最終話 ごちそうさま。お代は全てあちらの方に。 06

 トシヤたちが足を踏み入れたのは数ある灰製造工場のうちの一つ。第十七プラントだ。工場までの警備はトガクの身分証でなんとか入ってこられたが、ここからはそうはいかないだろう。


 取っ手をひねり、ドアをそっと開く。激しく降る灰が吹き込まないようにドアは二重になっており、三人は全員が建物の中に入ってから、二つ目のドアを開けた。


 扉の向こうは無機質な広い廊下に繋がっていた。入ってすぐの右手には、警備員室らしき窓がある。


「堂々といきますよ」


 トガクのささやきに、二人は頷く。そして自然と曲がってしまっていた腰を伸ばすと、拳銃をしまい、何食わぬ顔で警備員室の横を通り過ぎようとした。しかし――


「あーちょっと君たち君たち」


 立ち止まり振り向くと、警備員室の窓からは、制服を着た警備員がこちらを覗きこんでいた。


「駄目だよ、外部の人間が入る時は入館届を書いてもらわなきゃ」

「すみません、知らなくて。……こちらに記入すればいいんですか?」


 咄嗟に笑顔を作り、窓に近付いたトガクに従い、トシヤたちも警備員室に近付く。トシヤはアマトの袖を引いた。


「……アマト」


 それだけでアマトは何を求められているのか理解したらしく、そっと身をかがませ、警備員室のドアの前へとしゃがみこんだ。そして端末を取り出し、投影したキーボードを素早く叩き始め――ほんの数十秒後にはがちゃりと音がしてドアの鍵は開いた。


 アマトはトシヤに目配せをする。トシヤはさりげなくドアの方に歩み寄ると、拳銃を取り出し、アマトに向かって3本の指を立てた。


 3、2、1。指を順々に折って、トシヤとアマトは一気にドアを押し開けて中に突入し、咄嗟に動けないでいる警備員に拳銃を向けた。


「動くな」

「ひっ……」


 情けない悲鳴を小さく上げ、警備員は両手を上げる。トシヤはゆっくりと警備員に歩み寄ると、後ろを向かせ、彼の両手を後ろ手に手錠で拘束した。それを見守っていたアマトは小さく手を叩く。


「おおー。先輩、強盗の素質バリバリっすね」

「アマト、黙ってろ」


 足首にも手錠をかけ終わったトシヤは、監視カメラの映像が映し出されているモニターへと歩み寄った。自分にはさっぱり分からないがアマトならあるいは――


「アマト、ここから内部の情報を抜けるか?」

「はいはーい、待っててくださいねー」


 アマトは軽い足取りでモニターの方へと歩み寄ると、その下部に設置されたキーボードへと手を伸ばした。タイピング音が響くこと数分、アマトは不意に手を止めてモニターを睨みつけた。


「……駄目っす。ここからじゃアクセス権限がない」

「どこからならできる」

「サーバー室なら恐らく」

「そうか」


 奴らが何者かは知らないが、悪事の証拠さえつかんでしまえばこちらのものだ。トガクに頼んで、特務課か管理局へと告発すれば、自分たちの潔白は証明できる――はずだ。


 トシヤは壁にかけてあった警備員の上着を漁り、内ポケットから一枚のカードを取り出した。


「これがマスターキーか」


 そうしている間に、トガクは警備員の胸倉を掴み上げていた。


「ここの工場のサーバーと更衣室はどこですか」

「だ、誰が教えるか」


 トシヤはさりげなく拳銃を取り出すと、撃鉄をカチャッと鳴らした。警備員は青い顔になった。


「ひ、ひい……机の中に地図があります」


 その言葉にトシヤは引き出しを開けると、迷いなくその中を漁り始めた。そんなトシヤを見てアマトはぼそりと呟く。


「先輩、やっぱり強盗の素質あるっすよ」

「アマト、うるさい」





 更衣室から制服を拝借したトシヤたちは、それを着て工場内を堂々と歩いていった。時折、仕事中の作業員のいる部屋も通り過ぎたが、誰もトシヤたちを気に留める様子はなかった。


