2.山久と龍吾と西園寺・6月3日

 二人が山久宅に戻ると、朝に龍吾がしていたのと同じように、西園寺が玄関前で煙草をふかしていたところだった。西園寺は二人の姿を認めると「おう」といい、これもまた龍吾と同じように携帯灰皿で煙草をもみ消した。

 山久がドアの鍵を開けると、二人は山久よりも先に室内に入った。この二人、なんとなく似ている。山久はくすりと笑った後、一歩遅れて部屋に上がった。

 三人はそれぞれソファに腰を掛け、まず西園寺が口を開いた。

「とりあえず、聞きたいのは――。そちらの人は友達かな?」

 山久が慌てて紹介する。

「ああ、福井署の刑事で、俺の同級生の堂山龍吾っていう奴だ」

「なんで、刑事がお前と一緒にいるんだ?状況がさっぱり掴めない」

 西園寺はそう言いながらも「俺は日福テレビの西園寺と言います」と龍吾に握手を求めた。龍吾も何故か、丁寧な口調で「あ、堂山です。よろしく」と西園寺の手を握った。山久は龍吾の紹介について補足する。

「今、警察側でも不穏な動きがあるのは知ってるか?龍吾は上司の命令で、今回の事件の真相を探っている。何もなければいいが、県警本部の幹部の動きがどうも解せない」

「それは、俺も感じていた。それで、タッグで追いかけてるって訳か。こりゃ珍しいな」

 西園寺はスーツの右ポケットをまさぐると、メモ帳を取り出した。そして説明する。

「さっき電話でも話したとおり、今回の事件について、俺は最重要な情報を手に入れた。それを説明するには多少時間が必要だ。というのも、北陸新幹線と桜の関係性をより明確にしなければならない」

 西園寺の説明はこうだった。

 桜は北陸新幹線の延伸には反対していた。それは、先ほど山久がラーメン屋ですでに聞いていた話だった。だが、西園寺はさらに先にある、もう一つの事実を掴んでいた。

「新幹線が通る予定の大和地区のルート上にあった、土地や店舗、住宅の中に、桜が所有していた物が多数含まれていることが分かった」

 西園寺はそういうと、こちらの反応を伺っているようだった。

 山久は考えていた。もし、新幹線が通ることになれば、桜が所有していた土地などは全て高額で買収されることになる。桜にとっては美味しい話だ。

 だが、新幹線の延伸には、桜は反対していた。ということはそれだけこの大和地区に対し、思い入れがあったのだろうか。そもそも桜は私利私欲で動くような人間でないことは承知しているのだが。

 西園寺の説明は続く。その土地の店舗や住宅の中には、住民に貸しているものももちろんある。その中で、注目すべきは住宅だった。

 誘拐された荻野修哉の自宅、そこの所有者こそ桜だったからだ。西園寺は桜の爆弾事件、荻野修哉の誘拐事件、代議士の誘拐(現段階では行方不明)事件の三つの関連性が、これで結びついたと言った。

 山久がぽつりとぼやく。

「ただ、そうなると、犯人側の狙いが一向に読めない」

 西園寺は「そこなんだ」と言いながら、大きく頷いた。

「いいか、ここからは俺の推理だ。全くの的外れであることも考えられる。だから、全部を鵜呑みには絶対にしないでくれ。むしろ客観的に見て、どう感じるかを教えてほしい」。   

 西園寺はそう念押しすると、脳裏に浮かんでいた考えを語り出した。

「今回の犯行は、恐らく北陸新幹線延伸を実現させようとしている人間の仕業だと、俺は考えている」

 山久が慌てて問い質す。

「ちょ、ちょっと待て。新幹線延伸を声高に叫んでいる人間は地元の経済界や県政を代表する人間がほとんどだぞ。そいつらがリスクを覚悟で犯罪に手を染めるか?実行犯が捕まれば、そこから関係を追求されることも考えられる」

