エピローグ 下ごしらえはしっかりと
一週間後、平時はネコしか入ることが許されない女子会会場に、トシヤとロウとアマトは招かれていた。そして、そこで告げられた内容にトシヤは腰を浮かせて大声を出してしまった。
「ええっ!? じゃあミィも17番も今回の作戦のことは知ってたんですか!?」
「詳細は知らないさ。途中からアドリブだったからね。でも33番の正体は知っていたよ」
飄々と答える5番殿に呆気にとられた後、トシヤはバッとミィを振り返る。
「んー?」
ミィはきょとんとしながら机の上に用意されたクッキーを頬張っていたが、ごくりとそれを飲み下すと、トシヤの視線に手を上げて答えた。
「だって何度も女子会で会ってるもん!」
ミィの隣に座っている17番がうんうんと頷く。追い打ちをかけるように5番殿は言葉を続けた。
「トガクは私から君たちへのお助け人員だったし、ロウもその顔だとなんとなく気付いてたんじゃないかな?」
「まあ……」
ロウはトシヤの顔を申し訳なさそうに見ながら、ぼそぼそと答えた。
「5番殿が関わってるんじゃないかな、ぐらいには……」
盗聴器があるといけないので言いませんでしたけど、と付け加えられ、トシヤは脱力して自分の椅子に腰を下ろして顔を覆った。
「知らぬは俺ばかりか……」
「先輩先輩、大丈夫です。俺も騙されたクチです」
アマトが椅子を寄せて慰めてくる。トシヤはそれを手で追い払った。
5番殿は微笑ましくその様子を眺めた後、持っていたカップをソーサーに戻して、全員の顔を見回した。
「さて、みんな」
5番殿の真剣な眼差しに、その場の全員は姿勢を正す。
「疑問に思ってるところも多いだろうから、今回の顛末を一から説明しよう」
5番殿はぴんと三本、指を立てて、それをぴこぴこと動かした。
「特務課には三つの派閥が存在する。ネコの権利を守る『ネコ派』、ネコの権利を守らず、人体実験を推し進めたい『猟犬派』、その間の『中立派』の三つだね。これは君たちも肌で感じているだろう?」
トシヤたちはこくりと頷く。その中でミィだけはきょとんと首を傾げていた。
「最近、猟犬派の連中が私を引きずりおろしにかかろうとしててね、その動きを察知した私は布石を打ち始めたというわけなんだよ」
5番殿はすっと17番とロウを指さした。
「17番とロウは元々中立派の子だった。それをネコ派に引き入れ、裏切りに備えたんだ」
トシヤは少し考えてそれが何を指しているのか思い至った。5番殿が言っているのは、17番とロウのデートの件だろう。5番殿は眉尻を下げながら17番を見た。
「イナちゃん、君の気持ちを利用してごめんね」
「……別にいいです。薄々そうじゃないかとは思っていましたから」
「ありがと、君は優しいね」
17番はふい、と顔を逸らした。5番殿は優しい顔でそれを見ると、話を続けた。
「そしていよいよヤバいと思った私は、キナくさいなーと思ったところに私からのスパイを配置したというわけなんだ」
5番殿は自分の椅子の後ろにまるで執事かメイドのように立つ33番――本当の名前は10番を指さした。
「そのうちの一人が33番――つまり10番というわけだね」
10番はぺこりと頭を下げた。トシヤはつられて10番に頭を下げる。
「それにしても奴らがまさか君たち二人に冤罪をかけるとは思わなかった。大っぴらに動くわけにもいかずに保護できなくてごめんよ」
手を合わせて首を傾げて5番殿は謝ってきた。そのあざとい仕草に微妙な気持ちになりながら、トシヤは「はぁ」と生返事をした。
「君たちが逃げ隠れしてくれていればそれでもよかったのだけれど、君たちって相棒のこととなるとそう冷静でもいられない性質だろう?」
5番殿は指をぴんと立てたまま、ぐるぐると回した。
「だからもののついでに拠点摘発の囮に使わせてもらった。それだけのことさ」
こともなげに言う5番殿にトシヤは再び微妙な顔になった。この人は――いや、このネコ様は、その言葉が意味するところを本当に分かっているのだろうか。分かっているのだとしたら、本当に非情なネコだこの方は。
「でもさー、見事にトカゲのしっぽ切りされちゃったねえ」
たはーと5番殿は笑いながら、背もたれに体を預けて上を見る。その表情は一瞬だけ今にも舌打ちしそうな険しいものに変わり、すぐにいつも通りの笑顔になった。
「まあそれはともかく」
5番殿はトシヤたちをぐるりと見回す。
「君たちが無事でよかったよ、本当に」
トシヤはそれを見て、どうにも憎めない人だなこの方は、と考えていた。そして――
――利用されたのは事実だとしても、自分たちを想っての行動だということは信じてみたいと思ったのだった。
トシヤはそんな自分の甘さに大きくため息を吐く。この方の下にいる限り、きっとこういう目に遭い続けるのだろう。トシヤはちらりとミィを見る。ミィは相変わらず楽しそうにクッキーを頬張っている。
まあいいか。その度になんとかしていけばいい話だ。そんな楽観的な気持ちになってしまい、トシヤははぁとまた大きなため息を吐いた。
5番殿が何かを思い出したようにトシヤに声をかけたのはその時だった。
「あ、ところでトシヤ」
「は、はい」
完全に気を抜いていたトシヤはびしっと背筋を正して5番殿を見る。すると5番殿は今まで見たこともないほど綺麗な笑顔でこう言い放ったのだった。
「今度マフィン作って持ってきてくれないかな? あ、これ、上官命令ね」
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