番外編 スター・ストライプ・バーガー
ハンバーガー。
それは肉を固めたパティと多少の野菜をバンズと呼ばれるパンで挟んだ、肉、野菜、炭水化物のすべてを摂取できる完全栄養食である。
「果たして本当にこれは完全栄養食なのだろうか……」
「先輩どうかしたんすか?」
バーガーの袋を見下ろして訝しむトシヤを、それらを買ってきた張本人、アマトが覗き込んでくる。トシヤは目をそらした。
「……いや、なんでもない」
数十分前、トシヤの目の前では相棒のミィと、先輩であるロウ。それから彼のネコである17番が机を囲んでいた。
ここは特務課拠点の詰め所。発症者に関する事件を収束させた後、念のために残された捜査官が待機する場所だ。
事件収束からゆうに三時間。飯時直前の事件であったため、どうしても腹の虫はきゅうきゅうと鳴いてしまう。こればかりはいくら体を鍛えようとどうにもならないことなので仕方がない。
しかし待機している以上はこの場を離れるわけにはいかない。この拠点のほんの数十メートル先には飲食店街があるというのにもどかしい。
知らずのうちに軽く腹を押さえて空腹をこらえていると、詰め所の扉がいきなり開かれた。現れたのは何が楽しいのかにこにこと上機嫌な後輩、アマトの姿だ。
何たる僥倖、カモにネギ。トシヤは立ち上がりアマトの肩をガシッとつかんだ。
かくしてアマトは栄えあるパシリに選ばれたというわけである。
「ほんと人使い荒いっすよねぇ。俺はただ詰め所を覗きに来ただけだっていうのに。はいコーラ」
「空腹の俺たちの前に現れたのが運の尽きだ」
「詰め所に入ってみたらいつもの五割増しで怖い顔した先輩がいるんすもん。正直ちょービビりましたって」
「空腹は人の心を荒ませるからな」
「そんなレベルじゃなかったすって」
ぶーぶー言いながらアマトは袋から次々にハンバーガーとサイドメニューを出していく。
「悪いなあ、俺たちの分まで買ってもらって」
「いえいえ! お金は先輩持ちなので! お安い御用っすよ! はい、ダブルバーガー」
ロウはトシヤたちのやり取りを見て苦笑いをしていたが、もらうものはしっかりともらっている。次々に袋から出されていくバーガーを見つめていたミィは、手を上げてアマトに主張した。
「ミィ、メロンソーダとチーズがいいー!」
「ひぃ! どどどうぞ! あります、ありますよお!」
いつも通りビビりながらアマトはミィの前にもバーガーを置く。チェーン店のバーガーにしてはかなり大振りのもので、それだけでおなかがいっぱいになりそうだ。ミィは期待で目を輝かせた。
「あの、17番さんはどれにします……?」
おそるおそるアマトはそう尋ねる。17番は彼に冷たい目を向けながら口を開きかけた。
「いえ、私は」
「17番はこういうものを食べたことはないだろう。嫌でなければ一度試してみるといい」
「マ、マスターがそう言うなら……」
もごもごと言う17番に不審な目を向けながら、アマトはロウに言われたままにシンプルなバーガーを17番の前に置く。
トシヤはハンバーガーを見つめて複雑な気持ちになっていた。
確かにテイクアウトで一食分になるような食べ物はハンバーガーが代表格だろう。だけど普段のアマトのことを思うと、やっぱり食生活が心配になってしまう。
こんなものばかり食べているとそのうち体を壊してしまう。やはり今度自炊の仕方を教えるべきか――
「先輩、食べないんすか?」
ポテトに手を伸ばしながらアマトは尋ねてくる。その隣では俺のことを待っていたミィがうずうずとこちらを見つめていた。
まあいいか。ジャンクであろうがジャンクでなかろうが、食べ物に罪はない。
トシヤは手を合わせた。
「いただきます」
「いただきます!」
嬉しそうに復唱し、ミィは慌ててチーズバーガーを手に取る。赤のストライプに青の星のついた包装紙をむくと、中からはほかほかのバンズと、湯気を立てるパティが姿を現した。
合成香料のかぐわしい香りが鼻をつく。薄っぺらい肉も、申し訳程度に添えられたレタスも、空腹の今ではごちそうそのものだ。
ミィは大きく口を開けると、勢いよくバーガーにかぶりついた。
かぶりついた、のだが――
「お肉逃げちゃう……」
「ああー……31番はバーガー食べるの初めてだったんすねえ……」
バンズばかりが口の中に入り、肉や野菜は奥のほうへと逃げていってしまったのだ。ミィは何度かチャレンジしたがどうにもうまくいかないようで食べ進めるごとに不機嫌な顔になっていく。
仕方ないな、と思いつつトシヤもバーガーへと噛みついた。のだが――
「んぐ……」
こちらも具が奥へと行ってしまい、最初の一口ではあまり肉が口に入らなかった。
ふとロウと17番に目をやると、二人もバーガーがうまく食べられず悪戦苦闘しているようだった。
ロウは側面から具がこぼれかけているし、17番にいたっては、深追いしすぎて口の周りがべたべたになってしまっている。
「意外と難しいな……」
「むぐ、んぐ……」
「喋るのは飲み込んでからでいいぞ、17番」
「……はい、マスター」
ごくりとハンバーガーを飲み込んで、17番は首を縦に振る。ロウがハンカチを差し出すと、17番は申し訳なさそうな顔をしてそれを受け取った。
「皆さん食べるのへたくそっすねぇ……」
アマトの発したあきれた声に、思わずむすっとなって彼をにらみつけてしまう。
「ひぃっ、怒らないでくださいよ事実じゃないっすか」
「怒ってない。イラついただけだ」
「それを怒ってるって言うんすよ……」
「じゃあアマトは食べるの上手なの?」
「ひあっ」
いつの間にかアマトの足元に近寄っていたミィが彼を見上げる。アマトはなさけなく悲鳴を上げた。
「……いい加減慣れないか?」
「無理っすよぉ、無理無理……怖いものは怖いんすもん……」
「で、結局アマトはハンバーガー食べるのが上手なのか?」
食べる手を止めていたロウが重ねてアマトに尋ねる。アマトはうっと言葉に詰まった後、軽くため息をついた。
「ええとですね、皆さんそのまま食べるからこぼれるんすよ」
「ほう」
「じゃあどうやるの?」
「それはですね……こうすればいいんすよ!」
アマトは自分のハンバーガーを取ると、上下から手の平でぎゅっぎゅっと押しつぶした。そうしてから彼は大きく口を開けてそれにかぶりつく。ハンバーガーの具はこぼれてこなかった。
「アマトすごーい!」
ミィは目を輝かせ、アマトは得意げに胸を張る。それを見たトシヤたちはアマトの真似をしてぎゅっぎゅっとハンバーガーをつぶし始めたのだが――そこでトシヤはふと冷静になった。
いい歳した特務捜査官とネコたちが真剣な面持ちでハンバーガーをつぶしている。間抜けだ。間抜け以外の何物でもない。
なんだこの状況。
トシヤは一瞬遠い目になったが、すぐにそのことを気にしないようにして、自分もハンバーガーをぎゅっと押しつぶしたのだった。
(おしまい)
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