 西園寺の表情は一切、崩れない。

「そんなもん、県内の大物が集まってるんだ、何とでもするだろう。ま、大物ではなく、小物達の独断による犯行だとも考えられるが。ただ、そう考えれば今回の三つの事件の辻褄が合うんだ。邪魔者となる桜を殺害し、反対する住民の、それも桜と繋がりのある家庭の子供を誘拐して、地元に恐怖心を植え付ける。さらに、新幹線延伸に桜と一緒になって反対していた周辺の国会議員を沈黙させた」

「一つ聞いて良いか?桜周辺の他県の議員は確かに新幹線には反対してたが、何故地元の国会議員まで居なくなったんだ。地元国会議員は桜以外、新幹線には賛成していたはずだ」

 龍吾の意見は的を射ていた。

「そこなんだ。そこだけがどうしても分からない。選挙での票欲しさに表面上は県内の経済界とかに良い顔をしておいて、心の中では反対していたという可能性もあるには、あるが、少なくとも俺が関係者に聞いて回った範囲では、そんな様子は無かった」

 西園寺が一息ついたのを見て、山久は、一番気になっている言葉を口にした。

「JR計画については?」

 西園寺が両手を下に向けて「抑えて」というようなジェスチャーをする。

「まあ、慌てるな。って言ってもここからはJR計画の話だ」

 西園寺はまず、そのJR計画についての情報を掴んだ経緯について話し始めた。

「俺がある県会議員の所へ話を聞きに行った時だった。その人は古株で、桜の父とも接点があった人物だ。もちろん、行方不明になっている代議士について話を聞くためだ。そこでも有力な情報は無かったんだが一つだけ気になる話を聞いた」

 西園寺はここで、煙草に火を付けた。そして一度煙を吐き出して、話を再開した。

「その県議が変なことを言ったんだ。行方不明になった代議士については何も知らなかったんだが、『そういえば、桜さんに最近、声を掛けられた事があったな。確か、JR計画について話さないかとか、なんとか』と。その県議は桜が新幹線延伸に反対していたことを当然知っていたし、県議自身は賛成派の一人だった。だから、その話については、とてもじゃないがと断ったと言った」

 山久は首を捻る。

「別に変な事では無いだろう。違和感を感じるような言葉があるか?」

 西園寺は冷静に否定する。

「それは俺たちがすでに『JR計画』という言葉について聞き慣れているからだろう。俺からすれば、新幹線の延伸計画についてはこれまで一貫して『延伸計画』、または『北陸新幹線』で略されてきた。だが、これまで新幹線の計画を『JR計画』と言っていたのを聞いたことがあるか?少なくとも俺は無かった。だから最初JR計画は何の計画かが気になった」

 山久も「そう言われれば、そうだな」と納得し、再び西園寺の語りに耳を傾ける。

「そこから、俺はJR計画について調べてみた」

 西園寺は再び、煙草を咥え、煙を吸った。吐き出すと同時に言い放つ。

「だけどな、何も出てこなかった」

 龍吾が顔をしかめる。

「何も?」

「ああ。もしこれまでの県内の歴史の中で、そんな計画があるのであれば、すでに掴めていたと思う。だが、史料や関係者の話の中で、その存在を確かめることが出来たかというと、答えはNOだ。JRに関連する計画は山ほどある。だが、そのような名前の計画、それも通称を含めたとしても、俺が見つけられたのは唯一、その県議が声を掛けられた時の台詞のみだ」

 「それで」と質問した二人に対し、西園寺は自身の考えを素早く明かしていく。

「それで、俺はこう考えた。JR計画とは、これまでにあった過去の計画ではなく、桜が独自に描いていた何らかの計画なのではないかと。桜は秘密裏にその計画の実行を企んでいた。だが、犯人側はその計画をなんらかの方法で知り、何らかの理由で止める必要があった。だから、今回、立て続けに事件を起こし、首謀者の桜を殺して、その実行を阻止した」