「アマト、頼んだ」

「任せてください」


 サーバー室まで順調に辿りついたトシヤはアマトに目配せをした。アマトはサーバーの内の一つに駆け寄ると、端末を接続し、中の情報を漁り始めた。その間、トシヤとトガクは服の中に隠した拳銃に手をかけながらサーバー室の外を警戒し続ける。


「出ました!」


 アマトの声にトシヤは入口付近にトガクを残して、アマトに駆け寄った。アマトが睨みつける端末には、2つのファイルが開かれていた。そこに表示されていた名前に、トシヤは目を細める。


「これは――教団と、ホウライ商事……?」

「こいつらがバックについてるっぽいっすね」

「みたいだな。コピーを頼んだ」

「今してるっすよー」


 アマトが指さした先では進捗バーがゆっくりと増加しているところだった。順調にコピーは進んでいるようだ。トシヤはほっと胸を撫で下ろし――その直後に鳴り響いた警報音に身を強張らせた。


 ビーッ、ビーッ!


 けたたましく鳴る警報音にトシヤはトガクに駆け寄る。


「どうやら見つかったようです」

「アマト、行くぞ!」

「待ってください、あと10パーセント!」


 やけにゆっくりと感じる進捗バーの増加を待ち、それが完了した瞬間、アマトは叫んだ。


「できました!」


 勢いよく端子を引き抜くと、アマトはトシヤたちに続いて部屋の外へと走り出る。警報音は依然けたたましく鳴り響き、トシヤたちの足を急がせた。しかし――そんな三人の行く手を遮るものがあった。防火シャッターだ。


「くそっ!」


 目の前で閉まってしまったそれに足を止めると、トシヤたちは別の道を探して駆け出した。だが、それを嘲笑うように、トシヤたちの行く先々でシャッターは閉められていく。


 やがて袋小路らしき場所に追い詰められた三人は、最後に残されたドアにマスターキーをかざしてその中へと駆け込み――その中に広がっていた光景に目を見開いた。


「ここは……」


 やむを得ず入ったそこには巨大な空間が広がっていた。天井は高く、部屋の幅も少なくとも20メートルはありそうだ。だがそれだけではない。その空間の中には建物が立ち並び、「灰の街」を再現していたのだ。


「工場内にこんな場所があるなんて……」

「恐らく工場建設時から彼らの悪事は計画されていた、ということでしょうね」

「だが、これはまさか……」


 トシヤにはこの場所に既視感があった。巨大な空間、再現された街並み。これではまるで――ネコが訓練を行う実験場じゃないか。


「あ、あんたら、もしかして外の人か?」


 不意に響いた声に、トシヤたちはいっせいに拳銃に手をかける。しかしそこにいたのは、何の武装もしていない一人の男だった。一つだけ奇妙なところがあるとすれば、その男の首につけられた大きな首輪だけ。トシヤは警戒をしながらも尋ね返した。


「そうだが……アンタは?」


 すると男はパッと表情を明るくして、トシヤたちに駆け寄ってきた。


「助かった! 俺、街のスラム付近に住んでたんだけどよ、ここに無理矢理連れてこられてもうどうしたらいいか分かんなくなってたんだ!」


 トシヤたちは顔を見合わせた。まさかここの施設の連中に誘拐されてきた市民なのか?


 その疑問をトシヤが口にしようとしたその時、天井付近に設置されたスピーカーから無機質な声が響き渡った。



『――実験を開始します』



「痛っ、なんだ、首に何か……うぐっ……」


 男は首を押さえると、身を丸めて苦しみ始めた。咄嗟にトシヤは男に駆け寄ろうとしたが、その肩をトガクは掴んで押しとどめた。


「痛い、痛い痛い、なんだこれ、うわああ……!」


 しゃがみこんで苦しむ男を、トシヤたちは少し離れた場所で見る。そうしているうちに男の体には変化が起こっていた。肩は盛り上がり、手足は肥大化し、口は裂けていく。体中に鱗が浮かび上がり、口には牙が生えそろっていく。


「あああああ!!」


 最後に大きな悲鳴を上げた後、男はよだれを垂らしながらトシヤたちを見た。

 その姿は――「ヒミコ」の発症者に変わり果てていた。

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