の村。食料にも水にも困らぬ豊かで、心優しく清い人々が暮らす──。

 彼が捨てた村。


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奇跡の村 山本てつを @KOUKOUKOU

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