十 あたしに聞かれても困るって。
夏の駅構内は特有の熱気で淀み、乗り降りする者に不快を強いる。改札を
席で落ち着いてみれば、どうしてか、僕は南水に内情を明かしてしまう。それは半ば予想できたのだが、他方、案外なものを見て最初から気になっていたのを、どうせ嫌がられまいと思うに至り、僕はソファ席に座る南水の胸に目を注いだ。僕が目線で話の腰を折った形で、南水はすぐに気付き、「もっと大きい方が良かった?」と、笑う。
南水はアイスを食べた後のソーダフロート、そのグラスを持ち、ストローでひと口含んでから置き、「あたし、
南水の髪型は昨日会った時と変わらず、ごく明るい金髪を頂点に近しい所で結っている。褐色に焼けた南水の肌、その首にあるチョーカー、焼けていない部分を探せない
不満を引きずるゆえか、南水は厚底のサンダルを履いた足をぶらぶらとさせた。僕の方は、黒のジーンズに白のシャツ、白のスニーカーで、問題もなく飾り気もないという具合ならば、その対比も含めて記憶に残るように思われた。悪い気はせず、僕が嫌な顔をしていないと見て取ったか、南水の方がそれきり話題を戻した。
中途だった話は、名前をぼかしていたのが、行き着いてみれば、今朝、Kがバイト先に向かい、僕は南水との待ち合わせのために出かけて、Iをひとり家に残したとまで話し、総じて、洗いざらいと言って間違いでないという始末だった。
僕の口が軽いのか、南水の人柄が
僕は無意識のうち、少しながら、身を前に出していた。「まず、いい加減に腹を括る。」少なくとも南水に対しては、僕は隠し立てが酷く苦手になると、それが本当なのだ。「ふたりの名前は、Iがイサナ。勇気の勇に、奈良の奈。Kはカリンで、植物の花に、凜とした姿と言う時の凜。」「勇奈と花凛ね。それで?」僕が疑問に思うことは知れていたろう、南水は、
南水はチェリーを口に含み、その種を処理するまでに、
僕は身を引き、さらに椅子の背もたれに背を預け、自身を落ち着かせようと試みた。効き目がないではなかったが、「ここで何もかも肯定はできないけど、参考にはさせてもらう。ありがとう。」
尽くして嬉しいという南水の
この話題を続けても、南水と会った目的から逸れていくのみなので、話を転ずる契機として、「好きな下着の色は明るいブルー。」と、人生で一度も考えたことのない好みを思いつきで話した。「おけ。」という南水の返事をもらって後、これからどう過ごすかについて意見を求めた。そも、僕が南水から小説の着想を得るために待ち合わせたわけだが、一緒に過ごせれば目的は果たせると言うに
スーツ姿の壮年男性は会計を済ませて出て行き、ほとんど入れ違いで、三人連れの老婦が隅の席をお喋りの場とした。僕らのテーブルには、もうひとつ紙のコースターが敷かれ、そこに置かれたコーラに口を付けてから、南水は率直に言った。「腕組みして歩きたい、みたいなことしか出ない。あたしに聞かれても困るって。好きなんだから。」まさか、何を好きか確認するわけにもいかない。デートになるのをどうしても望んでしまうと、そういうことだった。
内容を問わないと言ったのは僕で、南水は以前の言い様からすれば、二番目でも三番目でも当座は不満がないらしく、花凛からも勇奈からも、僕の女性関係に文句は付けないと、間接的にであれ明言されている。さて、誰が心奥で何を抱えているか、結局僕は分からず、ならば配慮もできない。分かるのは、デートを拒む言い分がないことだ。
結局は、口を“×”の形にした兎に報いようと、そう考えられた。ただ僕の執筆に協力するだけで着た服ではないと、それは明白で、「腕組みをするのは趣味じゃないけど、その兎には敵わない。僕が折れる。」そう言った。またぞくぞくさせやしないかと、一抹ほど不安には思った。ここで言い
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