第8話 毒草混じりの食べ放題セット 04

 激安120分食べ放題。一週間ぶりに訪れたその看板を見上げて、ミィはほとんど泣きそうな顔になっていた。もちろん悲しみからではない。うれし泣きだ。


 約束通り、トシヤはミィを食べ放題に連れてきたのだった。入口のドアをくぐり、やる気のないウェイターに連れられて席へと案内される。


「すみませんー。実は今日満席でー。ボックス席に相席でも大丈夫ですかー?」

「ああ、はい。いいですよ。ミィもいいよな?」

「うん!」


 元気よくミィは答え、跳ねるようにして席へと向かう。その後ろ姿を微笑ましく見つめていたトシヤは、先んじてボックス席に座っていた人物に目を見開いた。


「あんた、あの時の……」

「おや、特務捜査官さん。こんばんは」


 そこにいたのは、先日の事件で鉢合わせた管理局の男、シジマだったのだ。思わず固まるトシヤにシジマは首を傾げる。


「座らないんですか? 相席されるんでしょう?」

「あ、ああ」

「トシヤトシヤ! もう取りに行ってもいい?」


 シジマとトシヤの間に流れる微妙な空気を意にも介さず、ミィはトシヤに縋り付いて尋ねる。トシヤは硬直から回復すると、ミィに料理を取ってくる許可を出した。


「ああいいぞ。行ってこい」

「わーい!」


 トシヤはちらりとシジマを窺ってから、上機嫌で駆け出したミィを追いかける。シジマは無表情でサラダを口に運んでいた。


 数分後、皿に料理を盛ったトシヤたちは席へと戻ってきた。早く早くと目で急かしてくるミィに苦笑しながら、トシヤは手を合わせる。


「いただきます」

「いただきます!」


 挨拶の直後、ミィは飛びつくようにして料理に手をつけ始めた。その様子は餌を抜かれた犬が慌てて餌を頬張っているようにも見える。いつもよりいささか乱暴に料理を口に運ぶミィをトシヤは今日だけは見逃すことにした。


 トシヤも目の前に盛られたサラダにフォークを刺しこむ。ぷつんと繊維が千切れる音がして、フォークの先にレタスが刺さった。それを口に運び、噛み千切って咀嚼する。しゃくしゃくと小気味いい音が口の中に響いた。


 そうしている間にトシヤ同様にサラダを盛っていたシジマはそれを食べ終えると、もう一度料理を取りに席を外し――戻ってきたシジマの皿に山盛りになっていたのは、またサラダだった。トシヤは思わずシジマの前の野菜をきょとんと見てしまった。


「……なんですか?」

「あー、いや。……野菜ばかり食べてるんだなあと思――いまして」


 タメ口を聞いてしまいそうになり、慌てて敬語に戻す。相手は何歳なのか分かりかねるが、ほとんど初対面のようなものなのだ。ついでに言えば管理局と言えば相当のお偉いさんだ。敬語を使っておいた方が無難だろう。


 トシヤの問いかけに、シジマは口からはみ出ていたレタスをもぐもぐと口の中に収めてから、仏頂面で答えた。


「ベジタリアンなんです、私」

「そうなんですか。それはなんというか、大変ですね」


 日照時間がゼロに等しいこの街では、野菜を育てるには工場や研究施設の人工太陽が必要だ。それゆえに野菜の価格は高騰し、一般に流通しているのは生野菜ではなく、缶詰の野菜が主流なのであった。


 トシヤの言葉に、シジマはフォークでトシヤの皿を指さした。


「そう言うアナタもサラダを食べてるじゃないですか」

「ああこれは……こんな時じゃないと生野菜なんて食べられませんから。割と好きなんです、野菜」


 今度はシジマがきょとんと目を見開く番だった。


「この街でそんなことを言う人なんて珍しいですね」

「あはは、自覚はあります」


 乾いた笑いが口から出る。シジマはサラダにフォークを突き刺しながら、重ねてトシヤに尋ねてきた。


「ドレッシングはかけない派なんですか?」

「いえ、かける時もあるんですが、生の野菜をそのまま食べるのも結構好きで。シジマさんはかけない派なんです?」

「はい。私も生野菜の味が好きなんです。昨今の若者は野菜のことを青臭いだとか言いますが、この匂いと歯ごたえがいいんじゃないですか。あいつら分かってない」

「分かります! 俺もよく同じようなことを言われて!」


 トシヤが食いつくと、シジマは仏頂面から少し驚いたような顔になって、それからにやりと笑った。


「アナタ、意外と話が分かりますね」

「そちらこそ」


 トシヤもまたにやりと笑顔を返し、サラダの中のミニトマトにフォークを立てた。


「ところでトシヤさん」


 ミニトマトを咀嚼していると、シジマは突然不機嫌そうな顔になって言った。


「敬語、やめてください。アナタに敬語を使われるとなんだか腹が立ちます」

「はっ……!?」


 唐突すぎる罵倒にトシヤは一瞬頭が真っ白になり、それからちょっと不機嫌そうにタメ口で答えた。


「だったらそっちもやめろ。そっちだって敬語じゃないか」

「私のこれは癖ですから」


 飄々とシジマは答える。これは何を言ってものれんに腕押しだな。そう悟ったトシヤは乗り出しかけた体を背もたれに戻して、再びサラダに手をつけ始めた。


 隣に座るミィが皿を空にして、急いで料理の置かれた棚に走っていき、また戻ってくる。そうして美味しそうにそれを頬張り始めた頃、それまで沈黙していたシジマは不意に尋ねてきた。


「聞きたくはないんですか? 何故、私たちがあの現場に現れたのか」


 トシヤは動かしていたフォークを止める。何故、管理局が特務課の現場を仕切ったのか。それは確かにトシヤも気になるところで会った。しかし――


「……聞いて教えてくれるのか?」


 ぼそりとトシヤは逆に問いかける。シジマはぐっと言葉に詰まったようだった。そのまま微妙な沈黙が流れて数分。食器が触れ合う音ばかりが響いていたその場の空気を、シジマの一言が破ったのはその時だった。


「アナタ、特務捜査官になって何年目ですか」

「今年で5年だ」

「なるほど。それならそろそろ知っておいたほうがいいかもしれませんね」

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