第8話 毒草混じりの食べ放題セット 02
トシヤたちが5番殿に勧められてやってきたのは、激安120分食べ放題の店だった。「食べ放題」の文字を見つけてからミィはずっと目を輝かせていたし、その手を引くトシヤも心なしか上機嫌だ。
「6名様ご案内―」
やる気のない店員に連れられて、トシヤたちはボックス席に座る。出されたおしぼりを配り終わり、さあ料理を取りに行こうとなったときに、ふと気づいてロウは問いかけた。
「そういえば33番は人間の食べ物を食べたことはあるのか?」
「い、いえ、私はまだ作られて日が浅いですし……前のマスターもそういう方針ではなかったので……」
ぼそぼそと答える33番の言葉に、トシヤは違和感を覚えて尋ね返した。
「――前の?」
「あっ、俺たちつい数日前に相棒になったばっかりなんです。な、33番」
「はい……」
シンゴの言葉に、33番は小さく同意した。
「そうなのか。じゃあ新米捜査官だな! 緊張することもあるだろうがまあ気張らずいこう!」
「いたっ、痛いですって」
ロウは陽気に笑うと、シンゴの肩をばしばしと叩いた。シンゴはそれから逃れようと体を引く。
「それでどうなんだ? 実際のところ、ネコとはうまくいってるのか?」
「え? うーん……ちょっと分からないです。なかなか打ち解けた! って感じにはならなくて」
シンゴはちらりと33番を見る。33番は隣にいた17番の陰に隠れた。ロウはにんまりと笑い、自分の顎を触った。
「いやートシヤの時を思い出すなあ。トシヤも昔は――」
「止めてくださいよ、ロウさん。恥ずかしいじゃないですか」
不穏な話題から逃れるようにトシヤは慌てて料理の盛られたブースへと向かう。ブースの机の上には、大きな銀色の皿に盛られた色とりどりの料理があった。
「トシヤ、もう行ってもいい!?」
目をキラキラさせてミィがこちらを見上げてくるので、トシヤは苦笑しながら「いいぞ」と許可を出した。それを合図に、ミィは転がるように駆け出していった。しかしふと立ち止まると、一度戻ってきて、33番の手を掴んだのだった。
「ミミちゃんも一緒にいこ!」
「えっ、あ、はい……」
困惑しながらも33番はミィに連れられて料理の方へと小走りで駆けていく。トシヤたちはその後をゆっくりと追った。
「あのね、ここから料理を取るんだよ! ミミちゃんは何が食べたい?」
「え? ええと、初めてなのでよく分かりません……」
「じゃあミィが取ってあげるね!」
言うが早いかミィはお盆の上に皿を二つ乗せると、その上にトングで挟んだから揚げやスパゲッティを乗せていった。
「まるでお姉さん気分だな」
「ですね」
その様子をトシヤとロウは微笑ましそうに見つめる。
「さあ、俺たちも食べないと、時間が来ちまうぞ」
「そうですね、ほらシンゴ、皿だ」
「あっ、ありがとうございます!」
トシヤがお盆と皿を差し出すと、シンゴは緊張した面持ちでそれを受け取った。そうして料理を取って周って十分ほど。トシヤたちはボックス席に戻ってきて、それぞれの料理に手をつけ始めていた。
最初にトシヤが手をつけたのは、新鮮なレタスだ。缶詰の野菜が主流のこの街では、こういった機会でもなければ、葉物野菜をたくさん食べることもできない。トシヤはこの機会を逃してなるものかと、真っ先にサラダを皿に盛ったのだった。
レタスにフォークを刺して、口に運ぶ。一口では食べきれなかったが、噛み切ることはせずに、まるで小動物がそうするかのようにトシヤは口を使ってもぐもぐとレタスを口の中に収めていった。
しゃきしゃきの歯ごたえと、口の中に広がるみずみずしさがたまらない。十回ほどじっくりと噛んでそれを飲みこむと、トシヤは今度はドレッシングを少しだけかけてレタスを頬張り始めた。
「うわーこれ、美味いですね!」
口をもぐもぐと動かしながら顔を上げると、シンゴは目の前に積んだから揚げを食べて感激しているようだった。トシヤはごくりと口の中のものを飲みこむと、シンゴに尋ねた。
「普段はから揚げは食べないのか? 粉つきの肉を買ってきて揚げるだけだろうに」
するとシンゴはばつの悪い顔をして、頬を掻いた。
「俺、親がいないんで、料理とかはからきしなんです。小さい頃、この街の『管理システム』の連行官に連れていかれちまって……それっきりで」
「……そうか、それは悪いことを聞いたな」
シンゴは「いえ……」と首を横に振った。管理システムとは、この街を平和に保つために運用されているシステムだ。とはいっても、一般人はその実情を知ることはなく、トシヤもまた、管理システムがどういうものなのかは把握していなかった。
ただ一つ、管理システムから派遣されてくる連行官によって、この街にとって「不適切」になった人物がどこかに連れ去られているという事実を除いては。
「兄さんと二人きりで育ったんですけど、特務捜査官だったその兄さんも先日の事件で殉職してしまって……。でも兄さんの相棒だった33番とコンビを組めて、俺嬉しいんです。こいつとなら上手くやっていけるんじゃないかって思って」
シンゴの告白に場はしんみりとした空気に包まれる。その空気をなんとかしようとトシヤがシンゴに声をかけようとしたその時、ミィは隣に座る33番に話しかけた。
「ミミちゃん、口にソースついてるよー」
「え?」
「ミィが拭いてあげるね!」
言うが早いか、ミィは乱暴に33番の口元を拭う。それを17番は呆れた様子で反対側から見つめていた。その様子が可笑しくて、一同は小さく噴き出してしまっていた。
そうして時間は過ぎ、親睦会はお開きとなった。トシヤはミィと手を繋ぎながら、ゆっくりと灰の街を歩いていく。
腹は膨れたし味も悪くなかった。シンゴの事情も聞けたし、なかなかいい親睦会になったんじゃないかと思う。――だがトシヤには一つだけ気がかりなことがあった。
「ミィ」
トシヤが声をかけると、ミィは哀れっぽい眼差しでトシヤを見上げた。思った通り、ミィは落ち込んでいるようだ。
「あまり食べてなかったみたいだが……大丈夫か?」
あえてあの場では指摘しなかった事実を言ってやると、ミィはぐっと泣くのを堪える表情になった。
「だいじょうぶ。おねーさんだもん」
やはりそうか。ミィは33番の世話をするのに夢中で、自分の食事を満足に食べられなかったのだ。トシヤは歩きながら、ミィの頭に手を置いた。
「また一緒に来ような」
ミィはこくりと頷く。日の暮れた街に、ミィの小さくすすり泣く声が響いていた。
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