最終話 ごちそうさま。お代は全てあちらの方に。 05
灰色の壁に囲まれたがらんどうの部屋の中、そこにミィと17番は手足を拘束されて転がされていた。さらわれてきた当初は縄だった拘束も、今では太い電子錠になっており、とても引き千切ることはできそうにない。
17番は最初のほんの十数分ほど手錠を外そうと試みていたが、やがてそれが無駄だと悟り、手足を脱力させて寝転がっていた。とにかく今は体力を温存しなければ。逃げ出すチャンスを見つけてここから逃げるためにも。
一方のミィは相変わらず両手両足の手錠を外そうと躍起になっていた。引っ張ってみたり、噛み千切るために頭を近づけようと試みている。確かに普段のミィならばこの程度の拘束はあっという間に破壊できるだろう。しかし二人はここに連れてこられた時から、謎の倦怠感に襲われていた。
恐らくは――ネコを無力化するための薬が撒かれているのだろう。ヒミコがあれば無理矢理に化物の姿になることもできるだろうが、携帯していたヒミコは全て拘束時に取り上げられてしまった。このままでは――
最悪の事態が脳裏をよぎり、17番は歯噛みする。その時、抵抗を続けていたミィがふとうなだれ、17番に声をかけてきた。
「イナちゃん」
17番は起き上がり、ミィを振りかえる。ミィは不安そうに瞳を揺らしていた。
「大丈夫だよね、トシヤたち、無事だよね」
泣き出しそうな声で尋ねられ、17番はぐっと言葉に詰まる。浅く息を数度して、やっとのことで答えを吐き出した。
「無事に決まっているでしょう」
吐き出した言葉は震えていた。
「マスターがこんなことで死ぬはずがない」
そうだ、あの人がそう簡単に死ぬものか。これまで何度も危機を乗り越えてきたんだ。今度だってきっと大丈夫――
そうやって自分にそう言い聞かせていたその時、それまで固く閉ざされていた部屋の扉は音もなく開いた。入ってきたのは男と少女――シンゴと33番だ。
「何故ですか。何故私たちを裏切った!」
17番は声を張り上げる。シンゴはそんな17番をせせら笑った。
「逆に俺が裏切らない理由がどこにあるんだよ」
シンゴは17番とミィに歩み寄ると、冷たい目で二人を見下ろした。
「父さんと母さんは管理局に連れ去られ、たった一人の兄も特務課に殺された。全部カミガカリ病のせいだ。全部、ネコの権利がどうとか言って、カミガカリ病の研究を躊躇ってるお前らのせいだ」
傍らの33番の頭をシンゴは撫でる。
「知ってるか? 兄さんは発症者になった後、自分の相棒に――ここにいる33番に殺されたんだぜ? 残酷な話じゃないか。なぁ、33番?」
「わ、私は……」
33番は震えながら目を伏せた。
「マスターのためなら何だってする。もう後悔はしたくないから」
17番はそんな二人をじっと見つめていたが、やがてため息を吐くように言葉を吐き出した。
「……そうですか」
思いのほかすんなりと納得した17番に、シンゴは困惑する。しかし17番は言葉を続けた。
「あなたの気持ちはよく分かりました。……ですが」
17番の鋭い目がシンゴを射抜く。
「シンゴ。あなたのやり方は間違っています。あなたはもっと正しい手順を取るべきだった」
「……何?」
その視線にシンゴは少したじろぐ。17番は拘束されているとは思えないほど強い眼差しで言った。
「あなたにはしかるべき裁きが下されるでしょう。あなたには言い訳は許されず、ただ粛々と処分されるでしょう。――あまり特務課を甘く見ないことです」
一気にシンゴの顔色が変わり、シンゴは思いきり17番の腹を蹴りつけた。17番の小さな体が跳ね上がり、床に転がる。ミィは悲鳴を上げた。
「イナちゃん!」
「このっ! 偉そうに! 化物が! 人間ぶってんじゃねえよ!!」
シンゴは繰り返し足を振りおろし、17番を蹴りつけていく。その様子を33番は静かに見守っていた。
やがてぴくりとも動かなくなった17番の髪の毛を掴んで、シンゴは彼女の顔を上向かせた。
「お前らは今から実験材料にされるんだよ。カミガカリ病から人間様を守るために、生きたまま解剖されるんだ」
*
街外れに建つ灰のプラント群。その中の一つの裏口にトシヤたちは張り付いていた。灰の噴出孔が近い分、降りしきる灰の勢いは強い。あっという間に灰まみれになっていくコートから灰を振り落とすと、トシヤはドアの前でハッキングを続けるアマトを見た。
ここにいるのはトシヤ、アマト、トガクの三人。ともに可能な限りの重装備だ。
この場にロウがいない理由を思い、トシヤは空を睨みつけた。
数時間前、アマトの情報によりミィたちが連れ去られた場所を突き止めたトシヤたちは、現場とみられる工場に潜入するための準備を整えようとしていた。
「待て、まてまてまて!」
情報屋の焦った声が響き、トシヤたちは振り向く。そこには傷を押さえて立ち上がろうとしているロウの姿があった。
「ロウさん! まさかついてくるつもりですか!?」
「無茶っすよ! 傷、縫ってもいないんすよね?」
「それどころか銃弾も体の中で止まってるかもしれねえありさまだよ。とりあえず包帯巻いて止血してるだけだ」
ロウの体を支えながら情報屋は答える。ロウの腹に巻かれた包帯には、赤黒い血がにじんでいた。
「行くに決まってるだろう。17番が、俺の相棒が連れ去られたんだぞ、黙って見ていられるか」
傷の深さなど感じさせない口調でロウは言う。しかしそれに反比例するように血は失われているようで、その顔は青ざめていた。情報屋はそんなロウの肩を掴んで、無理矢理にベッドに座らせた。
「馬鹿言ってんじゃねえぞ、ロウ。お前その傷で何ができるってんだ」
「そうですよ馬鹿も休み休み言ってください。率直に申し上げて、今のあなたは足手まといです」
トガクにまで突っぱねられ、ロウはようやく大人しくなる。そして己の不甲斐なさを恥じるように片手で顔を覆って俯き――俯いたままでぼそりと言った。
「みんな……17番を頼む」
トシヤは拳を握りしめて頷いた。
「任せてください」
「よしっ、開きましたよ!」
電子音とがちゃりと鍵が開く音が響き、トシヤは意識を引き戻す。どうやらアマトが裏口の鍵を開けたようだ。トシヤはコートの下にぶら下げていた銃を取り出した。
「……行くぞ」
「ええ」
「はいっす!」
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