第8話 毒草混じりの食べ放題セット 03

 3日後、トシヤとミィは発症者が出たという情報を得て、現場に急行していた。現場はグシン町の雑居ビルだ。とはいっても怪しげな会社が入っているわけでもない。そこは、ごく普通の善良な一般企業が入っているビルだった。


「ロウさん! シンゴ!」


 ビルの前に陣取られた警察車両のそばに、2人とその相棒の姿を見つけると、トシヤは早足で彼らに駆け寄った。その後ろには真剣な面持ちのミィも続いている。


「状況はどんな感じですか」

「最悪だ。真昼間のオフィスで発症者が出たらしい。目撃者、犠牲者ともに多数だ」


 封鎖されたビルの中をトシヤは見やる。ビルの入口には、慌てて逃げた際に置き去りにされたと思しき書類や鞄などが散乱していた。


「昼間に会社でヒミコを飲んだってことですかね」

「いや、今回のこれは多分……。なんでもない、忘れてくれ」


 ロウは何かを言いかけて言葉を濁した。疑問を込めた目でロウを見るトシヤとシンゴに対して、ロウは一気に真剣な顔をすると有無を言わせぬ口調で言った。


「今は奥の部屋に対象を押し込めてこう着状態だ。突入して終わらせるぞ」

「はい」

「はい!」


 トシヤたちは簡単に作戦を決め、ビルの中へと入っていく。ネコつきではない捜査員が対象を押し込めているのは六階の社長室だ。階段を上り、社長室の前に辿りつく。いざという時に備えてシンゴたちを入り口付近に立たせ、トシヤは社長室のドアに手をかけた。


 傍らのロウと17番、そして身構えているミィにアイコンタクトを取った後、トシヤは一気にドアを押し開けた。


 17番とミィが部屋の中へと無音で走り込んでいく。その直後、激しい怪物の悲鳴が響き渡り、トシヤたちもまた銃を構えて部屋の中へと入っていった。


 対象の発症者は、部屋の隅に追い詰められていた。だが様子がおかしい。顔を両腕で庇って、怯えているように見える。その証拠に発症者の目からは大粒の涙が流れ出ていた。


「ヤメ……ヤメテクレ……オレガナニヲシタッテ……イウンダ……」


 ぼろぼろと泣きながら嘆願する発症者に、トシヤは思わず銃を下ろしかける。しかし、隣に立つロウは、発症者がそれ以上何か言う前に口を開いた。


「……17番」


 17番は振り向いた。ロウは冷たく言い放った。


「殺せ」

「はい、マスター」


 平坦な声で返事をした後、17番はその発症者の首に食らいつき、あっさりと絶命させた。発症者の体は床に崩れ落ちる。身構えたまま動かなかったミィは、不審そうな目でトシヤを見た。


 白の防護服に身を包んだ集団が室内に入ってきたのはその時だった。


「ご苦労様でした、特務課の皆さん。ここは今から我々が仕切ります。皆さんはどうぞお帰り下さい」


 防護服の集団の中で、一人だけスーツを着た男がトシヤたちの前に進み出てきてそう言った。男の目元には金属フレームの眼鏡がかけられており、その話し方も相まって、とても神経質そうな印象を受けた。


 トシヤは彼がスーツの胸につけているバッジに見覚えがあった。


「管理局……?」

「ああ、あなた方ははじめましてですね。管理局連行官のシジマと申します。以後よろしく」


 わざとらしく慇懃無礼な言い方で挨拶をされる。トシヤたちは少し迷ってからそれに答えた。


「えっと、シンゴです。こっちは33番」

「トシヤです。こっちは相棒のミィ」

「ミィだよ!」


 勢いよく手を上げてミィは挨拶をしたが、シジマはそれを無視した。


「ロウ捜査官、あなたには毎度ご迷惑をおかけしております」

「いや、これが仕事だからな。それより――」


 ロウはトシヤたちをちらりと見て、声を潜めた。


「こいつらは知らないんだ。今この話は無しにしよう」

「なるほど。それは迂闊でした」


 シジマとロウはひそひそと言い合い、トシヤたちはそんな二人に不審な目を向けた。一体管理局がここに何の用なんだ。ロウさんは知っているのか?


 しかしその疑問にロウは答えず、シジマはトシヤたちに向かってシッシッと手を振った。


「さあ、早く出ていってください。作業の邪魔です」


 まるで子供を追い払うような仕草をされ、トシヤは口の端を引きつらせる。しかしそんなトシヤの肩をロウは叩いた。


「行こう、みんな。シジマの言うとおりだ」


 そのまま背中を押されるようにしてトシヤとシンゴは部屋から追い出されてしまう。釈然としない思いのまま、一階まで降りてきたところで、シンゴはぼそっと呟いた。


「か、感じ悪ぅ……」

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