五 結局、あたしって何人目?
海と砂浜、アスファルトの路面、そして晴空、太陽がいくつもある気がしてくる。妙なもので、こうも光に浸されてしまうと、炎天下のうちに涼感を覚えるのだった。打って変わって道の勾配がいかにも急になり、ペダルに重みが絡み付いて尚、それは失われることがない。どうしてこんなことになったのか、単純に流されやすいのか、僕が僕の主体性に疑問を抱く中で、少なくとも叔父の家で煙草を咥えているよりはずいぶん良かったと、素直に思えた。
昼を目前に、単線ゆえの素朴な駅舎を出て、建築物の疎らな通りを歩けば、陽炎すら目についた。目と鼻の先にある商店で何か食材を買っていくべきだろうか。叔父は全くと言っていいほど料理のできない人だから、作らされることもままある。今日のこの調子で自発的に料理を作ろうとは更々思えず、もし本当に何もなければ中華屋の出前を取ろうと決め、横道に折れた。
家屋がちらほらと並ぶ道を行く。歩道のないその道路を前に、残りの三方を畑に囲まれ、叔父の住むアパートはある。小奇麗ではあるがワンルーム、もっとも、独り身に戻った今となっては、それで十分過ぎるのだそうだ。訪ねる旨の連絡はすでに入れてあり、一階の端にある叔父の部屋の前に立つと、僕はためらいなくチャイムを鳴らした。インターホン越しに叔父が応答するものとばかり思っていたのだが、確認のないままドアが開き、僕に、「どうぞぉ。」という声がかかった。そこにいたのは叔父ではなく、僕と歳が近しく、おそらくは下であろうと見える女性だ。着ているものは
フローリングの六畳間に入ると、叔父はデスクトップパソコンに向き合っていた。煙草を咥えながら、安価な組み立て式のデスクに置かれたディスプレイを睨み、何やら仕事をしているふうだ。邪魔をしては悪いという気はしたが、言いたいことは言っておくことにした。「叔父さん、犯罪。」「それについては、プラトニックな関係だとしか言えないな。」叔父は滑らかな手付きでキーを叩いたが、打鍵の音はすぐに途切れ、考え込む仕草を見せた。「
放り出された格好のミナは、ベッドサイドに畳んで置かれた黒のショーツには目もくれず、僕に手を差し出してきた。「あたし、
叔父は画面に見入っており、僕はこのまま話を続けるしかなかった。「ただの興味で聞くけど、その場合、叔父との関係は続けるわけ? いくら僕だって、親類と女を共有するなんてのは真っ平御免だよ。」「うーん、睦人さんより気持ち良いんだったら、がちで乗り換えようかな。」「それじゃ僕に勝ち目はないな。」花凛を満足させていないとは思わないが、叔父というのは相手が悪すぎる。「そうかな。気持ち入ってたらそれだけで感じるし、いい勝負というか、普通にしてたら勝つと思うけどな。あ、高校生の普通でね。どう?」はっきり言ってしまえば、僕より場数の少ない高校生が大半だ。「僕が勝つだろうね。」「あ、言っちゃう。」「僕はさり気なく告白されたってことでいいのかな。しかも、かなり本気の。そうでもなきゃ、僕がベッドで叔父に勝つなんて考えられない。」こうも開き直れるのは、
海を見下ろす岬に僕と南水がいて、空があり、熱がある。汗の絶え間ない体と、涼しい表情で並ぶ自転車がある。何のためにここに来たのかは、もう忘れていた。僕は景色を見ていたが、南水は僕を見ている。
叔父に買ってもらったというマルボロメンソールを喫しながら、僕の話を聞き終えた南水は、「それって、結真があたしに本気で惚れて、あたしがその親友だって子の取らないでを跳ね除けられれば、全部丸く収まるってことだよね。」と、真っ先に正解を言った。「あ、言っとくけど、あたし、男はいつもひとりだからね。もしもの時、誰の子か分かんないの、嫌じゃん。」僕は僕で、叔父から半ば強引に奪い取ったセブンスターを咥えた。「そういうわけだから、まあ、結真なら考えなくもないけど、でも、できれば次の生理が来てからにして。」何をするつもりでいるのか尋ねるほど野暮ではなく、しないと断言できるほど清い生き方はしてこなかった。結局、何も言えることがない。
話が途切れた後で、南水は自分のことを言った。「睦人さんは、
南水の瞳は強く僕を捉えたまま。それは南水が南水自身に、僕からぶれない証を捧げたいがため、そんなふうに思える。「そう。その一、好きだけど好かれてない人、その二、最高の友達、その三、好きじゃないけど好いてくれる人。ね、そうじゃない?」いくらか、腑に落ちるところはあった。「僕に選ぶ気があるなら、そうなるね。」
出掛けにリップクリームで色をつけた唇、開かれるそれを、光が
潮でざらつく風は、
まさか告白されるとは思っていまいが、南水は空気の変化を鋭く感じ取ったようで、唇は煙草を挟んだまま動かず、瞼は
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