 山久は「それは考え過ぎじゃないのか」と反対する。

「だって、今の県政課題の一つに新幹線は確実にあるんだぞ。そのJR計画が新幹線の計画じゃなければどんな計画なんだ。桜はただ単に、これまであった新幹線やその他のJRの計画をJR計画と名付けて呼んでいただけという可能性もある」

 西園寺はすかさず言い返す。

「確かにそうかもしれない。ただ、現段階では計画の内容が微塵も分からないんだ。そう考えれば、計画が新幹線の計画だとも決めつけることはできない。JR計画自体が、JRとは全く関係ない計画という可能性も考えておく必要はある。何事も幅広く、すべての可能性を考慮しなければいけない」

 山久は「ふう」と自分を落ち着かせるように息を吐く。

「まあ、お前の言いたいことは分かった。ただ、それが最重要情報なのか?俺にはそれが『自社も他社も無い』というような情報だとは思えないんだが」

 西園寺は煙草を持った右手を左右に振り、「違う」との意思を伝えた。

「いや、確かにJR計画の存在自体は今回の事件の中心にあると、俺は考えている。だが、もっと重要な情報がある」

 山久は一度、唾を飲み込んだ。西園寺はゆっくりと語り始める。

「なあ、おかしいとは思わないか。桜は新幹線に反対していた。そして、今回の事件も新幹線賛成派のものだと考えれば整合性があう。ただ、その桜が話していたJR計画については少なくとも俺が聞いた中では誰も知らない。JRに関連しているのかすら分からない。それもそうだ。反対派の桜が新幹線についての計画を秘密裏に実行しようとしていたというのは考えづらいし、もしそうなら何らかの理由があるはずだ」

 西園寺は龍吾と山久を交互に見やりながら、質問がないのを確認して進めた。

「そこで、JR計画について東京にいるうちの系列局の人間に聞いてみたんだ。もちろん、さっきも言ったようにJR計画に関することは出てこなかった。ただ、一つ気になる情報があった。桜が一ヶ月前に都内のある料亭で福井県選出の代議士達と『勉強会』と称した会合を開いていた。普段、桜は県内の代議士とはあまり接触していなかった。もちろん、国会では顔を合わせていたが、じっくりと話を交わすという意味での会合は、あくまで確認されている範囲でだが、その一回のみだ。その日はたまたま、うちの系列局の記者が桜に取材をしようと追いかけていたんだが、桜が店から出てきた時には酒がかなり入って上機嫌だったらしい」

 龍吾と山久は西園寺の言葉に集中していた。西園寺は身を乗り出している。

「うちの記者が取材をしようと近づくと、桜の他に県内選出の代議士全員がそろっていたらしい。桜は酔っていたのもあって、うちの記者には気付かないまま、『六月八日です。その時に、あなた達の力が必要になるんです。どうかよろしくお願いします』と何度も頭を下げていた。さらに記者が近づき、桜がそれに気付くと表情が一変したそうだ。『お前は誰だ。ここで何している。早く帰れ』と怒鳴られた。普段は温厚な桜がそこまで怒ることは珍しいとその記者は言っていた。だから、その話の内容を覚えていたんだと。六月八日に何か国政に動きがあると考え、後日、桜にその質問をぶつけたんだそうだ。だが、返事は『そんなもん知らん』の一点張り。確かに桜は党内の重要ポストに就いているわけでもなく、新人の何の権力もない議員だ。他の所を回っても桜が関係してそうな事案は無かった。だから、その記者は個人的な事で、桜が他の議員にお願いをしていたのだと考えた」

