エピローグ02 収容所にて
「灰の街」の郊外、特務課の所有する建物群のさらに西端。そこに、限られた人間――そしてネコしか知らないその収容所はある。
収容所の取調室。ガラスの向こうに座るシンゴに5番殿は首を傾けて尋ねた。
「特務課の機密漏えい、ネコ2人の誘拐、捜査官とネコを害する行為。これが君にかけられた容疑だ。……さて、ここまでで何か異論はあるかな、シンゴくん?」
シンゴは強い憎しみを込めた目で5番殿を見た。彼の両腕は後ろ手に拘束されており、その後ろには刑務官が二人控えている。言葉を発しようとしないシンゴに、5番殿はにやりと笑いかけた。
「ああそうだ。君の言い分があるなら聞こう。聞くだけだけど」
シンゴは歯ぎしりをすると、5番殿を強く睨みつけながら、絞り出すように言葉を発した。
「ふざけるなよ、5番。人間でもない癖に人間ヅラしやがって……」
5番殿は涼しい顔でそれを受け止める。
「お前がネコの権利だなんて馬鹿げたものを主張しなきゃ、もっとカミガカリ病の研究は進んだんだ! そうすれば父さんも母さんも兄さんだって……!」
「なるほど。君の気持ちは痛いほど分かった」
5番殿はもっともらしい表情でうんうんと頷いてみせた。その様子にシンゴは一瞬呆気にとられる。しかし、5番殿はすぐに表情を消すと、口は笑みの形を保ったまま、ガラス越しにシンゴの顔を睨みつけた。
「……だけどこっちも生きるのに必死でね。悪いけど君の意見を採用する暇はないんだ。……それにね」
彼女の爛々とした目が光る。
「いくら実験をしたって、カミガカリ病の研究は進みやしないよ。そうなるように300年前に『作られた』んだから。今の技術じゃ無理無理!」
「なっ……」
けらけらと笑いながら、軽い調子で5番殿は宣告する。そうしてからひらひらと手を振ると、刑務官へと目配せをした。
「さ。話はもうおしまい。連れてっちゃっていいよー」
「待て、まだ話は――」
刑務官に両脇を抱えられ、シンゴは扉の向こう側へと消えていく。
「くそ! このっ、ネコがぁああ!」
*
収容所の外、灰と雪が混じって降る道へと、5番殿はフードもかぶらずにに歩き出した。彼女はもう二度とシンゴと会うことはないだろう。この街に一度反逆した者を、生かしておく意味などないのだから。
「はー、外は冷えるなあ」
体全体をぶるっと震わせて、5番殿は大袈裟に腕をさする。そうしてからふと立ち止まり、空から降る灰と雪を見上げた。
「思い出すねえ、300年前のあの日もたしかこんな雪が降ってた」
雪の欠片が5番殿の鼻先に落ちて、溶けていく。5番殿は目を細めた。
――生きるために最善を尽くせ。己の信念を見失うな。それがたとえ……己を慕う相手だったとしても。
「ああ、忘れやしないさ。大丈夫、私はまだお前の側にいるよ」
「……そうだろう、ヒミコ?」
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