 山久はこれまで得た情報の中で、警察の上層部の会話、誘拐事件と関連のありそうな警察の人間の会話がいずれも六月八日を基準としていることを西園寺に伝えた。

 西園寺は「本当か」と驚きを隠さなかった。

「俺はその六月八日が重要なターニングポイントだと考えた。その日には確実に何かが起こるはずだと。ただ、山久の言っていることを合わせて考えれば、すべての鍵を握るのは『六月八日』と『JR計画』だ。この二つのキーワードに集約されている。すでに現時点では爆弾事件と二件の誘拐事件が絡んでいる。その六月八日にはJR計画に関連した、さらに大きな何かが起きるような予感がするんだよ」

 それまで黙って聞いていた龍吾はぽりぽりと頭を掻いた。

「確かにそれぞれが集めてきたキーワードがここまで重なることは偶然にはありえない。だが、六月八日に一体何が起きるんだ。JR計画が実行されると考えても桜はすでに死んでいるんだぞ。逆にその計画実行が阻止されたと考える方が自然じゃないのか?」

「俺たちの情報をまとめると、警察上層部はJR計画について確実に知っていると思って良い。その人間たちが順調だと言っているんだろう。しかもそれは誘拐事件が起きた後だし、日付までぴったりと合う。計画についての全容についてはさっぱり分からない。桜が一体何を企んでいたのかも。ただ、桜の死だけでは、計画は中止は出来なかったと考える方が自然だと思う」

 山久も会話に加わる。

「ということは、一連の誘拐事件はJR計画と関係しているのか?」

「そうだな。そう考える方が自然だ。桜を殺した犯人がJR計画を食い止めるために誘拐事件を起こした。要求内容については自然と分かる。桜が計画実行日目前で殺されたんだ。当事者達は当然、計画中止が要求だと考えるだろう」

 ぼんやりとではあったが、少しずつ形が浮かび上がってきた。

「そう考えると、計画はまだ動いているということなのか?」

 山久の問いに西園寺はゆっくりと頷いた。それに続けて龍吾が問う。

「とにかく俺たちは次にどうするべきだと思う」

 龍吾は神妙な面持ちで西園寺の反応を待つ。

「俺の方でJR計画についてもう少し探ってみようと思っている。ここは一旦、バラバラになって、山久はマスコミ側の動きを、堂山さんは警察側の反応を、それぞれ探ったらどうだろうか」

 龍吾は納得したように微笑む。

「なるほど。まあ、それがいいかもな。ただ、八日に何かが動くとなれば、ちょっとの時間も無駄には出来ない」

 西園寺もそれに答える。

「ああ、それは間違いない。後は誘拐事件がどう動くかだが、代議士の方に関しては、警察側では誘拐と発表していない。それは情報を掴んでいるが流していないのか、本当に知らないだけなのかは分からないが」

 山久は二人に向けて、決意の表情を見せる。

「とりあえず、こんなに大事件に遭遇できるだけでも俺たちは幸せだ。しかも、自分たちでその真相を確かめようとしているんだからな」

 龍吾は呆れたような口調で山久を咎(とが)める。

「お前さ、本当に状況分かってんのか?少なくとも一人の子供が命を危険にさらされてんだぞ。楽しんでる場合か」

 山久は申し訳なさそうに謝罪する。

「すまん、すまん。だが新聞記者ってのは事件がでかければでかいほど、脳内でアドレナリンが分泌されるんだ。この日本で日々、大きな事件は起きているが、福井県で殺人、誘拐、失踪が絡んだ日本最大級の事件が動いてるんだ。その中に居て、子供や代議士が無事助かって、事件の解決を見届けることができればこの上ない喜びになる」

「そんなもんなのか?全く、新聞記者ってのは不謹慎な奴だ」

 龍吾には分からない感覚なのだろう。「さあ、俺はとりあえず行くわ」と言って立ち上がった。西園寺もそれに習う。山久は二人を玄関口で見送った。

「また連絡する」

 二人にそう言うと、両者とも同時に「ああ」と言って立ち去った。山久は思った。「見た目は全く違うが、あいつらは生き別れの兄弟だったりしてな」

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革命へのカウントダウン 冬野 俊 @satukisou

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